第23話 春が来た 二年目
熊叔父さんが教えてくれたように、吹雪と晴天が交互に訪れ、晴天の日が増えてくると家の裏にある小川にはっていた氷が溶け、森の木々に積もった雪がドサッと落ちる音が聞こえてきて、あちこちでのぞいている黒い土に小さな草の芽が頭を出し始めました。そうなるとあっという間に草原に積もっていた雪が溶け、白い大地が緑の草原に変わりました。里に預けていた三頭の馬を連れてきて、乗馬の練習をしたり、冬の間に雪の重みや風で倒れた木を森から運び出してきて、馬小屋を作ったり、家を修理したり、薪を割ったり、外での作業が一気に増えました。そして、元魔師一家への手紙が、どっさり届きました。里の人が預かっていてくれた手紙も有るのですが、もう一つの方法でも届きます。
ある日、洗濯物を取り込んでいた私は、この辺りでは見たことがない、赤と青の羽根の鳥がゆっくりと上空を舞っているのを見つけました。思わず差し出した腕に、予想したよりも大きな鳥が降りてきて、ガッシリと鋭い爪で掴まれてしまいました。
「い、痛い・・・」
「俺がそばにいるのに、セシアの方へ降りるとは、レゼルヴァ王国の使い鳥は躾がなってねぇな」
フィーロ様が近づいてきて、腕を差し出しましたが、赤青鳥は無視しています。
「な、何だよコイツ・・・、セシアから離れろよ・・・」
「フィ、フィーロ様、爪が痛いです」
「仕方ねぇな、これだから雄鳥は嫌なんだよ・・・・・」
赤青鳥は、無理矢理引き剥がそうとすればする程、がっしり私の腕を掴んでしまいました。フィーロ様はブツブツ言いながら、足に付いていた小さな筒から中に入っていた紙を取り出すと、読み始めました。
「フィーロ様・・・この鳥どうすれば良いですか?」
「セシアに任せる」
「任せるって言われても・・・。あの、今洗濯物を取り込んでいるところなので、離れて頂けると嬉しいのですが・・・」
私の顔をじっと見つめていた赤青鳥は、頷いたように首を動かすとパッと飛び立ち、屋根の上に移動してくれました。
「私がお願いしたのが分かったみたい・・・賢い鳥ですねぇ」
「賢いねぇ・・・・・、まあ賢いことは賢いか・・・・・」
フィーロ様は、屋根の上の赤青鳥を睨み付けた後、家の中に入って、戻ってくると腕を差し出しました。赤青鳥は、今度は素直にその腕に降りてくると足に付いている筒に、まるめた小さな紙を入れる間大人しくしています。
「賢いですねぇ・・・」
「コイツはなぁ・・・」
「キー!キキキ!」
「イテッ!止めろよ!」
フィーロ様が何か言いかけた時、今まで一声も鳴かなかった赤青鳥が突然鳴くと腕を突っつき、飛び立って行きました。
「あの鳥は海を越えて、レゼルヴァまで帰るんですね」
「ああ、王室所属だからな」
「王室?レゼルヴァの?」
「ああ・・・」
フィーロ様は、赤い髪の若い姿なのに、何だか老師様のような深いため息をつくと、家へ戻って行きました。
その後も鳥がやってきて、返事を受け取ると飛び立って行きました。たいていは、雪の間に迎えていた新しい年の挨拶と『一度お訪ねください』というお誘いらしいのですが、たまに去年港町の首座様が依頼したような緊急の事もあるそうです。各国の王家と港町の首座様から新年の挨拶をして貰えるのは、元魔師って理由だけではないよね・・・。
「猫母さん、キセラ家がこの辺りの領主になったのは、いつ頃なのですか?」
「ああ・・・、その事は前に聞かれていたね。・・・あたしとベガは元々この辺りの生まれじゃない。元魔師なんてものが居るなんて、誰も知らないような山の中の里だった。あたし達姉弟の成長の仕方がやけにゆっくりな事に気づいた里の人達は気味悪がって、災いをもたらす前に殺さなくては駄目だなんて言い出し始めた」
「猫母さん達が悪い訳じゃ無いのに・・・」
「まあね・・・。でも、ああゆう小さな里では自分達と違うものに恐怖を抱くものなんだよ・・・。両親は、本当に普通の人達だったけれど、あたし達を見捨てるようなことはしなかった。何かの病気だと思った両親は里を出て、治療できる人はいないか、せめて何の病気なのか分かる人がいないか、あちこち回った。大工だった父は、立ち寄った所で仕事を請け負って、手先が器用だった母は、旅の間に作った小物を食料と交換してもらっていた」
