第27話 悪役令嬢は困惑する

「ティナ、迎えに来たよ」

「アル、ベルト様?」



 バドニールの祝勝パーティーに参加されているはずのアルベルト様にお姫様抱っこされ、私の頭に疑問が駆け巡る。


 ど、どうしてアルベルト様がここにいらっしゃるの!?


 今って確か、聖女との婚約を発表している頃じゃないの!?


 というよりアルベルト様、いつの間にか習得が難しいとされている転移魔法が使えるようになったのね……って、今はそんなことを考えている場合じゃないわ!


 小説とは明らかに違う展開に困惑しかない私は、王子様スマイル……いや、見た者全員が卒倒する甘い笑みを浮かべるアルベルト様に問い質す。



「あ、あの……アルベルト様?」

「何だい、ティナ?」



 うううっ! アルベルト様の王子様スマイル! 小説の挿絵の時も破壊力バツグンだったけど、実物だとより破壊力が……って、そうじゃなくて!



「ど、どうしてこちらに?」



 悪役令嬢の登場は無いにしろ、バドニールに帰ってきたのなら、小説通りにアリアとの婚約を発表してハッピーエンドを迎えていたはず!



「それはもちろん、ティナを迎えに来たからさ!」

「わ、私を!?」



 悪役令嬢をわざわざ迎えに!?


 どうして!?


 婚約破棄しているんだから迎えに来る必要無いわよね!?


 その時、私はある可能性に辿り着く。


 ハッ! もしかしてこれが『強制力』ってやつ!?


 くっ、まさかここで働いてくるなんて!


 意地でも悪役令嬢を断罪ルートに戻したいのね!



「そう、である君を迎えに来たの!」

「へっ?」



 こ、婚約者!? 


 アルベルト様の言葉に、思わず元貴族令嬢とは思えない随分と間抜けな声が出る。


 待って、私は謁見の間で陛下からアルベルト様との婚約破棄を認められたはず。



「あ、あの……アルベルト様?」

「何だい?」



 ううっ、さっきより破壊力バツグンの王子様スマイルを直視して目が……って、今は狼狽えている場合じゃないわ!



「確か私たち、婚約破棄しましたよね?」



 その時、アルベルト様から僅かな殺気が漏れ出る。


 こ、怖い……小説の中で魔王の残滓に取り込まれた私、こんな強い殺気を放つ勇者の前に立ちはだかっていたの?


 無謀すぎない?



「ごめん。殺気にあてるつもりは無かったんだけど、怖い思いをさせちゃったね」

「い、いえ……」



 アルベルト様から素直に謝罪され、どう返していいか分からない私に、とんでもないことが告げられた。



「それより、僕とティナが婚約破棄しているって話だったよね?」

「は、はい」

「あれなら、僕の力で即撤回したよ」

「はい!?」



 て、撤回!? 一体、どういうこと!?


 勇者と聖女のハッピーエンドは!?


 すると、アルベルト様が今まで見たことがない黒い笑みを浮かべて私の頬を触る。



「それよりティナ、どうして僕に黙って婚約破棄して、挙句の果てにこんな場所で下働きみたいなことをしているの?」

「ええっと、それは……」



 『破滅回避して安心安定の悠々自適な平民ライフを送りたかったからです』ってお姫様抱っこされている状況で言えるはずがない。


 アルベルト様の王子様スマイルがどことなく怖いし。


 どう返事すれば良いか迷っていた時、中庭へ出られる渡り廊下が急に騒がしくなる。


 そして、中庭にこの場にいるはずの無い主の声が響き渡る。



「ティナ、大丈夫!?」

「シャノン様!? それに、皇帝陛下夫妻に皇太子様まで!」



 慌てて声が聞こえた方に視線を向けると、そこにはバドニールにいるはずの皇族の皆様と、護衛騎士達がいた。


 心配そうに私を見つめるシャノン様と皇族の皆様の登場に驚いていると、私とアルベルト様、そして少し遠い場所を見やった陛下が、酷く疲れた顔で天を仰ぐ。



「やはり、こうなってしまったか」

「陛下?」



 こうなってしまった? どういうことなの?


 陛下の意味深なお言葉に思わず眉を顰めると、深く溜息をついた陛下が、アルベルト様に視線を向けられた。



「バドニール王国の第二王子、そしてこの国の勇者よ。ここでは人目が多く、騒ぎを大きくしてしまう。なので一先ず、大広間に来てはいただけはないだろうか? ささやかではあるが、貴殿をもてなそう。もちろん、貴殿の後ろで縛られているお仲間様達も一緒で構わない」

「えっ!?」



 本当だ、城内のあちこちから野次馬達が……ってお仲間様!?


 ということは、アリアも来て……!


 恐る恐る背後に視線を向けると、拘束魔法で何重にも縛られている勇者パーティーの面々がいた。

 その中にはもちろんアリアがいて、お姫様抱っこされている私を鬼の形相で睨みつけていた。


 えっと……本当どういうこと!?

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