明日へ繋ぐ力

 心に聴こえたその声を辿り、エルクリッドは戦いの最中に自分の心の奥底へ意識を沈める。


 その瞬間は一瞬のもの、だが永遠にも感じられるもの。赤き水面広がる白の世界にエルクリッドが降り立つと、クスクス微笑む彼女が後ろから抱きつき身を寄せた。


「お久しぶりですお姉様……やっとアタシの声が聴こえましたね」


「アスタルテ……あなたが、どうして……?」


 長い黒髪に同じ顔を持ち、黒基調の同じ服を着た声の主はアスタルテであった。半年前、エレメ島にて彼女に取り込まれたが救出され、そして葬ったはずの存在がいる事にエルクリッドは驚きを隠せず素早く手を振り解いて相対するも、アスタルテからは敵意を感じず不敵に微笑む姿があるだけ。


「お忘れですか? アタシはお姉様の子機として作られた……要はお姉様の力を調整し安定させる為の存在です。お姉様を取り込んでる間にアタシの意識を産みつけておいた、そこからずーっとアタシはお姉様の中にいましたよ」


「なら、あたしが火の夢エルドリックの力を使えないのは……」


「アタシが止めてました。完全に調整しきれていなかったので、それが終わるまでは、と命令が刷り込まれていますから」


 同じ存在の欠片から作られ、エルクリッドは母スバルから生まれた。一方のアスタルテは子機としての機能を持たされ作られた。


 一体化していた間にアスタルテが自分の偽物を生み出し続けていた事などは後から聞いたことであったが、まさか自分の中にまだ潜んでいた事はエルクリッドにとって衝撃的なこと。同時に、彼女が力の調整の為に密かに活動していた事や、この半年間何もせずにいた事から信用はひとまずできる、とも。


 自分をお姉様と呼ぶ同じ顔を持つ妹とも言えるアスタルテに対しては、エルクリッドは複雑な思いがある。そして同じものは、彼女を作り最後に自分を守り命を落としたネビュラに対しても同様に。


 話も早々にアスタルテはエルクリッドへ近づくと胸に手を触れ、ドクンっとエルクリッドの中で何かが激しく脈動する。


「これでお姉様は火の夢エルドリックの力を使っても暴走したりする事はありません。アタシの役目はひとまずここまで……あとはお姉様の意識に溶けて消えていくだけ、安心してくださいね」


 静かにそう言って手を離すアスタルテの腕をエルクリッドが掴み、しばし見つめ合うとそのまま引き寄せ抱き締める。

 温もりが伝わり合う。そこにいるのは精神が生み出した虚構とわかっていても、それは確かにあっては二人に伝え合う。


「ありがとアスタルテ。もう一人のあたし……あたしの、妹」


「お姉様にそう言われると素直に嬉しいですね。ですがこのままアタシが居続けては、お姉様の為には……」


「いてもいいよ」


 優しくその言葉を伝えられ、アスタルテの目が大きく開く。そしてすぐに微笑み、身を預けるようにエルクリッドへと体重をかけていく。


「また、お姉様と一つになろうとするかもしれませんよ? 身体を乗っ取られても、いいんですか?」


「もしそうなら、この半年でやってるでしょ。でもそうしなかったのは、ここにいるあなたはあたしを通して色々学んでるから……あたしが何を思ってるのか、感じたのか、目指すものとか、その理由とかを、ちゃんと感じて考えてくれたから、でしょ?」


 エルクリッドの指摘にアスタルテは言葉を返せなかった。図星というもの、半年という期間があったにも関わらず悪意をもって行動しなかった事が何よりの証となり、それを察したエルクリッドの思いを理解したのかアスタルテは強く抱き返す。


「流石はお姉様です、アタシが独り占めしたくなる自慢の人……なら、ここからお姉様の思いや感じたものを学びます。そしてもしもの時は、アタシも力を貸しますから」


「それでいいよアスタルテ。あたしを通して色々見て欲しい、感じて欲しい……多分、ネビュラも同じ事、言うと思うから」


 そうですね、とアスタルテが返すと共に二人は離れ目を合わせた。同じ欠片から生まれた親機と子機、その交わりを経て何かを得られた事や、亡きネビュラならば何を言うかも今はわかる。


 彼を許したわけではない、ただ母スバルと接点をもったから自分が生まれた事を始め今に繋がっているのも事実で、アスタルテを受け入れる事は自分の為にもなるとエルクリッドは自然に思えた。


 やがて意識は戦いの場へ戻り目を見開くと共に瞳孔が細くなり、カード入れからカードを引き抜く。そのカードが発する黒き波動を感じ隣のシェダが真っ先に振り向くも、大丈夫と答えたエルクリッドがカードへ意思を込めると黒い光を帯びるそれが白色へ転じる。


「エルクリッド、お前……」


「もう大丈夫、あたしは明日へ進む為にあたしの力を使う! 霊術スペル発動、エルトゥ・フォース!」


 スペルの効果が切れて押され始めたと同時にエルクリッドがそのカードを発動する。白き光と共に炎が舞い踊るようにヒレイへ宿り、湧き上がる力を感じたヒレイの炎が共に繰り出されているディオンの黒き雷を纏いながらヘラクレスの光線を押し返していく。


「スペル発動アースフォース! 容易くはやられんぞ」


 ニアリットがカードを切りヘラクレスが力を増す。炎と光線のぶつかり合いはしばらく拮抗し合い、やがて共に放つのをやめると共に爆発を起こし砂煙が全てを飲み込む。


 瞬間、ニアリットが頭上を見上げると共にヘラクレスも空を見上げ、飛翔したヒレイが急降下をかけ一気に急接近。鋭い牙を持つ口を開き青い水で覆われるヘラクレスの身体に噛みつく。


黒雷刺突・零シュバルツ・ゼロ……!」


 刹那、バチッという音と共にヘラクレスの身体を黒き雷纏う螺旋の突きが穿き通し、大穴が開くと共にそこからディオンが飛び出す。


(口の中に潜んで……!)


 ヒレイの口の中に潜み噛みついた場所から零距離攻撃で核を捉えて離脱、そして地上に降り立つと共に反転したディオンの動きを見てニアリットがカードを抜いた時にはヒレイも炎を吐き、ディオンが空けた穴を通し核となる砂と岩を内部から焼いていく。


「スペル発動……」


「スペル発動サンダーフォース! 決めろディオン!」


黒雷突貫アグレシオン……!」


 激しい黒き雷を纏う魔槍を全力で投げたディオンの一撃がヘラクレスの頭を貫き、その瞬間に炸裂する雷が核へと伝わると共にヒレイの炎もまた温度を高め、耐えきれなくなったヘラクレスの水の身体が弾け飛んだ瞬間に砂と岩の核もまた崩壊する。


 僅かな差でスペルを先に使われそれが勝敗を喫した事をニアリットは感じつつ、全身に伝わり始める痛みの中でふっと笑うと共にその言葉を伝えた。


「見事だ……お前達の、勝ちだ……!」


 片膝をつき崩れ落ちるニアリットと共にヘラクレスの身体が完全に崩壊し、そしてカードへ戻り彼の足下へと突き立つ。

 一瞬の間の後にヒレイもぐらりとよろめいてその場に倒れ、ディオンもまたどっと汗を流しながら落ちてくる魔槍を手に取りつつヒレイが尻尾の先を近づけたのに拳を合わせ応えた。


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