桃太郎、おにがしまへいく

桃太郎とうや一行は山を降り、膝ががっくがくの桃矢の回復を待ってから、改めて鬼神討伐に向かうことにした。


「で、鬼ってどこに住み着いてるんだ? セオリー的には……鬼ヶ島だよな?」


期待半分、不安半分で口にする桃矢。


「ああ。海の向こうに見える岩山――あれが蓬莱島ほうらいじまだ」


鰯が指さした先には、荒波の果てに不気味な影がそびえていた。灰色の雲が重く垂れ込め、まるで近づく者を拒むように揺らめいている。


「……ホントにあったよ、鬼ヶ島ポジ……」


背筋に寒気を覚えつつも、桃矢は海岸を見渡した。


「で、船は? 船で行くんだろ?」


だが視界に広がるのは荒れた浜辺だけ。船らしきものは影も形もない。


「船など必要ない」


「は?」


柊の冷ややかな一言に、桃矢がぱちりと瞬きをした、その瞬間――。

三人の体はふわりと宙に浮いた。



「マジか、まさか空間転移? すげぇ……」



思わず感嘆したのも束の間――



「……っ……!?」



転移などという上等なものではなかった。

三人は時速80kmほどのスピードで、ただ生身のまま空を突っ切っていたのだ。



「ぎぃやぁああああああああああ!」



桃矢の絶叫が空に響き渡る。

頬の皮膚はめくれんばかりに引き伸ばされ、髪は逆立ち、涙と涎が空気に飛び散る。呼吸すら奪われ、完全にお笑い番組の強風コント状態だった。


辛うじて薄目を開き、隣を見やれば――柊も鰯も、すずしい顔のまま風一つ受けぬ様子で飛んでいる。



(……おいおい、絶対わざとだろ!? クソ……!)



涙目の桃矢は必死に手を伸ばし、鬼の形相で鰯の腕をがっしとつかんだ。

自分を親指で指し示しながら、口をぱくぱくと必死に動かす。



『息が出来ん! 死ぬッ!』


「ああ、すまぬ」



鰯が軽く首を傾げ、隣の柊に小声で囁く。

柊は眉をひそめ、「ちっ」と舌打ちをすると、いやいやながら印を結んだ。


途端に桃矢の周囲から風圧がすっと消え、ようやく呼吸が戻る。



「我らは精霊故、風の抵抗を受けぬのでな。……失念していた」


「忘れてんじゃねえぇぇぇぇっ!!」



桃矢の絶叫が、波間にむなしくこだました。





なんやかんやで海を越え、三人は蓬莱島の岩場に着地した。

桃矢はその場に崩れ落ち、四つん這いになったまま、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。



「……し、死ぬかと思った……! いや絶対、一回死んでたわ……」


「案ずるな。心臓の鼓動は正常だ」


「まったく、この程度で根を上げるとは……なっとらんな」


「そういう問題じゃねぇんだよッ!」



しれっとした顔の鰯と、冷ややかな目を向ける柊。

二人の態度に耐えきれず、桃矢はだんっと拳で岩場を打ちつけ、精一杯の声を張り上げた。


――グォォオオオ……。


耳を劈くような咆哮。

まだ息を整えきれぬ桃矢の鼓膜を揺らす低音と共に、大地がごごごと揺れる。



「……な、何の音……?」



視線を向けたその先。

岩山の奥から、地響きを伴い姿を現したのは――角を生やし、巨大な棍棒を肩に担ぐ鬼だった。



「来たな……桃太郎」



ぎらりと赤い瞳が光り、島の空気が一瞬で張り詰めた。



「え、早くね!? 俺の心の準備……!」



膝が笑うのを必死に堪えながらも、桃矢は刀の柄を握りしめた。

その背後で、鰯と柊が無言で構える。



「……クソ。どうせ逃げられねぇなら――やるしかねぇだろ!」



震える声に、それでも確かな決意を乗せて。

桃矢は鬼神との初めての戦いへ、一歩を踏み出した。




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クスッときたら、★や♡、そしてコメントをいただけると――

桃矢がますます張り切って鬼退治に挑みます!

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