第2章 悪役令嬢に迎えが来ました!

第19話 メイドになった悪役令嬢

「ティナ! 次はこっちの洗濯をお願い!」

「はい!」



 アルベルト様との婚約破棄と、エーデルワイス公爵家に勘当されて1年。


 私は今、隣国ルークベルク帝国の皇城で、第三皇女シャノン・ディ・ルークベルク様付きメイドとして働いていた。


 というのも、陛下が隣国に私を使用人として雇わないかと打診した際、顔を真っ青にしたシャノン様が『私付きのメイドとして雇います!』とおっしゃってくださったからである。


 まぁ、隣国に着いた途端、シャノン様に物凄く問い詰められたけど。


 なにせ、シャノン様とは幼馴染で、実家にいた頃は両親や使用人に隠れて文通していたくらい仲が良いから。



 ◇◇◇◇◇



「ティナ! あなた、アルベルト様と婚約破棄したって本当!? あのアルベルト様があなたを捨てるなんて到底思えないんだけど!」



 皇城に来て自分用の簡素な部屋に荷物を置いて早々、シャノン様に呼ばれた私は、シャノン様の私室に通されてソファーに座らされる。


 そして、反対側のソファーに座っているシャノン様が、人払いを済ませると2人きりなのを良いことに鬼の形相で艶やかな銀髪を少しだけ乱しながら問い詰める。


『小説で婚約破棄される流れだったから……』とは流石に言えないよね。


 小さくため息をついた私は、婚約破棄に至った理由を簡単に説明する。



「実は、王国で私は『毒婦』と呼ばれ、婚約者を義妹である『聖女』にした方が良いのではないかという声が民衆の間で広まり……」



 すると、噂を耳にしていたらしいシャノン様が深くため息をつく。



「あぁ、あれね。帝国にもその噂が届いているけど……ってまさか、それが原因で婚約破棄したの!?」



 静かに頷く私を見て、憤っていたシャノン様が呆れた表情でソファーにぐったりされると天を仰がれた。



「……ちなみに、アルベルト様本人には?」

「バドニールに帰国後、聖女の婚約発表の直前に伝えるとのことです」

「それは……はぁぁぁ、色々と波乱が起きそうね」

「えぇ、そうですね」



 『勇者が聖女と結婚する』という物語通りの波乱が。


 すると、ゆっくりと体を起こしたシャノン様が何かを確かめるようにじっと私を見つめる。



「ティナ、あなたはそれで良いの?」



『好きな人を義妹に取られて?』



 エメラルド色の綺麗な瞳に射貫かれ、ギュッと胸を締め付けられた私は小さく頷く。



「はい。それが、彼の幸せを願う者として出来る最後の務めですので」



 きっと、シャノン様は見抜いている。


 私の中に微かに残っている彼に対して未練を。


 それでも、私は破滅の未来を辿りたくない。


 そのためなら、彼への思いを諦める。



「……そう、そこまでの覚悟を決めて婚約破棄をして、我が国に来たのなら、その覚悟に相応しい働きをして頂戴♪」

「ご期待に添えされるよう、精一杯勤めさせていただきます。シャノン様」

「ウフフッ、私としては友人を使用人として雇うなんて嫌なんだけどね」



 そう言って、悲しそうに笑ったシャノン様は、私を正式に第三皇女付きメイドとして雇入れることを決めたのだった。



 ◇◇◇◇◇

「それにしてもティナ。元貴族令嬢なのに、随分と手慣れているわね」



 洗濯場で大物を洗っていた私の隣で、同じように大物を洗っていた教育係のマリが感心したように私を見つめる。



「そう? 最初はそれなりに苦戦したんだけど、マリを含めて先輩達のお陰で何とかやれているわ」

「あらっ! 嬉しいことを言ってくれるわね、ティナったら!」

「アハハハッ……」



 『前世で毎日のように家事していたし、今世でも毎日のようにやっていたから』とはさすがにいえない。


 メイド長が私を先輩メイドの皆様方に紹介した際、実は私のことは『隣国の貴族令嬢』としか紹介しなかった。


 というのもシャノン様曰く、紹介状に『私が勇者の元婚約者であったことは伏せて欲しい』と書いたあったそう。


 まぁ、勇者の元婚約者が隣国でメイドの仕事をしていたら色々と勘くぐられるわよね。


 シャノン様もとても気にされていたみたいだし。



「あっ、いたいた! ティナ! シャノン様がお呼びよ!」

「分かりました! マリ、あとはお願い!」

「りょ〜かい!」



 おどけるマリに仕事を任せた私は、呼びに来た先輩メイドと共にシャノン様の私室に向かった。

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