高き壁

 山の如き巨体を動かすヘラクレスが砂を巻き上げながらゆっくりと前進を始め、それに合わせヒレイが翼を広げディオンが足に力を込める。


「まずは敵を見極める、核がなくとも手傷を負わせる方法を見つけなくてはな」


 ディオンが先陣を切るように砂煙を巻き上げ、次の瞬間にはヘラクレスの足下へ移動しそのまま駆け上がっていく。刹那にヘラクレスの単眼がギロリと向いてディオンを認識し、巨大な手で捕まえにかかる。

 それを体躯の差を利用しすり抜けるようにしてディオンは避けながら頭を目指して進み、同時にヒレイが空へ飛んでヘラクレスの真上を取った。


「スペル発動アクアチェーン!」


 エルクリッドが発動するアクアチェーンによる水の鎖がヘラクレスの足元から上へと登るように絡みついていき、その動きを縛りにいく。が、大きすぎる為に下半身までしか縛る事ができず、これにはエルクリッドも舌打ちしさらにカードを切った。


「スペル発動エアーエッジ! ヒレイ!」


 名を呼ばれたヒレイが力強く羽ばたく共に風の刃が放たれヘラクレスの両肩に深々と突き刺さる。同時に登り終えたディオンがヘラクレスの頭部を捉え、刹那に放たれる目からの光線を紙一重で躱しながら間合いを詰め、切っ先に黒雷を集束し額に魔槍を突き立てた。


炸雷突破ブラックプレス……!」


 突き立てられた魔槍が黒き雷を放電すると共に切っ先に集束していた雷が爆発を起こし、その炸裂によりヘラクレスの頭部が弾け飛ぶ。

 普通の相手ならそれで相当な手傷となるが、相手は砂と岩のゴーレム。ニアリットに反射がないのをシェダを通してディオンも認識し、刹那に飛ばされた頭部を失った身体の傷口に目をやり注視する。


(あれは……)


 頭が吹き飛んだ首に見えたのは芯とも言うべきもの。砂と岩とで構成された身体の中にあるそれは光を反射し、すぐに再生を始められた事で見抜くには至らなかったが重要なものとディオンは認識して頭を失っても捕まえようとする手を逃れ着地し、頭上から炎を吐きつけられるヒレイの攻撃を避ける形でシェダの前へと戻った。


「シェダ、エルクリッド、やはりあのヘラクレスには何かあるな」


「俺もディオンの目を通して確認したが、一瞬すぎてわからねぇ。だがエルクリッドの言う通りってのは間違いない」


 違和感の正体に辿り着けずとも手がかりには繋がる。ディオンがもたらしたものはエルクリッドとシェダの思考を押し進めつつ、炎を浴びせられながら身体を元に戻すヘラクレスを捉えつつ進んでいく。


(ヒレイ、もう一度突っ込めるかな? 今度は深く切り込む感じで)


(それを相手は待っているように見えるがな。だがそうせざるを得ない、か)


 ここまでニアリットが使ったのは砂鉄のゴーレム・ガイアスを召喚してた際に使ったプロテクションとクイックサンドの二枚のスペルのみ。

 スペルを使えば次のカードを使うまでの充填時間がかかる。リスナーが同時に行使できるカードが五枚までというのも踏まえた時に、ニアリットがカードを切らずにいる事は不利な要素だ。


 だが危険を承知で挑まねば長期戦となり何もしなくても魔力は消耗していく。そうなればより不利になるのも明らかである。

 エルクリッドの意思を汲み取ってヒレイが息を吸いながら身体を大きくのけぞらせ、口内に燻ぶらせた炎を巨大な火炎弾としてヘラクレスへ放つのを皮切りにエルクリッドが動く。


「ツール使用ミスリックアーマー! 一気にいくよ!」


 ヒレイの全身を銀の装甲が覆い、直後に炎のような模様を刻みながら形成されていく。同時にヒレイが急降下を始め、火炎弾を片手で押し止め握り潰すヘラクレスの眼前に迫り二発目の火炎弾を至近距離から放ち爆発させる。


