第6話:支えてもらう、だけど恋はしない

 足首に、ぐいっと力がかかった。

 支えられた。逆さの視界の端に、ハロルド。


「……お前さん、何やってんだ」

「離してよ!」


 必死に足をばたつかせて――変な形で絡まった。バランスが崩れる。

 二人まとめて、どさっと倒れる。肺がつぶれ、鼻先が近い。


「いって……」

「痛っ……」


 土埃にまみれた服。泥が乾いて白く浮いている。髪もぼさぼさで、スカートの膝は破れていた。

 ハロルドが眉をひそめた。


「……みっともねえ格好だな」


 その言葉で、感情の栓が抜けた。


「そうよ。私はみっともなくて、クズで、どうしようもない女よ!」

 言葉が止まらない。

「予定は守れないし、怒られたら逆ギレするし、待たされるのは嫌いだし、意地っ張りだし、人のやさしさは疑うし、『助けて』も言えないし、言えないくせに強がるし、誰かの手をはねのけて、夜になってから一人で泣くし、朝になったら平気な顔するし……ぜんぶ、自分で壊してきたし!」

「最低な女だな」

「他人に言われなくない!」

「めんどくせえ」

「そうよ、めんどくさい女よ。手紙は返事が遅いし、怒ると早口になるし、ほめられると余計にひねくれるし、うまくいきそうだと逃げ出すし、失敗すると酸っぱいグミ噛んで誤魔化すし、あと寝起きは最悪で――」


 最後に、ぽつり。「……みっともない女よ」


「そうかい、そうかい」


 ハロルドはタバコに火をつけて、口に咥える。

 ふっと立ち上がると、アメリアの両足を持った。足がぐいっと引き上げられる。


「ちょっ、なに、やめろ変態! こ、こんな場所で」

「黙ってろ」

「アメリア、犯されまあーーーーす!」

「いいから、手をつけ」


 土に両手をつくと、手のひらがあたたかくなる。

 白い光がじわっと広がった。

 土がやわらかくなり、ひびが消える。

 芽がいくつも顔を出し、葉がひらく。

 水の匂いが立ちのぼり、空気が澄んだ。

 広場に、静かな緑が広がった。

 ……そして、光は収束していく。


 アメリアを支えていた手が、ふっと離れる。

 どすん、と結局尻もちをついた。


「何すんのよ!」


 けれど、ハロルドは答えない。

 ただ呆然と、広がる光景を見つめていた。その目に、かすかに涙が光った――気がした。すぐに顔をそらして、何もなかったみたいに目元をこすった。


 ――そうか。アメリアは息をついた。


 どうしようもなくて、馬鹿で、みっともない女。

 だけど、ここでは何かをできるかもしれない。

 誰かに支えてもらうことで、小さな希望を与えられるかもしれない。

 支えてもらうのは、悪くないことなのかもしれない。


「とりあえず、見られても恥ずかしくない下着を履け」


 きぃーーーーー!


「あんただって、いい歳こいて泣いてんじゃないわよ!」

「ああ? 誰が泣いたって?」

「こんな美しい世界があったんだ……みたいな顔して泣いてたじゃない!」

「泣いてない」

「いいや、泣いてました。涙が光ってました」

「煙が目に染みただけだ」

「うっわ……それ、IQ200以上ある人しか言っちゃいけないセリフだけど」


 アメリアはむくれ顔で睨みつけた。

 やっぱり嫌なやつ。

 でも――その手は、悪くなった。


 ……支えてはもらう、か。

 一人で生きていくのは難しいと知って、誰かに支えてもらうのも悪くないって、その結論ってどうなのよ? って我ながら思う。だけど案外、そんな自分も嫌いじゃない。


 ここから。これから。

 私は私で前を向く。必要とあれば、誰かに支えてもらう。

 ――だけど、恋はしない。



<『逆立ちで領地開拓はじめました』 完>

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