【十三.五話 紫おじじの授業~アクマの話~】

これは二人の授業の会話。


次の物語に出てくる【アクマ】についての授業の話。


まぁ、この二人の会話ってちょくちょく脱線しちゃったりもするけれど、


今回は割と重要な事言ってるからこれは聞いた方がいいと思うけど、


どうする?


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


床の所々に乱雑に積み上げられた本と紙の束の山々。

大きな机にも同じ物と色取り取りの怪しい薬品が入った試験管と何かの魔道具らしき残骸が置かれていた。あと食べかけの甘ったるそうなお菓子の乗った木皿。

色々なものがあちこち散乱したゴチャゴチャな部屋なのに、不思議なことに埃とカビが一つもなく、ゴミ特有の臭いにおいもしないし、虫も湧いていない。

多分この部屋の主であるエムリスが魔術でそういうのが発生しない程度に綺麗にしているんだろう。

この部屋を訪れるエムリスの生徒や部下達は、ついでに本と書類の山、魔道具の残骸とかも片付けて整頓すればいいのに......と思っていたりするのはココだけの話。

そんなエムリスの部屋では今、彼とウーサーの一対一の授業が始まろうとしていた。


「さて、ウーサー様。今日の授業はある存在についてのみといたしますぞ」

「え?魔術の講義と実践ではないのですか?」

「はいですのぅ。魔力の制御はもう殆ど出来ておりますからいいとして、魔術は..................いい加減諦めなされ」

「何故ですか!?」

「才能が全っっっっっっっっっっくないからですじゃああ!!!」

「バッサリです!」

「儂もう本当に今だ不思議でならんのですよ。何で魔力の量と質はめっちゃ良いのに............魔術に関してだけはあんなんなんですかのぅ?」

「何故でしょう?」

「ほら、ご自分も分からんのですから、もう儂には無理!ですが、大丈夫ですぞウーサー様!魔術がなくとも貴方だったら、剣と王妃様から受け継いだ《黒いオーラ》だけで戦場を生き残れますからのっ!」

「《黒いオーラ》って何ですか!?あと無理って言わないで下さい!!諦めないで下さいーーーー!!」

「授業が始まらんのでこの話はもう強制終了ですじゃあーーーーー!!!」

「そんなーーーーーー!!!」


◆◇◆ しばらくお待ち下さい ◇◆◇


「ぜぇ、ぜぇ......、それでは気を取り直して授業を始めますぞ」

「むぅ......」

「いつまでも拗ねない!うおっほん!それでは今日は【アクマ】について話をしましょう」

「悪魔、ですか?悪魔なら知ってますし、実際見ましたよ。昨夜、私が黒くてバッチイ何かを捕まえている時に偶然居合わせて退治したモノがそうでしょう?」

「......そうですな。今朝何か鈍器のようなものでタコ殴りにされて簀巻きにされてそのへんの木に悪霊達と一緒に干されていましたなぁ......」

「生態の方も兄さんから聞いていますよ。人間や幻想の住人を誘惑し、堕落させながら精気と魂を喰べるんですよね」

「それはですな。儂が話すのはこの『ブリテン』のみに存在する【アクマ】についてですじゃ」

「『ブリテン』のみ、ですか?」

「そう、この【アクマ】は数百年前に突如出現したモノ。普通の悪魔とその派生場所と在り方がまず違います。【アクマ】達は皆、理想の楽園と言われた【アヴァロン】から現世に追放され堕とされて成ったモノになります」

