第21話 第三皇女と悪役令嬢(中編)

「シャノン様?」

「改めて思うけど……学園と王族教育とで忙しいあなたが、学園と聖女活動で忙しい義妹をどうやって虐げるのかしらね?」

「確かに、そうですわね。親しい友人は私の周りにあまりいませんでしたから、誰かに『聖女を虐げろ』なんて指示は出来ませんでしたし」



 大方、アリアをアルベルト様の婚約者にしたい誰かが流したのでしょう……よく考えれば、互いに多忙な状況で『誰かが誰かを虐げる』なんて不可能に近いわね。


 取り巻きがいないなら尚更。


 シャノン様の言葉に小さく頷くと、シャノン様が不貞腐れたように頬杖をついて私を見る。



「私だって最初その噂を信じたわよ。幼馴染とはいえ、『そんなろくでもない女が王族の婚約者なんて』って」

「…………」

「でも留学先であなたと久しぶりに話してみて、『やっぱり噂だったのね』ってすぐに分かったわ」

「シャノン様……」



 シャノン様の言葉に胸が熱くなった私は、改めて自分に付き纏った噂について考える。


 小説では『毒婦』として聖女を虐げ、夜な夜な男漁りをしていた。


 けど実際は、社交界はおろか、外出すらまともに出来ない。


 そんな令嬢が、夜な夜な男漁りするなんて、どう考えても無理がある。



「まるで誰かが意図的に物語の強制力を起こしたみたい」

「ティナ?」



 首を傾げるシャノン様を他所に、私は前世で読んだ数多のラノベで学んだテンプレを思い出す。


 悪役令嬢ものにおいて、キャラが物語を逸脱した言動をした時、物語世界が筋書き通り戻そうと強制力を発揮する。


 まぁ、その逸脱した言動するキャラの大半は、悪役令嬢側なんだけど。



「ティナ、難しい顔をして大丈夫?」

「あっ、はい、大丈夫です」

「そう? 何か不安なことがあったら、いつでも言って頂戴ね。出来る限り、力になるから」

「ありがとうございます」



 いけない、今はシャノン様とのティータイム。


 前世の知識を引っ張ってきて考察するのは、仕事が終わって自室に戻ってからにしないと。


 シャノン様の優しい気遣いに、笑みを浮かべて感謝を伝える。


 すると、安心したように微笑んだシャノン様が、何かを思い出したように眉を顰める。



「それにしても、噂をあたかも真実のように信じ込んで、誰1人として真実をを知ろうしないなんて……それも、『聖女が言ったらしい』ってことだけであっさり信じるなんて」

「『神の御使いである聖女の言葉』なら噂であっても信じるのでは?」

「そうだとしても、噂程度でここまで妄信的だと却って気持ち悪いわよ。特定の人物の……それも、公爵令嬢の噂なら尚更」

「確かに、そうですわね」



 そもそも、外面を気にするお父様が公爵令嬢である私の噂を放置なんておかしい。


 例え、愛していない娘であっても、公爵家のことを考えるなら全力で揉み消すはず。



「貴族は噂が嗜好品なのは分かっているわ。それにしたって、ここまで信じ込むなんて異常よ。噂が広まるスピードも相まって」



 すると、シャノン様が神妙そうな面持ちで、アリアのことを話題に出す。



「あなたの前で言うのは心苦しいんだけど……私、あの聖女のこと、得体が知れない人だと思っている」

「得体が知れない、ですか?」



 現実では全くと言っていいほど会っていないから分からないけど、小説通りのキャラなら天真爛漫で裏表の無い性格だから、得体が知れないって感じじゃないと思う。



「そう、『聖女だから』という言葉で納得することは出来るわ。でも、随分前にバドニールでの聖女の任命式に招かれて、初めて彼女を見た時、何と言うか……平民の出にしてはあまりにも堂々としていたのよ」

「それは、教会で作法を教わって身につけたから堂々としていたのでは?」

「そうかもしれないけど……いえ、あれは違うわね」

「違う?」



 一体、何が違うのかしら?


 首を傾げる私に、険しい顔をしたシャノン様がアリアを見た時の印象を話す。



「最初見た時は、純粋無垢な振る舞いだったから『いかにも平民の出』って印象だった。けれど、その1つ1つの所作に貴族特有の優雅さが散りばめられているのに気づいたの。それも、貴族や王族に不快感を与えない程度の完璧に計算され尽くした塩梅で」

「っ!?」

「正直、あの所作をつい最近まで平民だった人間が出来るとは思えない」

「そこまで、なのですね」



 前世で小説を読んでいた私は、シャノン様の話は俄に信じられない。


 物語のヒロインが実はあざと系女子だったってことに。


 唖然とする私に、シャノン様は話を続ける。



「世間知らずだけど健気な子だったら、隣国の皇族として多少は気にかけたし仲良くなろうとも思ったわ。でも、私の皇族としての勘が告げてる。あれはダメ。近づいたら最後よ」

「近づいたら、最後……」

「そう、私が思うにあの聖女、人畜無害の皮を被って、心の中に全てを奪う凶悪な化け物を飼っている恐ろしい子よ」



 皇族であるシャノン様にそこまで言わせるなんて……この世界に生きるヒロインは、一体どんな人だったのかしら?



「教会の話だと、『飲み込みも物凄く早くて、平民上がり特有の怯えも困惑も一切なかった』って言っていたし……まるで、最初から自分が貴族になることを知っていたみたい」

「最初から……」



 もしかすると、ヒロインも実は私と同じ転生者だったのかもしれない。


 そして、私と同じように小説のことを知っていて……


 眉を顰める私を見て、笑みを作ったシャノン様が『パン!』と大きく手を叩く。



「まっ、今となってはどうでもいい話ね! 魔王は討伐されたし、勇者と聖女も結ばれるみたいだし!」

「そう、ですね」



 そうよね、今の私にはどうでもいい話。


『悪役令嬢』という役割を自ら降りた私には。


 すると、シャノン様が悲しげな目で私を見つめる。


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