異世界で桃太郎と呼ばれたけど、思ってた話とだいぶズレてるんですが。
豆
桃太郎、うまれる
ゲームとラノベが好きで、昼休みにはクラスの陽キャにも陰キャにも普通に混ざれる。イケメンでもなく、特技もない。
どこにでもいる、ごく平凡な少年だった。
ある日の学校の帰り道。
夕焼けに染まる住宅街を歩いていると、突然――黒猫が目の前に飛び出した。
「うぉっ!?」
反射的に身をよじった瞬間、横からトラックが迫ってくるのに気づく暇はなかった。
衝撃。
浮遊感。
……意識が闇に沈む。
(……あ、俺、死んだ?)
けれど次に目を開けた時、そこには見慣れない光景が広がっていた。緑の丘と小川、のどかな田園。
見上げれば雲ひとつない蒼天。
「ここ……どこだ?」
呆然と立ち尽くす桃矢の前に、一つの影が現れた。
サラリと長い蒼銀色の髪を一つに束ね、中性的な顔立ち。女性と見紛うほどの美貌だが、はだけた着物からは隆々とした胸筋がのぞいている。
その上に羽衣をまとった姿は、まるでゲームキャラクターのコスプレのようだった。
(……こんなド田舎でコスプレイベントなんてやってるのか?)
「お前が桃太郎だな」
名前を呼ばれた気がするが、自分のことだろうか、と桃矢はきょとんとした顔で自身を指さした。
(桃太郎って……あの桃太郎? 何言ってんだコイツ)
「いや、違うし」
「お前は間違いなく桃太郎だ。異世界より召喚された、選ばれし者よ」
「そんなダセえ名前じゃないし。つーか……召喚……!? マジかよ」
桃矢は今更ながら自分の体をペタペタと触って確認した。
あの時確かにトラックに轢かれたはずなのに、傷一つ見当たらない。
それどころか――
「いや、なんでオレ裸!?」
声が思わず裏返る。
同時に自分が座っている、あるもの存在に気づいた。
湿った感触。
柔らかな凹み。
鼻腔をくすぐる、あまい香り。
――桃だ。
彼は巨大な桃のくぼみに座っていた。
そう、まさに物語の桃太郎のごとく生まれたままの姿で。
「え、ちょっと待て。マジで桃から出てきたのか、俺……」
◇
目の前の蒼銀髪の青年は、キリリと真面目な顔で胸を張っている。
羽衣の端がさらりと風に揺れ、額の宝玉がかすかに光を放った。
「改めて名乗ろう。我は
「え、精霊? は?イワシ!?
いやいやいや、ちょっと待て!
鬼神討伐とか無理だって!」
ツッコミどころが多すぎて、桃矢は思わず両手でT字を作りながら叫んだ。
「ちょっとタイム!」
完全に部活のタイムコールである。
そのまま息を整え、こめかみに指を当てながら必死に頭を働かせる。
「桃太郎って……確かじいさんとばあさんがデカい桃を拾ってきて、鬼退治に行く途中、きび団子で犬と猿とキジを仲間にする昔話だろ?そもそもどこに
「何故犬や猿が仲間になるのだ?」
真顔で返す鰯の精霊。その表情はどこか残念そうですらある。
「いや、お前が言うなよイワシ!」
桃矢は逆手ツッコミを炸裂させた。だが当の鰯は気にも留めず、涼しい顔で話を続けるのだった。
「お前は神に選ばれし存在。この世界が危機に瀕した時、
「おい、言っとくけど俺、ただの高校生だぞ!
ほら見てみろこの貧弱な腕!
せっかく転生してもチート感ゼロだわ!」
桃矢は自虐気味に笑い、生白い腕をひょいと見せつけた。
「いいや、お前はこの世界で唯一、精霊を従えることができる。我らの力は、お前なくして真の力を発揮できないのだ」
その言葉に、初めて桃矢の口元が綻ぶ。
(……スキル……マジか。転生チートきたぁ!)
胸の奥がむず痒いほどに熱くなる。
思わず頬まで緩みそうになるのを、必死に取り繕った。
「……つーかさ、さっきから我らって複数形で言ってるけど……次は何、サバとかアジとか出てくるの?
なんか腹減ってきたn……――ぶえっくしゅん!」
盛大なくしゃみをした拍子に、桃矢の体がぶるっと震えた。
「……あ、やべぇ。俺、すげー開放的なままだったわ」
かくして――裸のまま、桃矢の奇妙な物語は幕を開けたのだった。
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