「......【アヴァロン】」

「ある言い伝えによりますと、【アクマ】は悪魔より凶暴で邪悪な目を背けたくなるような醜悪な化け物だと言われておりますのう。ここまではよいですかな?」

「はい。あの、質問なのですが、その【アクマ】達は何故【アヴァロン】から追放されたのですか?」

「言い伝えではただ罪を犯したから追放されたとしかありませぬ。それ以上は全くの謎じゃったのですが」

「ですが?」

「最近になって分かったことなのですが、【アヴァロン】の最奥にある一本の木に一つだけ実る果樹の実───【黄金の林檎】に手を出したからではないかと......」

「【黄金の林檎】?(そう言えばに【ナマモノ】さんが【アヴァロン】の別名を『林檎の島』と言っていましたね)」

「【黄金の林檎】についてはまた別の日に話しましょう。今日は【アクマ】の授業ですからのぅ」

「はい」

「【アヴァロン】に追放された【アクマ】達のその後ですが、現世に災いをもたらす前にとある人物達の手により、現世の森へと封印されました。【アクマ】達を封印した人物は、嘗てケルトの英雄であり後に【アヴァロン】を治める神王となった【アヴァラック王】とその娘達ですじゃ。彼等は【アクマ】達を現世にある森の一つに追い詰め、そこに厳重に幾重にも複雑な術式で編まれた結界を森に張り、【アクマ】達が逃げないように封じました。

後にその森は『アクマの森』と呼ばれるようになりますのぅ。ウーサー様はまだ見たことはないでしょうが、この国の西の方にある小さな森ですぞ」

「あぁ、もしかして虹色の膜みたいなものに覆われた森のことですか?(結界と森の【色】がどちらもかなり趣味が悪い不快なモノでしたので、目に入った瞬間即座に■■を送ってしまいましたけど......)」


その時、偶々ウーサーに用事があって彼の【中】にお邪魔していた【ナマモノ】が「何しとんじゃーーーーっ!!!」と絶叫しながら彼の魂を引っぱたいた。あんのバカヤロウ......!


「ほっ!?ウーサー様、何時何処で森を見たんですじゃ?失礼ながらウーサー様の体力と方向音痴では、とてもではないですが辿り着ける距離ではありませぬぞ!?」

「体力ないのと方向音痴は余計なお世話です。森には行っていませんよ。一ヶ月前辺りでしたか...私がでまた倒れてその療養中にお見舞いに来てくれたイグレインさんが外の景色を水鏡で視せてくれたのです。(まさかいきなりあんな森視せられるとは思いませんでしたけど......)」

「ああ、イグレイン様の水鏡は『ブリテン』にあるもの全てを見通せましたのう」

「どうせならあの森ではなく猫ちゃんを視たかったのですが......(もしくは【あの子達】がいる場所を映してほしかった......)」

「ホッホッホッ。今度は彼女に水鏡を使ってもらう時は、視たいものを先に申告した方が宜しいかもですな」

「そうします」

「話を戻しましょう。森に封じられた【アクマ】達がどうなったかは一切語られておりませぬ。何故なら【アクマ】達は封じられてから今の一度も森から逃げたという話が無いからですじゃ」

「一度も、ですか?」

「一度も、ですじゃ。これは儂の推測ですが、【アヴァラック王】達の封印が余程強力だったのでしょうな。実際この目で見た儂でもあの結界に小さな穴を開けるのも不可能な程のものでしたからのぅ......」

