恋のライバル登場。私のために争わないで!
第18話:逆立ち恋愛大作戦、始動
「これからもよろしくな、アメリア」
「……うん、ハロルド」
それから二人がどうなったのか。
みなさん知りたいでしょう? もちろん、あの誓いの日から二人の距離は急接近して、目が合えば見つめ合い、手が触れれば絡み合い、目を閉じれば想い合う。ついには「俺の人生、全部やる。だから、お前の逆立ち、命ごと俺に預けろ」とか言われちゃって、抱きしめられたまま、畑を転げ回って、汚れちゃったなんて笑って、二人で家に帰って、二人一緒にお風呂に入って、そのままベッドに……きゃああーーーーー!
なんて、夢のまた夢。現実は甘くなかったのである。
「方向が二度ずれた」
「気のせい。あんたの老眼」
「誰が老眼だ。芽の列が斜めってんだ」
「細かい男は嫌われるわよ」
「余計なお世話だ」
相変わらず口を開けば、何かと衝突。
だけど、掛け合いは呼吸のように自然で、作業のテンポは上がっていった。
コンビネーションは日に日に磨かれていった。でも……
――私は私で、なんだか恋の行方は扱いづらいし、この関係のままでもいいやって思うけど、だけど、やっぱりもっと近づきたいとか、恋されたいとか、愛されたいとか、考えてしまうわけで。ああ〜〜。もう。なんとも言えない日々なのです。
なんて、悩んでいても仕方がない。
アプローチ大作戦を始めよう。向こうが恋に気づいて、それとなく察して、なんとなくいい雰囲気になれば、きっとハロルドからも、何かしらアプローチがあるはず。
だって、向こうだって絶対私のこと好きじゃん。あんな泣いちゃって、無様な姿をさらけ出せちゃうってことは、すべてを許しちゃっているってことじゃん。
そうそう。ハロルドの既婚者疑惑は、事前に解消済みである。
「あ、あのさ……ハ、ハ、ハロルドって、そのう、あの、け、結婚とか、そのう」
「ああ?」
「だ、だから! あんたみたいな人でも、その、愛してくれる人が実はいるとか」
「嫌味か?」
「違うって……あの、だから、こ、こ、恋人や、お、お、奥さまはいらっしゃるのかなって」
「独り身だ」
「そっか……へへ」
「やっぱ嫌味だろ、笑いやがって」
「えへへ」
ってな具合で、ハロルドは恋とは縁遠い感じだったので、チャンスはある。
まあ、このやりとりの様子からわかるように、ハロルドは疎いというか、察しが悪いというか、お子さまというか……。だから、きっと自分の恋にだって気づけない人だから、私から動かなくてはいけないのだ。
というわけで、アプローチ大作戦スタート!
最初の作戦はこうだ。
休憩中、偶然を装ってハロルドにお茶をぶっかける。やさしくトントン拭いてあげる、距離を詰める。どきどき。行ける。
実演。
「きゃっ」ばしゃ。「おい、わざとだろ」「拭いて差し上げますね」「触るな。……カノン、すまん、何か拭くもの貸してくれないか?」「すぐにご用意します。はい、トントン」
カノンがお淑やかにトントン。……失敗。
次。
逆立ちをした瞬間に、バランスを崩して、絡みつく。出会った日に起きた、あの絡み方だ。あの近距離なら、どきどき間違いなし。あのときは何も起きなかったけど、前とは違うのだ!
実演。
「きゃっ」ぐら。「っち」ぐい。……バランスは崩れない。ハロルドの支え方が上手くなっていた。前とは違うのだ。失敗。くそ。
じゃあ次。
朝の畑に呼び出す。手っ取り早く二人きりになればいいのだ。シンプルに考えるべきだった。遠回しのハプニングなんて演出せずに、それっぽい場面を作ればいい。
「ねえ、ハロルド?」
「あ?」
「明朝五時に畑に来い。来なければ殺す」
「果たし状か」
翌朝。
「おはようさん」
来た!
アメリアは一睡もできずに、目はギンギン。
――やばい、本当に来た。どうしよう。なんか天気もいいし、小鳥たちも気分よく歌っているし、朝露がキラキラしちゃって。本当に、そういう雰囲気じゃん。
深呼吸する。
あの日、言いそびれてしまった言葉。
ずっと誤魔化してきた言葉。
茶化してきた言葉。
だけど、ここで言えなければ、ずっと言えない気がする。
これからずっと、誤魔化すのは嫌だ。
真っ直ぐに、見つめられる。見つめ返してくれる。
今なら、言える。
「ハロルド……」
名前を呼ぶだけで、息が上ずる。
彼はただじっと待ってくれている。
その視線は怖いけど、嬉しい。
目を少し閉じて、息を吐く。
大丈夫。
どうなったっていい。
言った後のことは、そのときに考えればいい。
「私、あなたのことが、ずっと、す」
そのときだった。
ぶおおおおーーーーーーん!
遠くから、車の排気音のような騒音。ぐんぐん近づいてくる。
ききいいいーーーーーーっっ!
埃を巻き上げながら、車が停まる。まず運転席から女性が降りてきて、後部座席の扉を開く。
そこから降りてきたのは、妙に派手な服と、やけにツヤツヤした髪をした男だった。
「よお、ハロルド……」
その場の空気が、急に冷える。
小鳥のさえずりは、もう聞こえなかった。
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