ポメラニアン・コード ―死の神に挑むもふもふ契約―
ひつじ・メイ🐕️
第1話【覚醒】もふもふが導いた、癒しと守護の覚醒
――命は、一度失えばもう戻らない。
だから俺は、二度と守り損ねない。
たとえこの身が砕けても――大切な人の盾になる。
――あの夜の音は、いまも耳から離れない。
ガシャァンッ!
粉々になったガラスが飛び散り、冷たい月光が居間に流れ込んだ。
何が起きたのか理解する前に、影のような男が立っていた。
包丁の刃がぎらりと光り、喉の奥がひゅ、と凍りつく。
息ができない。叫ぼうとしても声が出ない。
ただ、心臓の鼓動だけがやけにうるさく響いていた。
――そのときだった。
「ワンッ! ワンッ!!」
小さな影が、俺の前に飛び出した。
ポメラニアンの“そら”だ。
病弱で、走るだけでも息を切らす犬だったのに。
震える足で、それでも俺と男の間に立ちはだかって、牙を剥いた。
「くそっ……!」
男が舌打ちし、包丁を振り上げた。
けれど、そらは一歩も退かなかった。
その声が夜を裂くように響いた瞬間――
男は怯えたように顔を歪め、闇の中へ逃げていった。
全身の力が抜け、俺はその場に崩れ落ちた。
震える腕で、そらを抱きしめる。
その体温があたたかくて、涙が止まらなかった。
――あの夜、俺は命を救われた。
けれど、そらはそのあと、持病が悪化して死んでしまった。
守られてばかりで、俺は何ひとつ返せなかった。
胸に残ったのは、悔しさと後悔だけ。
だから誓った。
二度と、大切なものを見捨てたりはしない。
たとえ命に代えても――俺が、護る。
***
その誓いは、今も胸の奥で熱く燃えている。
あの夜と同じように、月は静かに空を照らしていた。
夜風が頬をなでる。静まり返った学園裏を、俺は一人歩いていた。
夜の寮へ戻る途中、外灯の下に伸びる木々の影が、まるで何かを潜ませているように揺れていた。
――そのとき、耳を裂くような悲鳴が響いた。
反射的に体が動く。胸が跳ね、心臓を掴まれたような感覚。
次の瞬間には、地面を蹴っていた。
靴底が砂を弾き、夜気が肺を焼く。
息を切らしながら裏庭へ飛び込むと――そこは、まるで悪夢の再現だった。
覆面をかぶった男が、銀色のナイフを振りかざしている。
月光を受けた刃が一閃し、空気を切り裂いた。
狙われていたのは――一人の少女と、その足元の小さなポメラニアン。
「ワンワンッ!」
短い脚で踏ん張り、震える体で少女の前に立ちはだかる。
耳を伏せ、毛を逆立て、全身で吠えるその姿に、胸が熱くなる。
男がうめき声を上げ、頭を押さえた。
「……ぐ、ああああっ……!」
狂気と苦痛が入り混じった叫び。理性を失った獣のようだった。
刃が再び振り上げられる。
(通り魔か? やめろ――!)
脳裏をよぎるのは、あの夜の光景。
病弱な体で、俺を庇ってくれた“そら”の姿。
あのときと同じように体が震える。
けれど――今はあの頃の俺じゃない。
今度こそ、俺が、守る番だ!
気づけば、足が勝手に動いていた。
肺が焼ける。視界が揺れる。
それでも止まらない。
「うおおおっ!」
肩をぶつけ、全力のタックルを叩き込んだ。
「ぐおっ……!」
覆面の奥から鈍い呻き声が漏れる。
骨に響く衝撃、刃先が逸れる。
少女と犬を引き離すことに成功した――そう思った矢先。
ズブリ、と嫌な音が腹に響いた。
――熱い。いや、冷たい?
