第22話 冬の風物詩

なんだか色々と悩むのが、馬鹿馬鹿しくなってきました。フィーロ様と熊叔父さんの必死の訴えで、猫母さんにお風呂に連れ込まれることはなくなったけれど、痩せすぎというのは、港町に居たときから、姉さん達にも言われていたので、食べる量を増やすようにしました。

「セシア、良い心がけよ。やっぱり子供を産もうと思ったら、体力が必要だからね」

「お袋・・・・・」

フィーロ様は、項垂れているけれど、ふと思いました。私も誰かと出会って、本当にその人の事が好きになって、その人も私の事を受け入れてくれて、もしかすると結婚する事が出来て、家庭を作って、子供を産む事が出来るかもしれない。そんなことは、絶対無理だと思っていたけれど、世の中はこんなに広くて、たくさんの人がいるのだから、そんな夢が叶うかもしれない。だって、目の前にお伽噺だと思っていた元魔師が、三人も居るのだもの・・・。何が起こるか分からないんだ、人生って・・・・・。

「はい。猫母さんのいう通り、しっかり食べます」

「セ、セシア?」

「あっはっは、そりゃあいい。セシアは、蜂蜜は好きか?」

熊叔父さんが、大笑いしながら、尋ねてきました。

「蜂蜜!すっごく高くて、市場ではちょっとしか買えなかったのですが、好きです」

「分かった。春になって、花が咲き始めたら、俺が採って来てやる。この辺りの蜂蜜は上手いぞお。身体にも良いしな」

熊に変身した叔父さんが、森の中をウロウロしている姿が、目に浮かんでしまいました。

「セシア、蜂蜜が好きなら、俺に言えばいいのに・・・」

フィーロ様が、子供のように不貞腐れた顔で、ブツブツ言っています。蜂蜜は季節ものだし、港町の市場くらい大きな市場でなければ、並ばないものなのだけれど・・・。フィーロ様がそんなことを知っているはずがないか・・・。


この冬、何度目かの雪は、吹雪になりました。ブラセス山脈から吹き下ろしてくるゴーゴーという風は、森の木々の枝を折る程強くて、夜中パキッという鋭い音が、何度も聞こえました。ただ、熊叔父さんが建てたこの丸太小屋は、そんな風にもびくともせず、私達を守ってくれました。それに、動物に変身出来るお陰なのか、長年の経験なのか、数日前から「大荒れになるな」と言って、準備を始めたので、快適に過ごすことが出来ました。こういう時、里の人にも知らせに行くので、吹雪に備える事が出来たみたいです。


熊叔父さんの予想通り、三日三晩吹き荒れた吹雪が嘘のように消えて、今朝は青空が広がりました。さすがの夜明け鳥も身を潜めていたみたいで、ようやく森の方から鳴き声が聞こえ始めました。

「おはようございます、熊叔父さん。いい天気になりましたね」

「おはよう、セシア。こうやって、吹雪といい天気が繰り返されるようになると春が近い証拠だよ。裏の方をやってくるから、表の雪掻きを頼んでいいかい?さっき、フィーロに声をかけたんだが、起きてこないんだよ」

「昨夜遅くまで起きていたみたいですから・・・。大丈夫です、やります。後で私も声をかけてみますね」

「じゃあ、頼んだよ」

熊叔父さんは、雪を掻き分けて、竈の方へ歩いて行きました。四角い板に、持ち手の棒を打ち付けた雪掻き用の道具は、熊叔父さんの手作りで、こんなに雪が積もるところで生活したことが無かったので、初めて使いました。最初は、使い方が分からず、無駄な動きが多かったけれど、今は四角に切り取るようにして、手際よく片付けられるようになりました。コツは欲張らないこと。結局、自分が持ち上げられる量の雪をコツコツ片付けるのが、一番楽だし、後が綺麗です。朝食の仕度をしようと道具を壁に立て掛け、中に戻るとすでに竈に火が入っていました。鍋に水をくみ、干し肉を入れて、火にかけ、煮込んで出汁を取っている内に、芋と野菜を用意。秋に収穫した木の実を粉にしたものに小麦粉を混ぜ、薄いパンを焼きます。貴重品の小麦粉をかさ増しするためにヨハスおじさんが教えてくれた物なのですが、皆さんに気に入ってもらえて、良く作るようになりました。具材が柔らかくなったスープに塩漬けにしておいた野草を入れ、味を調えます。

「熊叔父さん、猫母さん、フィーロ様、朝食が出来ました」

「うぉい」

「はぁい」

家の外と風呂場から返事がありました。フィーロ様は、まだ眠っているみたい。

「フィーロ様、朝食ですよ」

スープ鍋と薄いパンを居間兼食堂に運んで、フィーロ様の部屋に通じている扉を叩きました。

「フィーロ様、開けますよ」

熊叔父さんが、竈の所でブーツに付いた雪を落としている音が聞こえてきたので、扉を開けました。寒さを防ぐために、冬場は厚いカーテンを閉めているので薄暗いですが、居間から入る明かりで少し見えます。

「フィーロ様、朝ですよ。どこか具合でも・・・・・・・」

カーテンを開けに行き、明るくなった部屋を振り返って、目に入った物を何度も確認してしまいました。

「おはよう、セシア。フィーロはまだ寝ているの?」

長い赤い髪をひとまとめにしながら、部屋へ入ってきた猫母さんの手が止まりました。

「セシア・・・、この姿を見るのは、初めてかい?」

「は、はい。まだ、変化する姿があったんですね」

「実は、これが一番厄介なのよねぇ・・・」

「どういう・・・」

「うるさいなぁ、起きるから、二人とも出ていけよ」

いつもより高い声、不貞腐れた顔で、寝台に起き上がったのは、八才くらいの男の子・・・・・。フィーロ様の寝巻きが大きすぎて、肩からずり落ちているのも気付かず、目を擦っています。

