家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒

第1話 売れ残り令嬢と、成り上がり伯爵の縁談①

私はエルバリー公爵家という、由緒正しき名門に第一公女として生を受けた。


病弱でもなく、躾や教育にも恵まれ、貴族令嬢としての教養も人並み以上に身につけてきた。


しかし、私にはひとつだけ、人には言えない大きな悩みがあった。


――そばかす。


幼い頃から私の頬には、小さな斑点がいくつも浮かんでいた。


目立たぬようにと化粧を重ねても、近くで見ればはっきりと分かってしまう。


それは家族にとっても、まるで「不名誉」のように扱われた。


「なぜクラリスだけ、あんな顔なのかしら」


「お義姉様にも、そんな特徴はなかったはずよ」


そんな声を、小さい頃から何度も耳にしてきた。


母は気の毒そうな顔をしながらも、私を慰めてくれることはなかったし、


父も「もう少し見映えが良ければ」と眉をひそめるだけだった。


だが、実を言えば私は、自分のそばかすをそこまで気に病んではいなかった。


幼い頃から頬にあったせいか、それが自分の一部だと思っていたし、家族の目が冷たくても、「まあ仕方ないわね」と受け流す癖がついていた。


それでも――私が“劣った娘”だと痛感させられた出来事がある。


あれは、貴族子女が通う教育機関――スクールに通っていた頃のことだった。


私は皇太子殿下と、よく一緒に遊んでいた。


特別仲が良かったわけではないけれど、共に授業を受け、庭園で話し、馬術の稽古も並んでいた。


当時の私は、それがごく自然なことだと思っていた。


だって、エルバリー家は王国でも指折りの名家であり、代々、王妃や王族に連なる婚姻も多かった。


私が皇太子と親しくすることに、誰も異を唱える者はいなかったのだ。


だが、成長するにつれて――私は徐々に皇太子殿下との距離を置かれるようになった。


最初は忙しくなったのだろうと思っていた。


けれど、顔を合わせても会釈だけで会話はなくなり、気づけば周囲の視線が私にだけ冷たいことにも気がついた。


なぜ?


なにか私、気に障ることでもしたのかしら?


