第22話 第三皇女と悪役令嬢(後編)
「でもね、本当はあなたとアルベルト様が結ばれて欲しかった。心の底からお似合いと思っていたし」
悲しげな目で見つめるシャノン様の言葉に、心がギュッと掴まれた私は、小さく笑みを浮かべると視線を落とす。
「私も、そう思っていました」
幼い時にアルベルト様の婚約者になってから、彼とはそれなりに仲良くしていた。
それは、婚約者としての義務ではない。
顔合わせの時に一目惚れしてから、彼の人となりを知れば知るほど好きになってしまったから。
だから信じていた。
大好きな彼の妻になる未来を。
お母様が亡くなって、継母と義妹が来て、前世の記憶を思い出すまでは。
「だから、あなたとアルベルト様が婚約破棄したって聞いた時は本当に驚いたの。特に、アルベルト様はあなたに酷くご執心だったから」
「そう、でしたか?」
確かに、アリアが来るまでは常に一緒だったけど、誰にでも優しいアルベルト様が私に執心している様子なんてなかった。
アリアが来てからは、学園では常に義妹と一緒だったし、公の場ではアリアを連れて行っていたみたいだから、彼と会う機会が無くなった。
『毒婦』と呼ばれるようになってからは尚更。
「そうなのよ。あなたは知って……って、その様子では知らないようだけど、周辺諸国には『バドニールの第二王子の婚約者に手を出す時は死を覚悟せよ』って言葉が広まっていたのよ」
「え?」
そんな物騒な言葉が広まっていたの!?
俄に信じ難いわね、
小説ではそんな言葉が流れていた描写なんてなかったし、バドニールでは私が『毒婦』と呼ばれていたせいか、そんな言葉が広まっていたなかったわ。
あっ、もしかすると『毒婦に手を出したら最後、毒婦によって命を取られる』って意味で広がっていたのかも。
「ティナ。今、別なことを考えていたでしょ?」
「いえ、別に」
シャノン様からジト目で見られ、思わず目を逸らした時、不意に懐かしい記憶が脳裏を過ぎる。
『ティナ!』
どうして今になって、彼の天使の微笑みが未練がましく脳裏に過ぎったの?
彼の笑みはもう、聖女のものなのに。
『もう二度と、自分に向けられない』って、祖国を出ると決めた時に分かっていたはずはのに。
どうして、今になって……
「ティナ?」
「い、いえ……何でもありません」
懐かしい記憶に思わず胸を締め付けられた私は、気持ちを落ち着けようとぬるくなった紅茶を一気に飲み干す。
その時、ドアがノックされ、先輩メイドが入ってきた。
「シャノン様、そろそろ仕立て屋が来られます」
「分かったわ」
「ティナ、あなたは仕事に戻りなさい」
「かしこまりました」
そう言えば仕立て屋さんが来るって今朝、メイド長が話されていたわね。
先輩メイドの言葉で思い出した私は、サッと椅子から立ち上がると主に向かって深々と頭を下げる。
「シャノン様、楽しいひと時、本当にありがとうございました」
「私こそ、お茶会に付き合ってくれてありがとう。また、誘うわ」
「はい、その時はぜひ」
こうして幼馴染と仲良く話せる時間があるのはとても嬉しい。
祖国では、誰かとお茶をしながら話すことなんて無かったから。
ゆっくりと頭を上げた私は、慣れた手つきで2人分のティーカップを片付ける。
そして、中に入ってきた先輩メイド達と入れ違いで部屋を出ようとした。
その時、シャノン様から再び声をかけられる。
「ティナ」
「はい」
「お仕事、頑張ってね」
2人きりのお茶会が終わる度に見せてくれる幼馴染の淑女の微笑みは、とても眩しくて仕事の励みになる。
「はい、シャノン様」
そう言って『失礼致します』と深々と頭を下げて部屋を出ると、そのままメイドの仕事に戻った。
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