 舞い上がる砂煙で視界は奪われるがヘラクレスがまだ健在なのをヒレイは察し、砂塵を切り裂きながら迫る大斧を受け止めつつ三発目の火炎弾の為に力を蓄え始め、そこでニアリットがカードを引き抜く。


「スペル発動サンドバインド」


 砂煙がヒレイに群がるように集まり身体を締め付ける縄となり、そのまま視界が晴れる中で構わず火炎弾を放とうとするも口を縛られてしまう。

 瞬間、胸の部分を深く抉られたヘラクレスの傷口にきらきらと輝く何かが見え、ヒレイの目を通してエルクリッドも凝視する。


「水……!? あのゴーレムは、水の上から砂と岩を覆ってる……!」


「ちょっと待て、核なしでそんなことできたっけか?」


 きらきら輝くものの正体は光を反射し煌めく青い水。しかしシェダの指摘通り流体を留める為に核が必要なのも間違いなく、エルクリッドも疑問に思うも一つの可能性を口にした。


「あの水が核の役割をしてるとしたら……どうかな。ほら、カラードさんのマグナみたいな感じでさ」


 十二星召カラードのアセスであるサラマンダーのマグナを例に挙げたエルクリッドの答えをシェダは納得し、静かに汗を流しながらカード入れに手をかける。


 サラマンダーは炎そのものの身体を持つ精霊であり、マグナは特別な鎧に入り込み媒介とする事でドラゴンの特性を得ているアセスだ。

 元々が不定形である為に腕を伸ばすなどもでき、武器を与える事で戦力の強化も可能、さらには鎧を打ち砕かれても新たなものに入り込み維持するという変幻自在の戦い方はエルクリッドは身をもって経験し、シェダもそれを見届けているのでよく知っている。


 それが聴こえたニアリットはフッと笑うとカードを新たに引き抜きつつ、再生し終えたヘラクレスがヒレイを殴り飛ばしてから二人が導く答えを明かす。


「ほぼ正解だ。我がヘラクレスは失われた流体を核とする術を用いて作成している……だがこの技術は悪用の危険もある為、このニアリット以外に扱える者はいない。そして、この術を破ったものも、な」


 流体を核とするゴーレム、それを破ったものがいないというニアリットの言葉は力強く自信に満ち、一瞬エルクリッドとシェダの目が見開くが直後に誇張しすぎたなとポツリとニアリットが漏らす。


「正確にはヘラクレスをリスナー相手に使ったのは初めて、だな。リスナー相手にこれだけのゴーレムを使うのは過剰すぎるからな……しかしだからこそ、此度の星彩の儀においてはあえて使っている、そのくらいでなければ意味はないとデミトリア殿は仰っていた」


 ニアリットが振り返るのは星彩の儀についてデミトリアから伝えられた際に言われたいくつかの言葉だった。自分達の亡き後に守護を任せられるだけの逸材を見つけ出すには、大いなる試練が必要と。

 その為に対神獣を想定して作っていたヘラクレスをリスナー相手に使う事や、他の十二星召も同様に持てる力を示し高みに立つ者としての姿勢を示す意味を説かれ、理解するに至った。


「さぁ明日の時代を担う者達よ、このニアリットを越えてみよ! ツール使用、巨人の羽衣!」


 威勢良い言葉を飛ばしながらニアリットがカードを使い、ヘラクレスの身体に肩鎧のついた灰色の衣が着せられる。


 巨体を持つアセスのみが着れる巨人の羽衣と呼ばれるそのツールは、柔軟さと堅牢さを兼ね備えた鎧としての力を持つ。ただでさえ砂と岩の身体に水の核という難攻不落の要塞とも言うべきヘラクレスが不朽不滅の壁となった事に、エルクリッド達は戦慄しながらも闘志を燃やす。


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