桃太郎、なかまがふえる

村人から譲り受けた服をようやく身につけ、桃矢と鰯は村を後にし、少し離れた山道を歩いていた。


「ふぅ……裸のまま旅立たされるかと思ったぜ。

 なぁ、それで俺らはどこに向かえばいいわけ? 次の満月までに村を襲う鬼を退治しなきゃいけないんだろ?」


ひいらぎの精霊を迎えに行く」


「は? 鰯に柊って……節分かよ」



桃矢は思わず目を細めて呟いた。



「せつぶん? それは何かの儀式か」



首を傾げる鰯の問いに、桃矢はふと考える。

――鰯の頭と柊の枝を戸口に飾ると鬼除けになる。

そういえば節分って、鬼を払う行事じゃなかったか。



「……あー、なるほどな。そういうことか」



独り言のように納得しつつ、桃矢は「また妙な設定盛ってきやがったな」と心の中でぼやきながらも、結局は鰯の精霊の後に続いた。



「で、柊の精霊はどこにいんの?」


「あの祠の中だ」



鰯が指さした先――山の頂上まで果てしなく続く石段。その最上に、小さな祠が豆粒みたいに見えた。



「いやいや……遠っ! 自分で降りて来いよ! 鰯は自分から来ただろ!」





桃矢の嘆きもむなしく、二人は石段を登り始める。


昼を過ぎた太陽はじりじりと頭上から照りつけ、蝉の声は耳をつんざくほどに鳴きわめいていた。額から汗がしたたり、喉がからからに乾く。



「はぁ、はぁ……。マジで……どこまで続いてんだよ、この石段……」



「はぁっ……はぁっ……。マジで……どこまで続いてんだよ、この石段……」


一段登るたびにふくらはぎが悲鳴を上げ、膝は笑い、ついには手をついて息を整える。


一方で鰯の精霊は、涼しい顔で石段を軽やかに登っていく。長い水色の髪は風に揺れ、額の宝玉は太陽にきらりと輝く。汗ひとつかいていないその姿は、まるで石段がエスカレーターにでもなっているかのようだった。



「桃太郎、歩みが遅いぞ」


「うっせぇ! お前が化け物じみてんだろ!」


思わず声を荒げた。自分はただの高校生、運動部でもなければ根性もない。

体育の持久走でさえ――後ろから数えた方が早いくらいだ。

そんな自分に、いきなり山登りはハードすぎる。



「試練を越えねば柊の精霊には会えぬ。これは避けられぬ道だ」


「俺の脚が先に死ぬわ!」



ふらつき、転びそうになりながらも、桃矢は歯を食いしばって石段を登る。

汗は滝のように流れ、視界は揺れ、足はもはや鉛のように重かった。


――ようやく辿り着いた山頂。


苔むした鳥居と、軋む木の扉。その前に、一本の槍を携えた少女が立っていた。

鮮やかな緑の髪を風に揺らし、柊の枝を模した槍を握る。鋭い瞳は、息も絶え絶えの桃矢を射抜いた。



「……その者が桃太郎か」



冷ややかな声が、山頂の空気を凍らせる。



「我は柊の精霊。この祠を護る者。――我に従わせたくば、試練を越えてみせよ」


「し、試練……?」



桃矢は膝を笑わせながら顔を上げる。心臓は耳元で爆音のように鳴っていた。



「……俺まだ筋肉痛すら治ってねえんだけど! 試練とか無理ゲーすぎんだろ!」



思わず叫ぶと、鰯の精霊が淡々と口を開いた。



「柊よ、桃太郎は確かに軟弱だ。だが彼は神桃によって召喚された。力を合わせねば鬼神討伐は叶わぬ」


「力を合わせる? この男からは覚悟も力も感じられぬ」



柊はきっぱりと言い放つ。その眼差しは氷のように冷たく、容赦がなかった。


桃矢はぐっと唇を噛む。――確かに自分は勇者でも何でもない。怖いし、正直、逃げたい。

でも頭をよぎったのは、あの村人たちの顔だった。必死に助けを求めていた人たち。涙を浮かべて頭を下げた長老。



「……俺は強くない。マジで運動音痴だし、スキルだって結局はお前らがいなきゃ何の役にも立たない」



震える膝を押さえながらも、桃矢は祠の前に立ち上がった。



「だからこそ……お前が必要なんだ。力を貸してほしい」



その一言に、柊の瞳がわずかに揺れる。

氷のような光がかすかに和らぎ、少女の口元にかすかな笑みが浮かんだ。



「……よかろう。お前の言葉、虚ではなさそうだ」



柊の精霊は槍を地面に突き立て、跪いた。



「我が力、桃太郎と共にあろう」


「お、おお……! なんか仲間加入イベントっぽい!」



桃矢が感動に浸っていると、鰯が冷ややかに告げる。



「桃太郎。気障なことを言えば仲間が増えると思うなよ」


「だから、お前が言うな!」



柊はそんな二人を眺め、氷のような瞳をわずかに和らげ、初めて小さく吹き出した。


こうして――桃太郎とうやいわしひいらぎ

三人の奇妙なパーティが揃い、鬼神討伐に動き出したのだった。




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柊が容赦なく桃矢をいたぶります!(*´ `*)

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