感覚がぐしゃぐしゃに壊れていく。
息を吸っても、空気が入らない。
腕が、足が、もう動かない。
世界がゆっくり傾いていく。
夜風の冷たさだけが、やけに鮮明だった。
「……そら、ごめん、俺は……また護れなかった……」
その呟きが、血に混ざって消えていく。
地面に膝をつき、世界の音が遠ざかっていく。
――そして、音が消えた。
まるで世界そのものが息を止めたように。
暗闇の中、そらの面影が一瞬だけ浮かんだ。
光のない世界で、それだけが、どこか悲しそうに微笑んでいた。
――その静寂を破るように、少女の声が響いた。
「砕けた羽根を、再び風へ還して――
千切れた痛みよ、光で繋がれ。
抱擁の風(エンブレイスウインド)――!」
……風が、世界を撫でた。
視界の端に、羽が舞った気がした。
光と風が溶け合い、夢の中にいるような――そんな感覚。
願いと光が一つになった瞬間、祈りが現実へと変わった。
祈るように差し伸べられた彼女の両手から、
細かな光の粒がこぼれ落ちていく。
星屑のような輝きが夜気に舞い、
やがて俺の全身へと降り注いだ。
光は温かな布で包まれるように、
やさしく浸透していく。
裂けた肉と血管をなぞるように、
静かに――確かに、繋ぎ合わせていく。
灼けるような痛みが和らぎ、
荒い呼吸が、すっと落ち着いていく。
そして――俺は、息をした。
「……これは……癒しの奇跡……?」
世界に、音が戻ってきた。
風が頬を撫で、遠くで木の葉が擦れる音がした。
生きている――その実感が胸に広がっていく。
その温もりに引かれるように、
小さなポメラニアンが、必死に駆け寄ってくる。
「キューン!」
甲高い鳴き声とともに、ふわふわの体を俺の胸に押しつけてきた。
ぴちゃ、ぴちゃ――。
小さな舌が必死に血を拭うように動き、頬も額も、涙すらも舐め取っていく。
まるで「起きて」「負けないで」と懸命に励ますかのように。
その温もりが、凍りついていた心の奥まで染み込んでいく。
胸の奥で、何かが――静かに、燃えはじめた。
熱い奔流が身体の芯を駆け抜け、血液が逆流するように脈動する。
骨が軋み、筋肉が震える。
全身が灼けるように熱いのに、不思議と痛くはなかった。
視界の端が白く染まり、光が滲んでいく。
息を吸うたびに、世界のすべてが明るく脈打っていた。
覆面の男が、うめき声を漏らしながら立ち上がる。
「ガァァァッ!」
獣のような咆哮とともに、再び刃を振り上げた。
今度の標的は――少女と、小さなポメラニアン。
「――させるかっ!」
胸の奥で何かが弾けた。
熱ではない――魂そのものが震える。
小さなポメラニアンが短く吠える。
その一声が、凍りついた心を揺らした。
恐怖が消え、ただ“護りたい”という想いだけが、血のように脈打つ。
「蒼き水晶よ――
命に触れる刃を拒み、ただ護りの壁となれ。
守護(ガーディアン)――!」
言葉は祈りではなく、心の叫びだった。
光が全身を駆け抜ける。
世界の輪郭が滲み、夜が静止する。
――半透明の盾が空間に浮かび上がった。
それは、俺の中の“護りたい”という意志が形を取った光だった。
次の瞬間、刃がぶつかる。
蒼い光が波紋のように広がり、夜空を震わせた。
激しい閃光とともに、男の身体が吹き飛んだ。
空気が震え、砂煙が舞う。
そして――次の瞬間、世界がしんと静まり返った。
光だけが、夜の底に残っていた。
それは一瞬の静寂。嵐の前の、息継ぎのような静けさだった。
光の粒が静かに空へと舞い上がっていく。
その下で、小さなポメラニアンが見上げていた。
光が消えても、その瞳の奥にはまだ、蒼い残光が揺れていた。
「……これが、俺の……力……!」
夜は静かに息を吹き返した。
月光の下、世界はただ
――護りの光に照らされていた
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