第28話 悪役令嬢はお願いする

 アリアにきつく睨まれている私は、彼女からそっと視線を逸らすと頭の中で状況を整理する。


 約1年前、前世の記憶が蘇った私は、破滅回避のためにアルベルト様と婚約破棄をして、隣国に渡った後、第三皇女殿下専属のメイドとして働く。


 そして私がメイドとして働き始めた約1年後。小説通り、魔王討伐を果たした勇者パーティーがバドニールに帰ってきた。


 よし、ここまでは大丈夫。


 それで、小説では魔王討伐の祝勝パーティーで、悪役令嬢は婚約破棄を言い渡され、怒り狂った悪役令嬢は魔王の残滓に体を乗っ取られた挙句、勇者パーティーに打ち倒される?


 そして、聖女と勇者は結ばれてハッピーエンド。


 けれど、勇者パーティーがバドニールに帰ってくる前に悪役令嬢が敵前逃亡……もとい、破滅回避のために婚約破棄をしたため、小説のような刺激的な展開を迎えるまでもなく、聖女と勇者は結ばれる……はずだった。


 でも実際は、勇者は聖女を他の仲間達と一緒に罪人のように縛り上げ、隣国で働いている悪役令嬢のところにわざわざ迎えに来た。


 うん、意味が分からない。


 こういう時って普通、物語通りの展開じゃなくなってもハッピーエンドを迎えるんじゃないの?


 どれだけ物語通りさせたいんだ、強制力さんよ。


 無理やりにでも、悪役令嬢をこの世界から退場させたい強制力さんに、内心愚痴を吐いていると、笑みを深めたアルベルト様が小さく首を横に振る。



「いや、僕は愛しいティナを迎えに来ただけだからこれで帰らせてもらう」

「えっ、キャッ!」



 ちょ、ちょっと間って!


 アルベルト様にお姫様抱っこされている私は、逃げられないようにきつく抱き締められる。


 アルベルト様、8年前にお見掛けした時より随分と鍛えられて……って、そうじゃない!


 服越しに伝わるアルベルト様の鍛えられた胸筋と、背中と足に感じる腕の逞しさに、危うく現実逃避しそうになった時、縛られたまま黙っていたアリアが突然、声を荒げる。



「お姉様! アルベルト殿下は、最初からお姉様と幸せに結婚するために魔王討伐をしていたのです!」

「えっ!?」



 私との結婚するために魔王討伐!?


 いやいやそんなの、明らかに小説の展開と違い過ぎるじゃない!


 ……まぁ、勇者が悪役令嬢を迎えに来た時点で小説からかなりかけ離れているのだけど。


 アリアの言葉を聞いて、私は小説の内容を思い返す。


 小説では確か、勇者に選ばれたアルベルト様は、バドニール王国の第二王子として、己に与えられた責務を果たすため、勇者として魔王を倒すことを決められた。


 その後、聖女と仲良くなるにつれて、『聖女と一緒に平和になった世界を生きたい』というもう1つの大きな目的が出来た。


 決して、最初から『悪役令嬢と結婚したいから』というひどく俗世的な理由で魔王討伐に行くことを決めたわけではない。


 とは言え、私と結婚するために魔王討伐に行ったなんて……そんなこと、一言も言ってくれなかったじゃない!


 アルベルト様の言葉の足りなさに不満を覚えていると、アルベルト様のサファイアのような綺麗な瞳が据わり、背後にいるアリアにゴミを見るような目を向ける。



「君、本当に空気が読めないんだね。こういうのって普通、僕の口から言うことだよね?」

「ヒッ!……ごめん、なさい」



 えっ、聖女様が勇者様の顔を見て怯えている!?


 噂ではおしどり夫婦のような仲の良さだって聞いたし、小説では正におしどり夫婦のような仲の良さだったのに!



「はぁぁ~~、やっぱりここに来る前に君を殺しておけば良かった」

「っ!」



 いや待って、『勇者が聖女を殺したい』って本当にどうなってるの!?


 勇者の容赦無い一言が、穏やかな陽気に咲き誇る中庭を、絶対零度のような冷たい空気が包んだ。


 すると、縛られている勇者パーティーの面々が血相を欠きながら懇願する



「そ、それだけはご勘弁を……!」

「そ、そうだ! アリアはれっきとした聖女!」

「そうです! 魔王倒された後も、聖女としての彼女の力は必要になるはずです!」



 仲間の言い分を聞いたアルベルトは、呆れたようにため息をつく。



「『聖女の力』ね……僕には、そのゴミにそんな大層な力が残っているのすら怪しいのだけど」

「「「っ!」」」



 ねぇ、これが小説で語られていた仲の良い勇者パーティー?


 明らかに内部分裂が起きていて、パーティー解散寸前なんだけど。


 すると、ことの成り行きを見守っていた陛下が、深く溜息をつかれるとアルベルト様に声をかける。



「一先ず、大広間に移動しよう。ここだと、衆人環視の目があって落ちついて話が出来ないだろう」

「いや、それはバドニールに戻ってから僕自らが話を……」

「ティナ嬢もそちらの方が良いだろ? それに、祖国に帰るにしても別れの挨拶や準備は済ませておきたいだろうし」

「え、ええっと……」



 確かに、どうしてアルベルト様が婚約破棄を撤回し、わざわざ隣国にいる私を迎えに来たのかは、バドニールに戻って直接アルベルト様に聞けばいい。


 でも、それはここで済ませてもいい話だし、陛下自ら話を聞く場を作ってくだったのなら、それを使わない手は無い。


 それに、陛下のおっしゃる通り、祖国に帰るならお世話になった人達に挨拶はしたい。


 少し考えた末、私はアルベルト様に視線を向ける。



「アルベルト様。私、大広間でお話が聞きたいです」

「ティナ……」

「それに、陛下のおっしゃる通り、皆様にもご挨拶したいですし」



 満面の笑みでお願いをすると、冷気を纏っていたアルベルト様が笑みを浮かべる。


 そして、陛下に視線を向ける。



「では、お言葉に甘えて大広間に移動しましょう」

「分かった。皆の者、勇者一行を大広間に案内するぞ」



 こうして、私たちは国家間の重要な話し合いの場でしか使われない大広間に移動した。


 この時の私は、この原作ガン無視のお迎え展開が、恐ろしい経緯で至ったとは思いも寄らなかった。

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