その声を聴く
砂塵が空を覆い尽くす中でヘラクレスの単眼が光り、大地を薙ぎ払うようにして放たれる光線がヒレイとディオンへ迫る。瞬時にそれを跳躍で避けはするが、どう攻撃すべきかを刹那に話し合う。
「触媒として使う液体は特殊なものも多い、ヘラクレスのそれも例外ではないだろう」
「ならばあの堅牢な鎧を打ち破り、その上でさらに核を捉え破壊するしかないか」
豊富な知識からディオンが推測し、ヒレイも冷静に攻撃案を提示してからエルクリッドとシェダがそれぞれカードを選び始める。
だが決定打を与えるには攻撃力が圧倒的に不足していること、それを補う手段はあれどもここまでの攻防で容易くはない事もわかりきっている。絶対的な防御を打ち破るだけの技と力を当てるにしても、その隙を作り出さねばならないのだから。
「何とかして動きを止めてぇが……あのデカさじゃバインド系も効き目がねぇな。エルクリッド、なんか持ってねぇのか」
「攻撃スペルはあるけど、詠唱知らないからスペルブレイクでしか使えないよ。それに範囲攻撃のだからディオンも巻き込むし……」
静かにエルクリッドが引き抜くのは燃える氷降り注ぐファイアーヘイルのスペルカード。広範囲に燃える氷の雨を降らせ撃ち抜くというものだが、味方も巻き込む危険を持つ。
そのカードをシェダは横目で確認しつつ構わねぇと言い切るとカードを引き抜き、エルクリッドもカードに魔力を込め掌に立たせながら発動する。
「スペルブレイク、ファイアーヘイル!」
「ツール使用、駿馬の
羽根のついた銀の
ヒレイは自らの身体に炎を纏ってそれを防ぎ、ディオンは五月雨の如き雨の中を縫って駆け抜け対象的に巨体故に避けようのないヘラクレスへと詰めていく。
だがヘラクレスも巨人の羽衣で守られ、露出している部分も直撃し欠損した所から瞬時に周囲の砂と岩を取り込み修復する有り様。そうとわかっててもディオンは魔槍に黒き雷を纏わせ、全身全霊を一撃に込める。
「
下から振り抜かれる魔槍から黒の刃が幾重にも放たれヘラクレスの右足から上を目指し身体を切り裂いていき、直後に掲げられた魔槍の切っ先より現出する巨大な漆黒の刃の一閃がさらなる衝撃となりヘラクレスの右半分を両断してみせた。
刹那、両断された箇所から青い液体の核を見逃さずにヒレイが一気に距離を詰めて火炎弾を放ち、それに対しニアリットもすかさずカードを切る。
「スペル発動リクリエイト!」
火炎弾が炸裂し砂煙が吹き荒れる刹那にヒレイは危険を察知し後ろへ飛ぼうとするも、伸びてきた水の何本ものトゲが身体を刺し貫きエルクリッドにも反射し血が飛ぶ。
シェダの意識が彼女へと向いたと同時にディオンもまた塞がれた視界の前に巨大な影を捉え、咄嗟に防御態勢を取るがメキメキと音を立てて右腕の骨が折れるのを感じつつシェダの前へと吹き飛ばされた。
「ディオンッ!」
「片腕が折れただけだ、が……お前がカードを使いづらくなったな」
すぐに立ち上がりながら魔槍を左手に持つディオンの右腕はあらぬ方向へ曲がり血が流れ、同じようにその痛みと傷はシェダの右腕に現れ折れはしてないが指先が麻痺する感覚に襲われる。
一方のエルクリッドも自力で何とか水のトゲを抜いて戻ってきたヒレイに合わせ片膝をつく姿勢となり、深く息を吐きつつ目を閉じ心を落ち着かせようと試みていた。
(リクリエイト……確かゴーレムを再構築するスペル、だったっけか。てことは、今ヘラクレスは……)
砂煙が晴れて現れるヘラクレスは巨人の羽衣こそ破れ落ちたが全身を水の身体で構成し直し、核の素材と逆転する姿となっている。ゆっくり立ち上がろうとするも傷が痛みがくっと崩れるエルクリッドの腕をシェダが支え持ち、強いなと述べたのにうんと返し足に力を入れ直す。
再構築すると同時に水の身体となる事で火炎弾を防ぎ反撃へ転じたヘラクレスの単眼が光を集め始め、それに対し片腕ながらも魔槍を構えるディオンの闘志は折れず、ヒレイもまた身体を起こし迎え撃つ姿勢を取る。
「まだ、やれる……! まだ、終わらねぇ……!」
「だよね、まだ、終わらない……!」
致命傷というほどの怪我ではない。心も折れてはいない、ただ相手の攻撃に対して反撃を受けて状況が悪いというだけの事だ。
エルクリッドとシェダが同時にカードを引き抜くと共にヘラクレスの単眼から光線が放たれ、それにヒレイが炎を吐きつけ押し合いを展開する。
「スペル発動ドラゴンハートッ! まだ、やれるんだから……!」
「スペル発動ウォリアーハート! その通りだぜ……!」
二人のリスナーの闘志の強さを示すように使われたカードがアセスの力を最大限高めていく。その姿勢には見守るノヴァ達の身体を熱くさせ、相対するニアリットも目を大きくし確かなものが伝わる。
(クロスの奴も良いリスナーを育てたものだ……いや、彼ら自身が自ら歩んで来たからこそ、か。だがそろそろ終わりにするか……!)
ニアリットの意思が伝わりヘラクレスの光線が太さを増してヒレイの炎を押し返し始め、そこへヒレイの頭に乗ったディオンが黒き雷の螺旋の突きを繰り出して加勢し勢いを防ぐ。
とはいえハート系スペルの強化時間は長くはない。効果が切れるまでに何かなければ押し負けてしまう。
(どうすればいい……どうすれば……!)
残りのカード、残りの魔力、考え得るニアリットの戦術、現在の状況、全てを素早く考えるエルクリッドの心に、その声が触れた。
(お困りのようですね、エルクリッドお姉様……)
(あなたは、まさか……)
その声の主が心の中で微笑む気がした。雌雄を決する刹那に、エルクリッドはまさかと思いながらも目を閉じ自分の心へと意識を向けていく。
聴こえたその声を辿り、勝利につなげる為に。
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