第二話:銀紅の魔女

|森の奥から現れたのは――

 フードを深く被った、性別も分からない人影だった。 


「ん? おっと、こりゃ驚いた。サーベルウルフを追ってきたんだが、もうお陀仏みてえだな」

 からりとした、若い女性のような声。だが、その口調は妙に年季が入っている。


(……声は女の人?……ずいぶん変わった話し方だ)


「おっと、悪ぃ悪ぃ。そんなに睨むなよ、坊主。取って食おうってわけじゃねえ」

 その人影は悪戯っぽく笑う気配を見せると、被っていたフードを外した。

 現れたのは――さらりとした銀の髪に、吸い込まれそうなほど赤い瞳。僕と同い年か、少し上くらいの、現実離れした美貌を持つ女性だった。


(美しい人だ……。でも、今の話し方は……)

 その見た目とのギャップに、僕の混乱は深まるばかりだった。

「ははは、わりぃな。変なしゃべり方でびっくりしただろ?」


「あ、いえ」

 びっくりはしたが、否定した。


「あ、あなたが……助けてくれたのでしょうか?」


 かろうじて、それだけを口にする。


「がはは! わしなわけあるか。そいつを炭にしたのは、坊主、お前さん自身だぞ? それにしても、もったいねぇことしやがる」


「え……? わ、僕が……ですか?」


「なんだ、覚えてねぇのか?お前さんの足元から出た、あのバカでかい『魔法』で、な」


『魔法』――その単語は、僕の胸にすとんと落ちた。そうだ、あれは魔法としか言いようがない。

でも、それはゲームやアニメのファンタジーな世界でしか存在しない。それを俺が??


 そんな俺の思いとは別に、彼女は楽しそうに笑うと、ふっと真気な顔になった。その雰囲気の変化に、僕は息を呑む。


「ここはカダルス。《失われた地》って意味なんだが。昔は人や妖精なんかが、住んでたらしいが、今じゃこの通り、魔物の巣窟さ」


 僕は彼女にこれまでのことを説明すると、僕が「転送者《エクシアント》」である可能性を指摘し、頭痛のことを話すと、何かを納得したように頷いた。


「おっと、自己紹介がまだだったな。わしはルゼア。まあ、気軽にルゼア姐さんとでも呼んでくれや」

「ま、銀紅シルヴァレア魔女ウィッチなんていうやつもいるがね」


「ルゼアさん。僕は……神代 緋月(かみしろひづき)です」


「ヒヅキ、か。いい名前じゃねえか。……それで、一緒にいたっていう嬢ちゃんは?」


「幼なじみの陽葵ひまりのことですか?気がついたらいなくて、彼女が今どこにいるのか……」

(本当にどこにいったんだよ、陽葵ひまり


 思い出そうとしても、やはり頭に靄がかかる。しかし、彼女を「今度こそ守らなければ」という強い想いだけは、決して霞むことがなかった。


「そうか。……まあ、無理に思い出そうとしてもロクなことにならん」


 がははと豪快に笑い、

 ルゼアさんはそう言うと、僕に手を差し伸べた。


「とりあえず、わしの家に来い。色々ききてぇこともある。それにな、こんな魔物の臭気が強いところで野宿なんざ、洒落にならんからな」


「え……! よろしいのですか? ありがとうございます!」


 この世界で差し伸べられた、初めての優しさだった。僕は何度も頭を下げる。

(ほっ、変な人だけど、、、いい人そう)

 出会ったばかりだけど、何故かそう感じた。


「ふふっ……こいつは面白い拾い物をしたもんだ」

 ルゼアさんは意味深に呟くと、くるりと背を向けた。


 その背中を、僕は慌てて追いかける。

 僕は道中で、この世界のことについて聞いた。


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