第2話【共鳴】癒しと守護、もふもふが繋いだ絆

 

 やがて、光の残滓が風に溶けた。

 静まり返っていた夜が、ゆっくりと息を吹き返す。

 ――その瞬間、砂煙がざわりと揺れた。


 砂煙をかき分けるように、覆面の男がよろめきながら立ち上がった。

 肩で荒く息をし、濁った双眸がぎらりと俺を射抜く。

 破片を踏み砕きながら、喉の奥から獣じみた咆哮がほとばしった。


「ガァァァァッ!」


 そのまま、猛獣の突進のように一直線に迫ってくる。


 反射的に俺は光を解き放った。

 蒼白の壁――“盾”が眼前に展開する。だが、さっきのような安定感はない。

 輪郭が震え、光の筋が走り、砕けそうにきしむ。


 刃が叩きつけられた。

「ギィィンッ!」と耳を裂く金属音、弾け飛ぶ火花。

 衝撃が腕から全身に突き抜け、足が土を削って後退する。歯を食いしばって踏ん張るが、“盾”はきりきりと軋み、崩壊寸前だ。


 覆面の男は一歩下がり、視線を彷徨わせると近くの木製ベンチへ向かった。

 そして――片手で持ち上げた。


「嘘だろ……!」


 巨木を折るような「ミシッ」という音とともに振りかぶり、唸りを上げたベンチが風を切る。

 次の瞬間、投石器の弾のようにこちらへ叩きつけられた。


「ドガァンッ!」


 爆発のような轟音。地面に叩きつけられたベンチは粉砕し、木片が弾丸の雨のように四散した。

 破片は矢のように飛び散り、少女と小さなポメラニアンへと殺到する。


「キャンッ!」


 甲高い悲鳴。小さな体がびくりと震え、短い脚がすくむ。

 胸の鼓動が跳ね上がり、息が詰まる。盾がぐらりと揺らぎ、光が弱々しく薄れていった。


 制御が効かない――なぜ……!?


