第三話:ルゼアの家

 ―――アルカノア大陸:創世神が最初に降り立った地という意味で、魔法の原型が生まれた場所。四大精霊の始まりの地。かつての魔法創設者の弟子たちの一人、イグナリア・アグナディアがかつて建国し納めた国、ここは火の国アグナディア王国というらしい。


 中学のころ、異世界が舞台のライトノベルや漫画、アニメを読み漁っていた。 小学生のころに描いた魔法陣に、胸をときめかせていた。 でも――あの出来事以来、異世界ファンタジーなんて、もうどうでもよくなっていた。


 それなのに。 今、目の前に広がるこの世界を見てしまったら、もう信じるしかない。 ここが異世界で、ファンタジーで――夢じゃないってことを。


 夢かもしれない、って思った。 でも、あんな出来事があった以上、そんな甘い逃げ道は残っていなかった。


 そして、“アレ”を見た瞬間―― その思いは、決定的なものになった。


 やがて森を抜けた先に現れた光景に、僕は思わず息を呑んだ。

 そこにあったのは、巨大な木そのものが家になったような、巨大なツリーハウスだった。


(ゲームやアニメでしか見たことない、こんな大きな木が…本当に異世界にきたんだ)

 僕は改めて異世界にきたとを認識した。


「おう、着いたぞ。どうだ、大したもんだろ、わしの城は」


 目の前に広がるのは、巨大な樹木を中心に築かれた不思議な住居だった。 その幹は赤銅色に輝き、枝葉は淡く光を放っている。


「この木は、エレムの精霊樹と言ってな。わしが育てたんだ。

 この辺りには住めるような場所がなかったもんでよ。魔法でちょちょっとな」


「は、はぁ……ルゼアさんって、すごいんですね」


 ルゼアさんは振り返り、誇らしげに――そして、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。


(信じられない……本当に異世界に来たんだ)


 まだ実感は湧かない。けれど、胸の奥で何かが静かに灯った。 それは、陽葵ひまりを必ず見つけ出し、守り抜くという――誓いの炎だった。


「ヒヅキといったか。さぁ、入んな。せめぇところだけどな」


「お邪魔します」


 僕は入り口で軽く頭を下げて、足を踏み入れた。 そして、思わず息を呑む。


 外から見たときより、ずっと広い。 そして、見渡す限りの本――魔導書だろうか? 壁一面にびっしりと並んでいる。


「ん? どうした?」


 あっけにとられていた僕に、ルゼアさんが心配そうに声をかけてくる。


「あ、いえ……中が思ったより広くて、それに本がすごくて」


「がはは、そうだろ。わしの自慢だ。まぁ、掃除が大変だがな」


 ルゼアさんは誇らしげに語りながら、棚の一冊を指でなぞった。


 彼はこの地で古代魔法を研究しているらしい。 特に“魔法創設者”についての文献を探していて、情報が少なすぎて困っていると僕に愚痴っていた。


 行き詰まっていたときに、僕と出会った―― 僕が無意識に発動した魔法と魔法陣が、現代魔法とは異なる、古代の、それも“創世の魔法陣”に似ていたという。


「さ、まずは腹ごしらえだ。ヒヅキ、腹は減ってるか?」


 台所へ向かう彼の快活な声が、不思議な家の中に響き渡った。

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