「フィーロ、あんた自分の姿を見てみなよ」

「何だよ、お袋・・・、あっ!」

寝巻きを引っ張り上げると、立ち尽くしていて私の方を振り返りました。

「セ、セシア、これは・・・」

「フィーロ様なんですね」

「ああ・・・・・」

項垂れた男の子の頭が、いつもと違います。

「どうして、髪がこんなに短くて、ツンツンしているんですか?」

「分かんねぇよ。この姿になるとこうなんだよ。セシアが最初に気にするところはそこかよ、やっぱり変わってるぜ、はあぁ」

ため息をついて、さらに項垂れた男の子の頭をつい撫でてしまいました。見た目と違ってフワフワしています。

「こんな姿の時に・・・撫でられてもな・・・、着替えるから、出ていけよ」

なにかブツブツ言っていますが、こういう時の為に、一応子供服を用意しているそうです。

「なんだ、久しぶりだな、ちっこくなるのも。じゃあ、椅子をもってくるか」

そう言いながら出ていった熊叔父さんは、長い脚が付いた小ぶりの椅子を持って戻ってきました。物置きを片付けていた時に見たことがあります。

「それって、フィーロ様が子供の時に使っていたものだと思っていました」

「ああ、今でも子供のフィーロが使っている」

「うるせぇよ。叔父さんのその冗談は聞きあきたよ」

部屋から出てきた男の子は、襟の付いた白いシャツに足首が見える丈の黒いズボン、編み上げのブーツを履いています。

「フィーロ様、いつものズルズルじゃないんですね」

「うるせぇな、子供があんなの着ていたら、変だろ。腹へった、飯にしろよ」

小さなフィーロ様は、用意されていた椅子にドカッと座るとふんぞり返って、スープ皿を差し出しました。いつもは、嬉しそうにスープが注がれるのを待っているのに・・・。

「フィーロ・・・、あんたその姿になると言葉遣いだけじゃなくて、態度も乱暴になるよね、どうしてなんだろうね。セシアが驚いているよ」

「フン、どうしてこの姿になるのかも分かんねぇのに、そんなこと分かるかよ」

「もしかして・・・、いつ戻るか分からないんですか?」

「ああ、そうなんだよ。ここにこもっている時になるから、今までごまかせたけれどね」

「いいから、スープをくれよ」

フィーロ様の手から、差し出しているお皿を受け取り、スープを注いで前に置いてあげました。

「はい、どうぞ若様。パンもご一緒に、どうぞ」

「なんだよ、その若様って・・・」

「だって、その姿だとフィーロ様っていうより、若様っていう感じなんですもの」

ほっぺたを膨らませると手を差し出してきたので、パンをのせてあげました。不貞腐れながらも、食事をしている姿を見ていると、港町で面倒を見ていた下働きの男の子達の事を思い出しました。あの子達は、十三才くらいだったけれど・・・・・。

「可愛い・・・」

思わずもれた一言に、若様の顔がクシャッとなって、私を睨み付けていました。

「クソー!たくさん食べて、早く大人に戻ってやる!セシア、お代わり!」

「はぁい」

本当の子供じゃ無いんだから、食べて大人に戻れるのか分からないけれど、たくさん食べる子供は好きなので、スープを山盛りよそってあげました。


俺がこどもの姿になるようになったのは、あの頃からだ・・・。元魔師としての自分を持て余して悩んでいた時、薬師で転魔士でセシアの師匠だったヨハスと森の中で出会った。あの頃は神官だったヨハスも、自分の進む道を見失って苦しんでいた。一晩中語り合った俺達は、一筋の光を掴んでいた。ヨハスは薬師としての修行を始め、俺は年齢に合わせた外見を取れるように訓練を始めた。お袋と叔父さんは、動物に姿を変えられるが、人間としての外見を変えられないから、突然子供になるというのは、もしかすると何かの反動なのかもな・・・。


俺は、子供の姿になるのがイヤだった。自分で願った訳でもないのに、突然変化し、突然戻るのだから・・・。今までは変化するのが冬ごもりしている間だけだったから良かったけれど、もし港町や王都にいる時だったらと考えると・・・。でも、初めて子供もちょっと良いかも、と思った。セシアに「可愛い」と言われて、頭を撫でられた時には、ムカついたけれど・・・ちょっと良い。お茶の用意をしているところへ近寄って行くと出来たばかりのお菓子をすぐに渡してくれるし、食事も好きなものを作ってくれる。一番嬉しいのは、そばに寄っても距離を取られないことだ。フィーロの姿の時は、コブシひとつ分は必ず空けられるのに、子供の姿だとソファーに座って本を読んでいる隣にピッタリくっついて座っても、避けられない。そして、今日膝枕で昼寝させてくれた。頭の下の柔らかな感触、薬草の爽やかな香り、髪をすくように撫でる細い指・・・、子供も悪くない。お袋の呆れ顔や叔父さんの羨ましそうな顔も気にならない。

「このまま、子供でも良いかなぁ~」

そんなことを呟いて眠った。

「きゃあ!」

女の悲鳴で飛び起きた俺の耳に、パタパタ廊下を駆けていく音が聞こえた。

「フィーロ、お行儀が悪いわね。素っ裸で寝るなんて」

部屋の扉に寄りかかっていたお袋が勝ち誇った顔でそう言うと、ゆっくり去っていった。子供へ変化するのも、大人へ戻るのも、眠っている時なので、前に一度寝巻きを破ってから、子供の姿の時には何も着ずに眠るようにしていたんだ・・・。頼みの綱の毛布は、床に落ちていた・・・・・。セシアは俺から距離を取り、しばらく目を合わせてくれなかった。







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