第27話:それでも世界は息をする

 それから数日。

 右手の包帯は取れ、アメリアはまた畑に立っていた。逆立ちも問題なし。手のひらは温かく、淡い光が広がっていく。


 畑のすみには、見守るように、開拓くん三号が置かれていた。泥は落とされ、布がかけられ、ちょっとした記念碑みたいになっている。


 嵐の爪痕は残しているけれど、みんな前を向いていた。


 作業をひと段落させたころ、デントが現れた。

 髪はツヤツヤ、肌はぷりぷり。なのに、どこか泥臭さが残っている。

 アメリアとハロルドの元にまっすぐ来る。


「俺は一度、屋敷に戻る。対応が山ほど溜まっているのでな」

「けっ。せいせいするわ」アメリアが悪態をつく。「さっさと実家にでも温泉にでも行って、癒されるといいわ! そして生まれ変わるといいわ! この私のようにッ!」

「このくそ女……」


 軽く言い合って、同時にふっと息を吐く。


「一時的だ」デントがアメリアを見つめる。「一時的に、お前にハロルドを任せる」

「俺は荷物か」ハロルドがぼそり。

「任された!!!!」


 アメリアは笑って、手を差し出した。

 デントもためらわず握る。そして力を入れた。

 アメリアも負けじと入れた。ぎりぎりぎり。


「ハロルドは絶対に渡さんからな!」

「私だって譲らない!」


 周囲の村人たちが苦笑する中、ハロルドがため息をつく。


「……全く、お子さまか」


 するとデントがパッと手を離し、ハロルドの肩を抱いて、頬をすり寄せた。


「んー、寂しいよう。ハロルドー。ちょっと頭を撫でておくれよ」


 にやり、とアメリアを見る。


(こいつ……男の友情を利用して……! 羨ましい!)


「……きもちわりい。三十路の野郎に趣味はねえ」

「んー、そう言うなよー。同い年のよしみじゃないかー」

「だから気持ち悪いんだ」


 え?

 聞き間違い?

 同い年? って言った? 誰と誰が?


「ふ、二人は」

 アメリアがぎこちなく指を指す。

「同い年、なの?」


 デントは胸に手を当て、ドヤ顔でうなずく。


「ああそうだ! 今年32歳になる! しかも! 誕生日も同じ月なのだぞ? 毎年一緒にケーキを食べるのだ! フフ、羨ましいか! 仕方ない。今年のパーティーに、特別に貴様も招待してやろう」


 がああ……。

 アメリアは固まった。デントとハロルドに交互に見て、目をぱちぱちさせる。


 う、嘘でしょ。デントが私より年上!? 見た目はどう見ても二十代前半……ぷりつや肌……十代って言われても納得しそう。幼いけど、うーん、若々しいとも言える。

 で、問題は……ハロルド。やっぱり老け……大人びている、よね。苦労しているから。でも、あれよ。大人の色気よ。逆に寿命が伸びたってことじゃない。うん。そういうことにしておこう……!


「じゃ、任せたぞ、アメリア」


 デントが背を向ける。振り返りはしない。

 アメリアはハロルドを横目で見た。彼も横目で見返す。


「お前さっき、俺を老けてるって思っただろ」

「……苦労かけないように、頑張ります」

「……ふん」


 ハロルドは小さく笑った。


「いいんだよ。俺は苦労すんのが、嫌いじゃない。さ、いくぞ」

「うん!」


 アメリアは両手をついて、足を蹴り上げた。


 視界が回る。

 世界が回る。

 今日もこうして、生きていく。

 こうして世界は、色づいていく。



<『恋のライバル登場。私のために争わないで!』 完>

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