第四話:辺境のルゼア

 わしの名前はレイ=フレアゼル。……もっとも、今は「ルゼア」と名乗り、こんな辺境の地でしがない魔導士として隠居暮らしをしている。誰とも会うわけでもねぇし、偽名を使う意味さえ、ないがな。

 昔は銀紅シルヴァレア魔女ウィッチなんて呼ばれもしたな。


(いても、魔物ぐらいだしな)


 それはさておき、表向きは、だ。

 元・火の国アグナディアの賢者なんていう、埃の被った肩書を捨てて、もうどれくらいの時が経ったか。人間社会の柵は、どうにも性に合わん。


(……ここ数年、魔法創設者の娘、闇の女王ノクティスの封印が弱まっている。このカダルスの魔力枯渇は、その影響に違いねえんだが……。決定的な証拠が……)


 住居にしている巨大な精霊樹エレムの書斎で、古文書の解読に没頭する。それが、ここ数十年、わしが続けている日課だ。

 1000年前に魔法創設者によって封印されたという、闇に堕ちた彼の娘。


(そのあたりのことは文献にゃあ書いてねぇんだよな

 ま、古すぎるし、関係者もとっくに亡くなってるし、無理はねぇか)

 

 わしが十年かけてたどり着いた、結果。その封印の地こそが、このカダルスだと、わしは睨んでいた。

 だが、それを裏付ける文献が、どうしても見つからない。


(失われし記憶とでもいうのか)


 そんな焦燥感に駆られていた、その時だった。


 ――ドクン。


 まるで巨大な心臓が脈打ったかのような、強烈な魔力の波動。それは、このカダルスの枯れきった大地に流れる魔力とは、あまりにも異質だった。


「なんだぁ、今の魔力は……!?」


 思わず顔を上げる。

 ただデカいだけじゃねえ。密度が、純度が、現代魔法とはまるで違う……。詠唱の気配も、術式を構築する予備動作もなかった。まるで、世界の法則そのものが書き換わったかのような……。


(まさか、まさか……!『古代』の魔力だとでも言うのか!?)


 肌が粟立つ。長年追い求めてきた、伝説の魔法の残り香。

 胸のざわめきが収まらない。


(……ちょうどいい。この辺りをうろついてたサーベルウルフの素材収集依頼も来てた頃だ。散歩がてら、様子を見に行くとするか)


 ――サーベルウルフの牙は、頑丈で鋭く、物好きの貴族が趣味で集めてやがる。 中でも信仰に傾倒した連中は、“魔獣の牙は邪気を祓う”とか言って、祭壇や護符に使いたがる。 その分、報酬はいいがな。


(こんなもんに、魔よけの効果なんぞ、ねぇのに。貴族ってのは物好きな連中だ。

 ま、金払いだけはいいから、食いっぱぐれしねぇがな)


 わしは相棒の杖を掴むと、住処を飛び出した。

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