「なるほど(もしくは封印に何らかの精神干渉系の術が施され外に出たいという意思を削いでいるのか、自らの意思で外に出ないかのどちらかですかね......)」

「伝承の授業は此処までにいたしましょう。次は伝承の【アクマ】の話ではなく実際にいた【アクマ】の話をいたしましょう」

「実際にいた【アクマ】、ですか?」

「はいですじゃ。その【アクマ】はあの『森』に封印される前に逃げ切れた内の一人で───」


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


───その【アクマ】は月のない夜にとある魔術師の住む小屋に突然転がり込んできました。

顔には黄玉色トパーズの瞳以外、もうこれでもかと黒い布でグルグル巻いていて隠していました。

服はボロボロの黒いマントに、上下とも黒い上着ズボンの全身黒尽くめの男の【アクマ】。

男の【アクマ】曰く、様々な人間の夢を渡って、“追手”から逃げていたそうです。


ある日逃げている最中、余程焦っていたのかうっかり夢の外に出てしまったとのことでした。

焦った【アクマ】は、やむなく目に入った不思議な気配のする小さな小屋へと転がり込んだのですが、其処は先客、ではなく小屋の主である魔術師の青年がいたのです。

【アクマ】はなりふり構っていられず、その青年の魔術師に必死に懇願しました。


「お願いだ!オレは今恐ろしいモノに追われているんだ!どうか満月の夜まで此処に置いて隠れさせて欲しいっ!!オレに出来ることは何でもする!だからっ!」


必死に匿ってほしいと何度も乞う男の【アクマ】を不機嫌そうにじろりと一瞥した青年は、短くため息を吐くと、


「「何でも」と言ったな?」

「あ、ああ!」


大きく頷く傍ら、ゴクリ......と青年が何を言ってくるか怖怖としながら息を呑み、返答を待つ【アクマ】の男。


「此処に置いてやる条件は一つ、私の研究の邪魔をしないことだ」


たったこれだけでした。

青年は魔術の研究以外、何も興味を持たず、素性も知らない怪しい格好の男が突然転がり込んできて、匿ってくれと言われても、自分の邪魔さえしなければ何をしようがどうでもよかったのでした。

最初、どんな事を言ってくるのか内心ビクビクしていた男は、条件を聞いて思わずポカンとしたのと同時に心の底から安堵したように大きく息を吐いていた。


「......条件に文句があるのなら、さっさと此処から出ていけ」

「わ、分かった!その条件でいいっ!絶対にアンタの研究の邪魔はしないと誓う!!」

「ふん」


こうして青年の魔術師と男の短くて奇妙な生活が始まります。

男は青年の条件にちゃんと従い、小屋の隅に息を潜めるようにじっと座り続けていましたが、時折獣の遠吠えに反応し、ガタガタと震えることがありました。その様子からして余程“追手”が恐ろしかったのでしょう。

そんな男の様子を気にせず、青年は黙々と自分の研究をしているのでした。


男が青年の小屋に逃げ込んで数日立った頃だった。男はポツポツと己が逃げている理由を話してきました。


「オレ達はあの【楽園アヴァロン】で失敗し恐ろしい《烙印》を押されてしまった。怒り狂った【王】が、オレ達を【アクマ】の姿に変え、眼と内に《罪人の烙印》と呪いを刻んだ」


そう言いながら男は青年の方を見ました。男の話に少し興味を惹かれた青年は研究の手を止め、男の眼を見ます。男の黄玉色トパーズの眼の奥には真っ赤な毒々しい色の林檎の形をした紋章のようなものが、不気味な光を放っていました。


「《罪人の烙印》と呪いはオレ達に地獄のような恐ろしいモノを視せ続けながら、魂を嫐るように少しずつ摩耗させては再生させるの繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返しくりかえしくりかえし.........」


それ以上男は口を閉じ何も語りませんでした。

そして、満月の夜。男の【アクマ】は何度も礼を言い、夢の中へと戻って行きました。

その後男がどうなったのかは分かりません。彼が言っていた“追手”に捕まって『アクマの森』に封じられたのか、刻まれた呪いで死んだのか、それとも逃げ切れて安全な地で静かに暮らしているのか......それを知る術は青年にはありませんでした。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


「───これでお仕舞いですな」

「エムリスさんの話を聞く限り、その男性の【アクマ】さんには邪悪な感じがしませんでしたね」

「そうですなぁ。もし、邪悪なものであったのならその青年の魔術師は迷わず【アクマ】を追い出すか、ブチ■すかしていたでしょうな。

ウーサー様の言う通りその男の【アクマ】には邪悪な気配はありませんでした。しかし、身体と眼に刻まれたモノには嫌な感じはしておりましたがのぅ......」

「《罪人の烙印》と呪い、ですか......」


ゴーン、ゴーン、ゴーン♪


「あ、もうこんな時間が経っていたのですか」

「ふむ、今日の授業はここまで。次は明日にいたしましょう」

「はい。ありがとうございました!」


───しかし、次の授業は中止になった。


「はぁ...今日はエムリスさんが『アクマの森』に異変があったからと言う事で森へ言ってしまいました。

なので授業は無しになってしまいました。何があったかは気になりますが、後で聞きましょう。

私も急遽決定した訓練に出なければいけません。あっ!そうです、訓練に行く時間がまだありますからイグレインさん少し聞いてもいいですか?


昨日の話に出てきた【黄金の林檎】と【アヴァラック王】とその娘達の事を───」

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