ネオテニー
相手のことを思うことは、だいたい徒労に終わる。
運命というものを信じてはいないが、世界はそういう風にできていると思う。
問題は、徒労に終わったその後だ。
その後に何をするかで、全ては大きく変わる。
「よく起きられたね」
ドアの前でハルが堂々と立っていた。
相変わらず、背負った刀剣が重そうだ。
肩にかけられたベルトが、上着に食い込んでいる。
「もし起きなかったらどうするつもりだったんだ」
「そりゃもちろん、無理やり入ってた」
手元に鍵のようなものをちらつかせていた。
スペアキーぐらいは当然持っているか。
「私がきた理由は分かる?」
「大体分かる」
「じゃあさっさと着替えて、ついてきて」
ハルもずっと頭を悩ませていた。
俺より具体的な解決策が、彼女の頭の中にあるはずだ。
外に出る為の策。
または、その下準備を。
宿舎の外に出ると、信じられないぐらい眩しい。
眠気が完全に吹き飛ぶわけじゃないが、それでもこの白んだ空は十分な刺激になる。
「具体的な案を説明してくれ」
ハルは、なぜか気まずそうな顔をしていた。
言うことを憚っているような、そんな表情だ。
だが、彼女が変に迷うこともないと、知っていた。
「私には、アテがあるの」
「アテ?」
「……私の友達は、異端者になった」
俺はそこで、思わず足を止めてしまった。
ほとんどは驚きのためで、目を見開いていた。
しかし、好機であることへの興奮も、少なからず混じっていた。
「彼女は私より優秀だったから、あっちでも重宝されていると思う」
「そいつを捕らえて情報を聞き出して……どうするんだ?」
「
なんて無茶苦茶な作戦なんだ。
生真面目そうなハルから、こんな杜撰な計画が聞けるとは。
俺の心は、なぜか無性に踊っていた。
「質問、いいよな」
「もちろん」
「まず一つ目。異端者の場所は分かるのか」
「今でも私を誘うために、居場所を晒してる。私だけに」
一番初め、ハルに脅されていた時。
『彼女たち』の心をどう変えたらいいのかと、ハルは言っていた。
一人はもちろん、ユキのことだったのだろう。
そして、もう一人の存在が、その異端者だったのだろう。
「それってまずいんじゃないか、上にバレたら」
「その点は問題ない、書類上ではもう処理された扱いになっているから」
なるほど、その異端者は確かに優秀なようだ。
同時に、どれだけ必死であるかも分かる。
ハルのことを、一体どれだけ想っているのだろう。
「じゃあ二つ目。そいつが敵の居場所を知ってる確信はあるのか」
「これは確定できない。でも頻繁に接触していることは知っている」
ここまでは、些細な問題だ。
実際に進めてみて、その都度対処していってもいいだろう。
一番の問題は、最後の質問だ。
「ユキがそいつらを倒せるのか?」
類を見ない大災害、殺戮を引き起こした奴らだ。
もしそいつら六体のうち、一体でも倒せたら、今の問題は帳消しにできるだろう。
しかし、そんな悲願を、ユキは達成できるのか?
そもそも、達成しようとしてくれるだろうか?
「実力は充分だろうし、強力な後ろ盾もある。おそらくあの方は協力してくれる、けど……」
ハルが足を止めた。
目を閉じ、ゆっくりと考え込んでいた。
いや、考え込むというより、覚悟を決める為の時間だろう。
そんな危険なことに、再び彼女を巻き込んでしまうことへの。
「ユキが通信できなくなったあの時、ハルは何を感じた?」
追加の質問に、ハルは即座に振り向いた。
これは、俺が前々から気になっていたことだった。
おそらく、怪物と接敵する前、通信しようとしていたのはハルだ。
「恐怖なんて言葉で収められるほど、単純な感情じゃなかった」
黄と橙の色の異なる瞳は、焦点だけを俺に合わせながら、どこか遠くを見ていた。
「今すぐに叫び出したくなるような衝動が、体から溢れて来てた」
ハルは突然、自身の体をさすり始めた。
震えが止まらないといった様子で、歯軋りしているようにも見えた。
「しばらくして、それすらも感じなくなって、私には空虚が訪れた」
そして、彼女は俯いたまま、動かなくなった。
「また救えなかった、私はどんなに役立たずなんだ、って。言葉が無限に溢れかえって私を殺しに来ていた」
俺は逆にほっとした。
ちゃんと確認しておいてよかった。
このまま大人しく帰ろう。
と、一瞬は思った。
「だけど、あなたを連れて帰ってきた時」
再び顔を上げた時、ハルはこれまで以上に凛々しい目をしていた。
「私は二度と、自分の思いを裏切らないって決めたの」
ただ目の前の現実を受け入れるのではなく、最後まで諦めないこと。
おせっかいだと言われても、相手のために尽くすこと。
それが彼女の為だと知っている限り。
そして今が、それを実践する時なんだ。
「とにもかくにも、まずは異端者を捕まえないと」
俺も裏切りたくない。
自分が誰かに対して本心で向き合えると信じたい。
それがユキのためでもあるし、俺のためでもあるし、そして彼女のためでもあるんだ。
覚悟を決め直していると、ハルはなんだか妙な様子になっていた。
「大体、あの時の行動に違法性はなかったのに、なんでこんなことになってんの!?」
ハルは急に怒り始めた。
押さえてつけていた自分を解放しているように見える。
喜びと怒りが入り混じったような口調だった。
「ムカついてきた。早くいこっ!」
そう言って、ハルは猛ダッシュし始めた。
かなりの速度で階段を駆け下り、坂道を滑るように走っていく。
こんな風に達観している場合ではない。
俺も早く行かないと!