 そのとき、少女が悲鳴混じりに叫んだ。

「その光――この子が怖がってると、不安定になるの! 守ってください!」


 犬の感情で、光が揺れてる……? まさか――そんな。

 けれど確かに、あの小さな震えがこの盾に干渉している。

 なら、やるべきことは一つ。俺は一歩踏み込み、両腕を大地へ突き立てるように前へ出す。


「――下がってろ。俺が護る!」


 決意に呼応し、盾が膨れ上がった。蒼光が刃を呑み込み、衝撃音が鼓膜を打つ。


「ガァンッ!」


 棍棒のように振り抜かれたベンチの脚が直撃する。ひびが走る。だが砕けない。

 盾は俺の叫びに呼応するように硬度を増し、火花を散らして受け止めた。


 覆面の男は狂気じみた咆哮を上げ、次のベンチを肩に担ぎ上げる。

 振り抜かれる木材が風車の刃のようにうなり、破片が弾丸のように飛び散った。


「キュン……!」


 小さな悲鳴。ポメラニアンの耳が伏せられ、しっぽがしゅんと垂れる。

 その怯えが伝わったのか、盾の光がざわめき、波紋のように広がった。

 輪郭が歪み、ひび割れが走る。


「マズい……! 盾が崩れる!」


 少女は咄嗟にポケットを探り、小袋を取り出した。

「くーちゃん、こっちを見て! ほら――お芋ボーロだよ!」


 ぱんっと袋を開けると、甘い香りが夜気に弾けた。

 震えていた瞳がきらりと揺れ、ふわふわの体が身じろぎする。

 差し出された掌の上、まん丸のボーロを前に、小さな鼻面が近づいた。


「カリッ」


 小気味よい音が響いた瞬間、くーちゃんの尻尾が勢いよく振られ、耳がぴんと立つ。

 怯えが消え、無邪気な笑みが浮かんだ。


 ――とたんに盾が応えた。

 揺らいでいた光は収束し、輪郭が鋭さを取り戻す。

 層を成した輝きが厚みを増し、硬質な響きが腕へ伝わってくる。


「……これなら、いける!」


 覆面の男が、最後の突撃を仕掛けてきた。残ったナイフを逆手に構え、喉の奥から獣の唸りを漏らしながら一直線に突っ込んでくる。


「うおおおおっ!」


 俺は盾の前へ踏み込み、出力を限界まで押し上げるイメージで光を叩きつけた。


 刹那、刃が盾の表面に触れた。

 耳を裂くような衝撃音が炸裂し、蒼白の面に白い火花が爆ぜた。

 触れた部分が灼けるように赤熱し、生臭い焦げの匂いが夜気を突き抜け、肺を刺した。


「ギィアアアアアッ!」


 覆面の下から絞り出される絶叫。腕に炎が走り、男はのたうちながらも転げず、地面を爪でかき、必死に暗がりへ逃げていく。

 理性ではなく、ただの逃走本能に突き動かされて。


 静寂が訪れた。裏庭に残ったのは、焦げた匂いと、まだ消え残る光の残滓だけ。

 荒く息を吐き出し、俺は盾を解いた。膝が勝手に笑い、ようやくその場に腰を落とす。


 木陰から、小さな「キューン」という声。


 ポメラニアンが少女の手からもう一粒ボーロをもらい、幸せそうに咀嚼している。

 丸い背中がふわふわと上下し、しっぽをちぎれんばかりに揺らす姿に、張り詰めていた胸の糸が緩んだ。


「……なんとかなったな。怪我はないか?」


 声をかけると、少女ははっとして顔を上げ、深く頭を下げた。

「助けてくれて、ありがとうございます。あ……自己紹介がまだでした。

 私はF組の桜川エレナです。動物セラピーを専攻しています。


 そして、こっちが私のパートナー――ポメラニアンの“くーちゃん”。」


 月明かりに透ける金髪、翡翠色の瞳。闇の中でも儚げに輝くその姿が、不思議と強く目に焼きついた。


「俺は、影山護。A組、獣医学科専攻だ」


 名を交わした途端、荒れ狂っていた世界がようやく輪郭を取り戻す。

 息を整えながらも、俺は喉に刺さっていた疑問を押さえきれずに口にした。


「ところで……さっきの回復、それにこの盾。いったい、どういうことなんだ?」


 エレナはくーちゃんを胸に抱き直し、迷いながらも口を開いた。

「全部を説明できるわけじゃないけど……

 私の力は“癒しのコード”。傷を治して、少しだけ再生させることができます。」


 くーちゃんが俺の顔を見上げて「キャン」と鳴く。

 エレナは小さく微笑み、続けた。


「それで、影山さんのは“守護のコード”。

 守護者の盾――だって、くーちゃんがいってます。

 ……あ、くーちゃんは、私にだけ声が届くんです」


 “守護のコード”。あまりに突飛な話にめまいがする。


「だけど、なんでこんな力がいきなり……? くーちゃんが何か関係しているのか?」


 俺の問いに、エレナは頷いた。

「はい、くーちゃんが心から信頼した人と繋がると、“コード”が発現するみたいです。

 内面を映す鏡だよって、くーちゃんが。」


 その言葉に、胸の奥が小さく熱を帯びた。

 ――あの瞬間、確かに護りたいと願っていた。

 それが、“守護者の盾”の形になったのか。


 “内面を映す鏡”。

 心の奥を見透かされたようで、思わず視線を落とす。

 少し、照れくさかった。


「ただ……くーちゃんが怯えていたり、持ち主の心が揺らいだりすると、“コード”は不安定になります。」


 脳裏に、戦闘中に光が揺らいだ瞬間がよみがえる。

 ――あれは、くーちゃんの不安と、俺の迷いが重なっていたのか。


「なるほど……俺の心と、くーちゃんの気持ちが、盾の強さに影響するってことか。」


 エレナは微笑み、くーちゃんをそっと抱き上げる。

「ええ。今日は……本当にありがとうございました。」


 夜は静まり返り、風だけが梢を揺らしていた。

 俺は白い月を仰ぐ。


 ――俺は、もう守り損なわない。

 この光が、誰かの笑顔を護れるなら――それでいい。


 ……なあ、そら。

 あのとき、お前を護れなくてごめんな。


 けど――今度は、ちゃんと護るよ。

 小さな命も、目の前の笑顔も、もう二度と失わない。


 夜空を見上げると、星がひとつ瞬いた。

 その向こうで、そらが――優しく尻尾を振った気がした。




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🐾<おまけコーナー>


エレナ:

影山くんのコード、まるで盾みたいですね。


護:

ああ、俺のは“守護のコード”らしい。

そっちは“癒しのコード”か。……正直、命を救われたよ。


くーちゃん:

キャン!(意訳:絆で発動するワン!★とブクマと感想、ご褒美のボーロもお願いね!)


エレナ:

もう、くーちゃんったら♪



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