第2話:終わりの大地? むしろ私の始まりよ
あれから眠れるわけがない。
生まれて24年と3ヶ月。こんな夜は初めてだ――アメリアは枕を抱えたまま目をギラつかせた。
胸はバクバクと騒ぎ、手のひらの熱が何度も蘇る。目を閉じれば、芽が立ち上がる光景。耳の奥には、あのときの不思議な静けさが残っている。
『手を触れただけで、土地が目覚める』
「……ふふ」
歌声で雨を呼んだり、花を早く咲かせたりする能力は、聞いたことがある。けれど、手で触れるだけで、あそこまで命が芽吹くなんて、世界が息を吹き返すなんて、聞いたことがない。
あれは自分の中で、何かが覚醒したのか。この貴族社会をぶっ壊し、世界をひっくり返したいという、強い願いが、もたらしたのか。
そんな確信めいた考えが、彼女の頭を心地よく占領する。
なんたる力! 神ってやつは、本当に二物を与えることがあるのか。この美貌だけかと思ったが、ふふふ、素晴らしいぞ、神。愛しているぞ、神。
この力があるなら、私は変われる。いや、世界を変えられる。
妄想? いや、違う。これはもう妄想じゃない。野望だ!
――そう。このときの私は浮かれていた。自らの力を勘違いしていた。「逆立ち」が条件だと気づくのは、もう少し先である。
***
ちょうど最近、辺境の再開発で「土地を豊かにできる人材」を募集していた。誰も応募しないような荒れ地、通称『終わりの土地』。
赴いた者は抜け殻のように帰ってくると言う、絶望的な場所。死んだような目になるとか、語尾に「へへ」が付くようになるとかなんとか。
だが、あの力があれば問題ない。むしろ、今の自分を終わらせて新しい人生を切り開くには、最高の舞台じゃないか。どうせ、貴族社会にいたって、死んでいるも同然。絶望がなんだと言うのだ。手のひらの上で、世界が踊り咲く。くくく。
誰の助けにも頼らない。己の力だけで生きていく。
恋なんていうくだらないものからも、縁を切る。
息苦しいこの貴族社会とも、決別するのよ!
アメリアは机に向かい書類を書き上げ、派遣の募集に名乗りを上げた。
もちろん両親は反対した。
「馬鹿な真似はやめなさい」「恥をさらす気なの」「二度と敷居は跨げないと思え」「お願いだから、考え直してちょうだい」「お前のことを愛している人だってきっと、いつか、たぶん……」「そうよ、ええ、おそらく、ひょっとしたら、万が一っていうことも……」「ああ、そうだ、歌でもあるだろ? 一万回だ〜めで〜、みたいな、なあ?」「そうよ……あなたにだって、一万一回目が来るはずよ!」
耳が痛くなるほど繰り返される。
けれど、彼女も負けていなかった。
「こんな場所、うんざりなのよ!」
そう吐き出した声は、胸の奥の何かを砕くように響いた。
***
そして、念願かなって派遣の担当に決まった。
旅立ちの日。馬車に荷物を積み終わると、両親は泣いていた。アメリアは笑っていた。
馬車に乗り込むと、車輪を軋ませながら走り出す。その不規則な揺れすら、心地よかった。
しかし、一つだけ誤算があった。
辺境には、当然一人で行く予定だった。
自分の力だけで生きていくと決めたから。
しばらく馬車が進んだとき。
侍女のカノンが駆け寄って、そのまま飛び乗ってきた。
「お嬢さまを一人にするわけにはいきません」
カノンは息一つ乱さず言う。アメリアより8つ下の16歳。
「帰れ!」
「帰りません」
「小娘が、しゃしゃり出てきてんじゃ、ないよっ!」
気づけば、二人旅になっていた。
馬車は進む。道は荒れ、緑は減り、地面は乾いていく。
それでも胸は高鳴るばかりだった。広がる空しか、視界に入らなかった。
希望に満ちた人生が待っている――そんな気がしてならなかった。
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