逆張りで領地開拓、進めてます
第7話:ドキッ! 泥だらけの共同作業
「もう少し、右!」
「これ以上ずらすと崩れる」
「落としたら許さないからね」
「重いんだよ」
「はあ!?」
アメリアは逆立ちしていた。両手は泥に沈み、肘はぷるぷる、視界は上下反転。
支え役のハロルドは、相変わらず死んだ目をして、黙々とその足を持ち上げている。
ちなみに支え役は、本当はカノンにお願いするつもりだった。だけど背丈が合わなくてすぐに揺れちゃうし、細腕じゃこっちが気を使う。
だから結局、領主代理という肩書を盾に、ハロルドに押し付けた。開拓の責任者なら手伝って当然。そういう理屈である。やつは面倒そうに渋ったが、最後は「やれやれ」と、肩を落として承諾した。
(やれやれなのは、こっちなんですけどね)
「言っておくけど、接触は職務。恋は論外」
「はあ?」
「まあ、私に恋しちゃうのは仕方ないけど、それを表に出さないでね」
「……いや、お前さんの自意識は、なんつーか、あれだな」
「言葉を濁すな! はっきり言え!」
「残念だよな」
「死ね!!!!」
――だから仕方なく、本当に仕方なく、この無骨なおっさんに足を預けてるわけで。別に手が頼もしいとか、指の関節が綺麗とか、風上にちょっと身を置いてくれる気遣いが紳士的とか、足首をガシッと掴まれる感じで心も掴まれちゃってます、みたいな。そういうんじゃない。断じて。
「やばい、限界っぽい!」
「限界なら早く言え、すっとこどっこい」
領地の人たちは、見ないふりをしながら、でも気になって横目で見る。そして気まずいような、何とも言えない視線を向けて去っていく。
逆立ちをする大人二人は、さぞ珍妙に映るだろう。
――だけど、決めたんだ。逆立ちだろうが、支えが必要だろうが、もう逃げない。開拓をやり遂げてみせる。そうすることで、きっと、私は私を少しだけ肯定できる。そんな予感がする。だから逃げはしない。のだけど……
きっつい!
逆立ち、しんどい!
みなさんは知らないでしょうが、逆立って体力の消費、やばいです。あと、血が頭に集まって、そりゃもう、ぐつぐつ煮え立つようで、寿命縮めてんじゃないかって、とんでもないことになるわけです。視界は揺れるし、心臓は跳ねるし。
それでも、この心臓のばくばくは、なんか生きてるって感じがして悪くない。生きるって、面白いんだって、ちょっと気付かされる。本当に、ちょっとだけね。
***
そういえば、服装問題は解決済み。
貴族仕立てのドレスでは、逆立ちどころか、風で裾がめくれて大惨事。
「お嬢さま、もう観念してください」
カノンに押し切られて、丈の短い作業着に着替えた。足もとは頑丈な作業靴。
「こんなダッサイ格好しないとダメ?」
「もう誰かに可愛く見られる必要、ないのでは?」
返す言葉もなかった。
そんなわけで、本格的な作業が始まったのである。
開拓の第一歩は、死んだ土地の蘇生だった。
逆立ちで大地に触れると、ひび割れた地面が潤いを取り戻していく。
乾いた畑は、ちょっとずつ芽吹きやすい柔らかな土に変えていく。
スキルの範囲は広くはないが、一日に何度も繰り返せば、確実に土地は変わっていった。
「よっし、ぱーぺき! 降ろして」
「あいよ」
どさっ。勢い余って尻もち。
「痛っ……だから丁寧にって言ったでしょ!」
「お前さんが下手なんだよ」
「もしかして田舎の方って配慮をご存知ない?」
「貴族はありがたみを知らなすぎる」
「貴族じゃない! 私は開拓者!」
掛け合いばかりで、仕事はなかなか進まない。
それでも夕暮れには、畑の一角がふっくら色を取り戻していた。
小さな芽が列を作り、まだ頼りなさそうに、けれど確かに風にそよいでいる。
泥だらけのまま、アメリアは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
――働いたら、世界が少しだけ綺麗になる。世界が、息を吹き返す。
それは、想像していた以上に心を震わせる感覚だった。
それなのに。
隣のハロルドは、黙って煙草をくわえ、冴えない顔で、ただ地面を見つめていた。
(ちぇっ。こんなときも自分の世界ですか? ちょっとぐらいいい顔しろよ)
アメリアは視線を外して、そっと土に触れた。
風が、夕焼けの匂いを運んできた。
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