第九話 スマホを制する者は、睡眠を制す

「それはそうと、夢日記の執筆は進んでる?」

私たちはようやく、本来の目的を思い出した。というか、私はちゃんとやっていましたとも。ええ。

「はい。私はちゃんと書いてます。」

意気揚々と紬が答える。

「私も、覚えてる限りは書いてますね。」

さすがは西垣先輩。よかった。

「そっちの二人はどう?」

「私も、順調に書いてます。なんとか。」

「そう。ならよかった。皐月ちゃんはどう?」

皐月先輩の反応がない。あれ、寝ちゃった?

「皐月ちゃーん、起きてるんでしょ。ほらほら。」

そう言って、西垣先輩がくすぐっている。もぞもぞと体をよじっている所を見るに、多分起きているのだろう。先輩もそれが分かっていて、わざとくすぐっているのだ。

「ふっふふ、分かった、分かったよ楓ちゃん。もうやめて…」

かわいらしく抗議の声を上げた川野先輩に、西垣先輩が微笑む。

「書いたの?夢日記。」

「うん。書いてるよ。ちゃんと書いてる。」

「えらいえらい。えらいよ皐月ちゃん。」

頭を撫でられている川野先輩の顔がとろけている。かわいい。やっぱりこの二人、てえてえ。

「うん。まあ、書いてるならいいんだけど…」

怪訝そうに納得した瀬本先生は、すぐに柔和な表情を取り戻した。

「それとね、スマホを封印する方法も、一緒に考えてくれると助かるかな。」

まるでスマホが禁忌であるかのようなその言い方に、私はおかしくてつい吹き出しそうになった。まあ確かに、魔性の道具ではあるんだけど。


「ということで、スマホを封印する方法、何か思いついたら教えてください。」

その日の放課後。件の教室に集まった私たちは、思い思いに作業をしながら対策を練ることになった。先輩方は参考書や模試の問題集を開き、私たち二人は今日出された課題に取り組んでいた。なぜ私が仕切っているのかというと、先輩方は受験勉強で忙しいだろうし、残るは私たちしかいないから、紬とじゃんけんをした。結果はもちろん、私の負け。

「でもさ、スマホを封じ込めるなんて、私たちには無理でしょ。」

「まあそうなんだけど…」

かくいう私も夕飯の後、ついつい動画視聴アプリを開いてしまい、気付けば二十三時を回っているということが多い。

「先輩方はどうしてますか?」

参考書に目を落としていた西垣先輩が答える。

「私はね、受験生ってのもあるし、ほとんどの時間、電源切ってるよ。」

「なるほど。それ最強ですね。」

紬は目からうろこが落ちたような表情をしている。すごい驚きよう。

「川野先輩はどうですか?」

眠そうな目で、時折船をこいでいた先輩は、風船が割れるみたいに顔を上げた。

「うーんとねー、私は…スマホ使ってたらすぐ疲れちゃうし、勉強の合間は寝てることが多いから、そもそもそんなに使ってないかな…」

「なるほど。元々自制できているんですね。羨ましいです。」

「いやいや、私の場合は焦ってるって言うのもあるし、そんなに参考にならないけどねー。」

「いえいえ、そんなことないですよ。時間制限できる人なんて、そうそういませんから。」

「そうかな~。えへへ、嬉しいな~。」

そのとろけそうな顔が、さらにふにゃふにゃになる。

「さすがは皐月ちゃんだねー。私、皐月ちゃんが友達でよかった。えらいえらい。」

そう言って再び頭をなでる西垣先輩の顔までとろけている。この二人の関係性がうらやましい。私も先輩たちになでてほしい。

先輩方のありがたいお話を聞いて感心していると、突然甲高い声が響いた。

「あ、あの……私もその、ちゃんと眠りたいです!」

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