桃太郎、けついする

桃矢は半信半疑のまま、鰯の精霊に連れられ近くの小さな村へ向かった。


そこはつい数日前に鬼神に襲われたばかりの場所だった。道の両脇には瓦礫が積み上がり、焦げた柱が無惨に倒れている。

焼け跡からはまだ煙のにおいが漂い、桃矢は思わず顔をしかめた。



「……ひでぇな」



歩を進めると、崩れかけた塀の隙間から小さな子どもたちが顔をのぞかせた。

桃矢の姿を確認すると何やら囁き合って駆け去っていく。



(……当然だよな。鰯が貸してくれた布を巻いてるとは言え、ほぼ裸の男が歩いてたら……)


「なぁ、早いとこ着るもの何とかならねぇか?周りの視線が痛すぎる」


「視線?当然だろう。お前は神桃しんとうに選ばれし勇者なのだからな」


「いやいや、絶対ちげえ!」



鰯は相変わらず涼しい顔で歩いている。桃矢の羞恥心など意に介さないその態度に、ますます腹が立った。





やがて村の広場に出ると、そこには老人や婦人、子どもに至るまで大勢の村人が集まっていた。皆が何かを待ち望むようにこちらを見つめている。中央には白髪の長老が立っており、桃矢の姿を目にした途端、深く頭を下げた。



「ちょ、ま……この格好で!?」



桃矢は慌てて鰯の背後に隠れる。

しかし鰯は構わず前へ進み、堂々と広場の中央に立った。



「お待ちしておりました。桃太郎様!」



長老の声が響いた瞬間、広場がざわめきに包まれる。人々は一斉に手を合わせ、涙を浮かべて「桃太郎様だ……!」と歓声をあげた。



「次の満月の晩、再び鬼神が現れます。どうか……どうかお力をお貸しくだされ。我らの命運は、すべてあなた様に――」


切実な懇願。その声には必死さと、揺るぎない信頼が込められていた。



「何でもいいからまず服を着させてくれ!」


負けじと必死に訴える桃矢。

しかし長老はその言葉を、迷いなき決意と受け取ったらしい。



「では村をお助けくださるのですね!」


一気に明るくなった長老の顔に、桃矢は愕然とした。


「話聞けよジジイ!! 俺は、たまたま“桃”って字が付いてるだけのただの高校生! 鬼神とか、想像しただけでも怖えよ!」


思わず声を荒げる桃矢。

その瞬間、広場にざわめきが広がった。



「桃太郎様は助けてくださらぬのか……」


「我らはもう終わりなのか……」



すすり泣きが次々と響く。母親が子を抱いて膝をつき、老人が肩を震わせる。子どもたちは必死に涙をこらえながらも、不安げに桃矢を見上げていた。


その視線が、容赦なく桃矢の良心を突き刺す。



「そ、んな……顔されても……」



思わず目を逸らす桃矢に、鰯が小声で呟いた。



「桃太郎、貴様、鬼か」



冷ややかな一言。

桃矢の心はさらにえぐられ、苦虫を噛み潰したような顔で胸を押さえた。



「……くっ……わかったよ! やればいいんだろ、やれば!」



観念したように叫ぶと、広場にどよめきが広がった。

人々は涙を拭い合い、口々に声をあげる。



「桃太郎様が戦ってくださる!」


「これで村は救われるぞ!」


(なんともチョロい……チョロすぎるぞ、俺!)



恐怖と苛立ちと、妙な責任感がないまぜになって――桃矢は唇を噛み締め、拳を壁に叩きつけた。



「……あなた様の勇気に感謝いたします。鬼神に襲われ、金品も食料もわずかではありますが……ぜひ、こちらをお持ちくだされ」



長老は一振りの刀を差し出し、涙ながらに感謝した。



(……マジで刀より服の方がありがたいんだけど)



切実な思いを胸に押し込みながら、桃矢は柄をそっと握った。

ひんやりとした重みが、ずしりと現実を突きつけてくる。


とはいえ、長老の涙を前に茶化すこともできず――

桃矢は小さく息を吐き、ぐっとこらえた。



「……ったく、感謝するのは鬼を退治してからだろ」



格好をつけたつもりもなければ、自信があったわけでもない。ただ、今この場で称えられるのは何か違う気がしたのだ。



「桃太郎、お前、存外気障なのだな。……その格好で」


「だから、お前が言うな!」



鰯の精霊の涼やかな顔に、桃矢は思わずツッコミを入れる。



(……人に頼られるって、意外と悪くないな)



胸の奥にじんわりと温かいものが灯る。

その姿は村人には「勇者」に見えたかもしれない。



――だが、現実はほぼ裸である。





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お読みいただきありがとうございます(*^^*)

桃矢はこのあと、無事に服を着ることができるのか!?

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