§
俺たちは、普通使われている開けた道を避け、山を降りていく。
じめじめとした森の中を、可能な限りの最速で走り抜ける。
それでも、気に留まってしまうものがある。
「この果実一つ一つに、
角度が急になり、入り組み始めて、ちょうど歩きになったところだった。
赤、白、黒、黄と、色とりどりの果実がいくつもあった。
見覚えのあるそれは、何でもないように振る舞っているが、ヒトとそっくりの生き物を孕んでいる。
「そう。私のものもこの中にあった。いつでも復活できるように、実を結んだままでいる」
「決死の覚悟も、これで何回でも出来るわけだな」
「いいえ、復活には条件があるの。ガイドブックにも書いてあったでしょ」
俺が首を傾げていると、ハルが渋々説明し始めた。
「個人の情報を引き出せるように、その
魂とでも呼ぶべきものは、全てあの中に存在する。
しかし特定の魂を引き出す為には、その身体の情報が必要になる。
「一度目の自然な誕生には、私たちの介入以外には、何も必要ない」
今すぐにでもその果実を割れば、新しい
もっとも、それをすれば規定違反で極刑らしいが。
人口管理がデフォルトの世界。
「待て、何か引っ掛かる」
「どうしたの」
「
「……どういうこと? 何が言いたいの?」
俺があの日本で生きてきた、20年弱の成長の記録。
未熟で純心のまま過ごした、学校生活の記憶。
これらが、急激に自身の存在に矛盾を囁き始める。
「
ハルは考え込んでいた。
そもそも、俺が言っていることをいまいち飲み込めていない様子だった。
「一つの身体に一つの魂。これは絶対。それが急激に変わるようなことは、決してない」
「子どもという概念自体が、ない?」
ハルは、ゆっくりと頷いた。
自分が何を了承しているのか、確かめている様子で。
俺は、思わず口を押さえた。
この世界と元の世界とのギャップに、自分まで分かたれないように。
ガイドブックを読んでいた時の違和感もそれだった。
訳のわからない単語があることもそうだが、そもそもこんな本があることがおかしい。
こういう事は、親や保護者に教えてもらうことなんだ。
役所の公務員や官僚に教えてもらうことじゃない。
それは同時に、保護者という存在もないことを意味する。
「で、それは今、大事なことなの?」
ハルのその一言で、俺は気を取り直した。
こういう疑問の答えは、後で考えればいい。
大抵のゲームはそう出来ている。
ストーリーを進めてからの方が、収集できるアイテムは増えるものだ。
「行こう、早く」
§
ひたすらに歩く。
柔らかな腐葉土と硬い根っこが折り重なる地面。
やがてそれも開けていく。
そして見えたのは、最初に見た外の景色とはまるで違うもの。
「廃墟……」
海と見紛うほど大きな湖。向こう側にまた別の山脈が見えている。
そして、歪な角度に屹立してしまった、荒んだ高層ビル。
灰色の岩石群の上を、いくつもの蔦が覆っている。
「これも
躊躇いなく、退廃的なジオラマの中へ入っていく。
凄惨な災害の痕跡が、そのまま残されていた。
破壊された石材が、無秩序に道路に放置され、瓦礫の山がいくつもある。
流石に血はなかった。
しかし、皿の破片や何かの家具の木片などが散財していた。そこに生活があった証だ。
「その瞬間、私は何でもない者としてここにいた。まさに百鬼夜行だった……」
ハルは物思いに耽りながら、湖の方をまっすぐ目指していた。
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