猫母さんは両手を広げて、じっと手のひらを見つめた。お母様のお仕事を手伝っていたのだろうな・・・・・。
「ある村の神殿に立ち寄ったあたし達は、神官から元魔師という者が存在している事を聞いた。だからと言って、どうすれば良いのか分からなかったけれど、外見は子供だったあたし達も中身はとっくに成人していたから、老いていく両親をそれ以上苦労させたくなかった。王都の神殿の神官ならもっと元魔師について知っているだろうとその神官に薦められた。両親をその村に預けて、ベカと二人で王都へ出向くことにしたんだよ」
私は目の前に三人の元魔師がいて、変身する姿も不思議な力も見ているけれど、少し前の私のようにおとぎ話だと思っている人が、ほとんどだと思う。
「お袋達は、王都の神殿の神官の世話で、シュターイン王国の国王に会ったんだよな?」
ソファーで眠っていると思っていたフィーロ様は起きていたようです。
「そう・・・、あれは今の国王の爺さんだっけ?」
「いや、ひい爺さんじゃ・・・」
「ま、まあ、そのくらい昔の話なんだけど、ちょっと変わった人でね。あっさりあたし達を受け入れると両親の生活の保障をしてくれて、あたし達には教師を付けてくれた。その後散々こき使ってくれたけれど、亡くなる時にあたし達にこの土地を残してくれた。山の中なら、誰にも気がねなく過ごせるだろうって・・・」
本人達は普通に暮らしていきたくても、何年も変わらない姿を周囲の人は変だと思うものね・・・。
「もう両親は亡くなっていたし、俺は大工として働いていたから、森の中に家を建てて暮らそうって、姉ちゃんに言ったんだよ」
「その頃だったかねぇ、今の里長の祖父母世代が土地を求めてやって来たのは・・・」
「あの頃は天気がおかしくて、作物が十分に育たなくて、自分の村から追い出される者も居てね、定住出来る場所をみんな探していたもんだよ・・・」
「俺達には関わらず、この家の周辺の森を手入れしてくれるのなら、残りの土地を使って良いと許可した。まあ、いつまでたっても年を取らない俺達のことなんか、すぐに変だと思われたけれど、その里長の祖父さんが元魔師の事を知っていたうえ、会ったことがあるという人だった。それで全てを話した。もう、百年位前の話だ」
猫母さんと熊叔父さんの話は、まるで物語のよう・・・。
「里長のお祖父さんは、元魔師に会ったことがあるって言っていたんですよね?皆さんは、会ったことがあるのですか?」
「そうだねぇ・・・、あると言えばある、無いと言えば無いかね。あたし達が元魔師であることを知らせていないのと一緒で、公言しているものは居ないよ。お互いたまに久しぶりに出会って気づく感じだね。それに長く生きていると動物の方が楽になってくるからねぇ、動物の姿のまま生きているヤツがいてもおかしくないよ」
そうか、人に飼われてでもいなければ、そんなことを気にする必要がないもの。私、フィーロ様との契約が三年で良かったと思いました。だって、私一人がどんどん年を取って、動物になったまま戻らないご家族を待ち続けるなんて、悲しすぎる・・・。
「セシア、安心おし。あんたがここにいる限り、あたし達はこの家へ必ず戻って来るよ」
「はい、待っているので必ず帰って来てください」
「セシア・・・」
ちょっぴり流れてしまった涙を拭いて、顔を上げるとフィーロ様があたしをじっと見つめていました。港町に帰れるところはあるけれど、あそこは、家庭ではありませんでした。ひと冬ご家族と暮らして、それが良く分かりました。私が欲しいのは、家庭なのです。
「セシア、ここで待っているのもいいが・・・。どうだ?俺達とシュターインの王都まで行かないか?キセラ領主としての面倒くさい社交もあるが、そんなものは適当にすればいい。大工として、神殿の修理に呼ばれているんだ」
「熊叔父さん、あの神殿に何か関係が有るのですか?」
「ああ、あれは俺が設計したんだ」
すごい人達なのは分かってきていましたが・・・、すごいです。
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