悩みに悩んだ末、ある日の放課後、勇気を出して皇太子殿下に声をかけた。


――なぜ、私を避けるのかと。


「……クラリスが傷つくのが嫌だったから、言わなかった」


皇太子はそう前置きしてから、静かに真実を告げた。


「君のそばかすが……王妃には相応しくない、と言われたんだ。王族の伴侶には、完璧な容姿が必要だと。僕は、悔しかったよ」


その瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


そばかす――私がずっと気にも留めず、共に生きてきたこの斑点が、私の未来を閉ざす理由になるなんて……思いもしなかった。


そして私は年頃を迎え、舞踏会や社交の場に出るようになった。


周囲の令嬢たちは次々と婚約者を決め、華やかな笑顔で指輪を披露していた。


私も何度か父に連れられ、貴族のご子息たちと引き合わせられた。


けれど――そこには、いつも同じ壁があった。


いくつ婚約話が持ち上がっても、最終的に相手側が断ってくるのだ。


理由は明白だった。


そばかす。


「惜しいお嬢様だとは思いますが……」


「品も教養も申し分ないのですが」


言葉を濁しながらも、彼らの視線はいつも、私の頬を見ていた。


まるでそこに、汚れでもあるかのように。


私は何度も鏡を見た。


それでも、昔から変わらないそばかすが映るだけだった。


努力ではどうにもならないもので、人はこんなにも冷たくなるのだと――


私はその時、はじめて知った。


そして──私には、密かに想いを寄せていた人がいた。


アドリアン・セレスト・ヴァレンティウス。


名門ヴァレンティウス公爵家の御曹司。


私たちは幼いころから顔を合わせてきた。家同士も古くから親交があり、年齢も近い。


だから、いつか自然と彼の隣に立てる日が来ると信じていた。


私は、アドリアンと結婚するものだと思っていた。


それはきっと、私にとっての初恋だった。



彼の柔らかい金の髪と、涼しげな灰色の瞳。


立ち居振る舞いは完璧で、いつでも人に優しく、でもどこか近寄りがたい。


そんな彼が、私にだけふと笑ってくれたことがあった。


些細な仕草や声が、今も胸に残っている。


だけど――私の”そばかす”が、彼と私の距離を、いつの間にか決定的に引き離していたのだと、あとになって知った。


彼が私に近づかなくなったのは、私の中身のせいじゃなかった。


私の「顔」のせいだったのだ。


それからというもの、私は貴族の子息たちと顔を合わせるのが怖くなった。


目を見れば分かってしまうから――


「この人も私のそばかすを見て、心の中で笑っているのだ」と。


だから私は、目を伏せた。


うつむき加減に話し、言葉も控えめにした。


そうすれば、私の顔をじっと見られずに済むから。


けれど、その態度は彼らに「自信のない、陰気な令嬢」と映ったらしい。


言葉少なで、笑わず、声も小さな私は、次第に「つまらない」「愛想がない」と噂されるようになった。


そうなると、婚約の話が出ても、断られるのは時間の問題だった。


貴族の男たちは皆、表向きは礼儀正しく微笑みながらも、私に興味を示さなかった。


「他にふさわしい令嬢がいる」と、静かに去っていく。


それでも私は、また次の紹介に臨まなければならなかった。


「おまえのためを思って」と言う両親の言葉に、逆らう術を持たなかったから。


本当は、愛されたいと思っていた。


たったひとりでいい、そばかすの私を、美しいと言ってくれる人に――出会いたかった。


そしてある日、父に呼ばれた。


執務室の扉をくぐると、父は既に机に書類を広げていた。


「これが最後の相手だ。」


父は冷たい口調で言いながら、一枚の書状を私に差し出した。


――セドリック・グレイバーン伯爵。


一瞬、意味がわからなかった。


「……えっ?伯爵家……ですか?」


思わず声が震える。私はその名に聞き覚えがなかった。


「なにかの……間違いでは?」


父の機嫌を損ねると分かっていても、言わずにはいられなかった。


エルバリー家は、長い歴史を誇る由緒正しき公爵家。


たとえ今、財政が傾いているとはいえ、格下の伯爵家と親戚になるなんて――


「グレイバーン家は新興貴族だ。金はあるが、名はない。公爵家との縁談は、向こうにとって願ってもない話だろうな。」


父は書状を指で叩きながら言った。


私は目の前がぐらぐらと揺れるような気がした。


なぜ、私がそんな……名も由緒もない家の人と――


「私は……伯爵と結婚するんですか?」


声が震えた。


自分でも驚くほど、心の奥がざわついていた。


「他に相手がいないのだから、仕方ないだろう。」


父は一切の感情を見せずに言い放つ。


「……それでも支度金が入るんだ。」


一瞬、意味が飲み込めなかった。


「……支度金?」


「そうだ。相手はこのエルバリー家に金を入れてくれる。それだけで万々歳だ。」


私は言葉を失った。


つまり、私は金と引き換えに――売られるのだ。


「お金のために、私を……」


「家のためだ。」


父は淡々と続ける。


「貴族の娘が家を支えるのは当然だろう。ましてや、おまえにはもう選り好みなどできん。」


そんな……私はただ、愛されることを望んだだけなのに。


そばかすがあるから?


誰にも選ばれないから?


だから私は、見も知らぬ成り上がりの伯爵に売られるの?


喉の奥がつまったように、言葉が出てこない。


ただ、指先だけがかすかに震えていた。


それでも父は、まるで家具でも売るように話を続ける。


「安心しろ。伯爵は若く、悪い噂もない。顔も悪くないそうだ。」


そんな問題じゃない。


私は今、この瞬間、父に見捨てられたのだと悟った――



もしそうであれば、私は問いたかった。

せめて、相手がどんな人なのかを知りたかった。

私という存在をどう見ているのかを――。


「伯爵は、私のことを……どう思っているのですか?」


父は面倒そうに眉をひそめた。


「特には、何も。」


「……特には?」


「そばかすのことも含めて、何も言っていない。」


私は思わず息を飲んだ。


それはつまり――


「興味がないということですか?」


「だから、何も言っていないと言っただろう。」


父の声は冷ややかだった。


そばかすが気にならないという意味ではなく、


私という存在自体に、興味を持たれていない。


言葉にされないその無関心こそが、何より残酷だった。


「伯爵と結婚するしか、道は残されていないのですね……」


私はかすれた声でそう言った。力なく、けれど確かに。


父は書類に目を落としたまま、事務的に返す。


「断っても、これ以上の相手は出てこない。」


胸の奥がきしむように痛んだ。


言葉を失っていると、母が口を開いた。


「いいじゃない。お金を持っている人と結婚するのが、そんなに嫌なの?」


柔らかな声だった。


けれど、私にはその響きが冷たく感じられた。


「そういうわけでは……」と答えると、母は微笑んで言った。


「お父様も私も、クラリスの幸せを祈っているのよ。心からね。」


祈っている――その言葉が、虚しく響く。


私の気持ちも、希望も、すべて置き去りにされたまま。


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