第3話:愚かなる土地の子よ! 我は来た!
馬車を降りた。
視界に広がるのは荒地。思っていたよりも、ずっとひどい。
土はひび割れ、草はまばら。家は崩れかけていて、井戸の水もにごっている。
さすが、終わりの大地。
だが、アメリアは鼻で笑った。
不安なんてない。胸の奥にあるのは開放感だけ。
むしろいい。退屈しなくてすむ。あのスキルさえあれば、どんな土地でも変えられる。ハードモードな土地のほうが、面白いじゃないか。
村の人たちが集まってきた。みんな暗い顔だ。
肩を落とし、目が合ってもすぐに下を向く。「絶望してます」みたいな空気。
――むかつく。こんな開放感しかない場所で、何をそんな顔をしてるの。貴族社会の面倒臭さに比べたら、腐った土地なんて可愛いもんよ。なのに、勝手に諦めて。勝手に絶望して。世の中の厳しさを知った顔、すんな!
「それはお嬢様も同じでは?」
横からカノンが静かに刺す。
「うるさいわね!」
「井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る、です」
「難しい言葉で言いくるめようとしないっ!」
そこへ、出迎えの男が歩いてきた。
目が死んでいる。
寝癖に無精ひげ。口に小さなたばこ。この土地の絶望を、そのまま歩かせたみたいな男だった。
「領主代理のハロルド・ロックウェルだ」
低い声で、愛想などかけらもない。
ふん。
アメリアは大げさにスカートを広げ、胸を張って堂々と一歩踏み出した。
「愚かなる土地の子よ! 我は来た! 大地を目覚めさせ、希望を振りまく女! 我こそは、アメリ――」
「知ってる」食い気味に遮られた。「派遣の書類に載っていた。貴族のお嬢さん、だろ」
灰を落としながら、視線も合わさない。
アメリアの頭の中で、辞書の『嫌なやつ』の項目が更新された。
――ふふふ。まあいいわ。すぐに服従させてやる。
明日には私のスキルにひれ伏して、私無しでは生きられない体になって、ひざまずき、酒を差し出し、おべっかを並べるのよ。そして最後には、みんなで国家を歌うのよ! ふふ。身も心も希望も未来も、すべて私が掌握してやるわっ!
「ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いしますね」
ウインク、きらん。
ハロルドは肩をすくめただけだった。
「どうせ短い付き合いだ。好きにやれ」
……ッチ。
何もかもに、もう期待していない声。
「住まいはこっちで手配した。案内するから、ついてこい」ハロルドが歩き出す。
「カノン、行ってちょうだい」
「お嬢様は?」
「ちょっと、やることがあるから」
「分かりました」カノンはすぐ答えた。
「食料と水も出す。手続きもある。お前さんもさっさと来いよ」
ハロルドがそう言い残して、二人は歩いていく。
アメリアは一人、広い空の下に残った。
……よし。さっそく土地を目覚めさせてやる。へへへ。驚くがいい。民衆のリアクションが眼に浮かぶ。「あれ? こんな場所に緑がある」「奇跡が起きたのか?」「誰の仕業だ?」「神様に決まっているでしょ!」「いいや、あのお方は――」「アメリア様だあーーーー!!!」
あの日から、力を使うのをずっと我慢した。あの夜の興奮を、手の中で温めていた。初めての仕事はこの場所で、と決めていた。子供じみていると思うだろう。その通りだ。でも夢を見るのなら、子どもに戻るくらいがちょうどいいのだ。
アメリアはひざをつき、両手を土の上に置いた。
思わず笑いそうになる。たったこれだけで、世界が芽吹くとは。
なんたるチート!
目を閉じ、息を止め、手のひらに力を込める。
――目覚めよ。私の第二の人生。
……何も起きない。
なるほど。少し土地が眠っているようだ。もしくは、あの日から間が空いたせいで、スキルの気分が乗らないのかもしれない。ペットは飼い主に似ると言うし、スキルだって同じなのだろう。まったく、気分屋は困ったものね。でも、そろそろ起きてちょうだいね?
「目覚めよ! 私の第二の人生!」
……が、土は冷たいまま。
場所だ。場所が悪いんだ。そうだよ、場所だ。やっぱ、こういうのは場所が肝心なんだよ。
アメリアは石をどけて、もう一度両手をついた。
……来ない。
「あれ?」
そのあと何度も試した。けれど、心のどこかではもう気づいていた。
なぜ、あの日から一度も試さなかったのか。
なぜ、スキルがあの日限りのものだと考えなかったのか。
なぜ、再現性を確かめなかったのか。
なぜ、準備を怠ったのか。
テンションに任せて突っ走るだけで、何も冷静に見ていなかったのではないか――
石をずらし、土をならし、両手をつく。手の角度を変えて、発声を変えて、表情も変えて、繰り返す。何度も、何度も。
それでも、大地は沈黙したまま。
「あれれーーーーーー!?」
その日、アメリアは人生で一番の後悔をした。
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