第6話 夢 能力の整理
「もし、あれを現実で再現できるなら……」
生活レベルを上げるどころの話じゃない。
仕事も金も、いや、それ以上の――社会そのものを変える力になるかもしれない。
【補足。過剰な期待は推奨されません】
「いや、そうは言うけどさ……」
直哉は笑った。自分でも分かっている。舞い上がりすぎだ。だが、夢と現実を繋げる力を持つなら、凡人で終わる必要はない。
――そうだ。なぜ自分は怖くなかったのか。
答えはもう出ている。
恐怖よりも先に「期待」が勝っていたのだ。
赤い軌跡。加速する意識。
あれをもう一度、今度は現実で試してみたい――。
直哉は胸の奥に芽生えたその欲を、自分でも持て余すほど強烈に感じていた。
入り口ゲートの奥では、入り口付近には二十人ほどのプレイヤーが点々と立ち、死んだ魚のような目で機械的に動いていた。
近くにモンスターが現れると、数人だけがギクシャクと動き出す。残りは棒立ちだ。まるで壊れかけた人形の群れだな、と直哉は思った。
「……カプセルはもっとたくさんあるのに、随分少ないな。あのアプリだってもっとダウンロードされてるだろ」
【回答。詳細人数は権限外のため開示できません。但し、ここにいる者だけが全てではありません】
「ってことは、もっと他のとこでも戦ってるってことか」
【補足。義体に損傷が発生した場合、ポイント消費および修理休眠期間に入ります。そのため、出撃人数は常に変動します】
「なるほど。あれ見りゃ納得だな」
視線の先では、さらに体毛の真っ黒で腕が長いオラウータンのような、爪が大きいモンスター。
仮称テナガザル一体に対して2人がかりで突撃していた。
戦術性ゼロの脳筋アタックだ。モンスターは手を振り回し、一人を吹き飛ばし、もう一人に刺されて悲鳴をあげている。
「そりゃ怪我するわ。一日の戦闘終わりに中途半端にポイントが貯まってたらどうなるんだ? 修理費に足りないくらい」
【ポイント分修理、部品交換を行います。
残りの部分は本人の精神エネルギーが貯まり次第修理を行い、その期間は休眠期間となります】
「なるほどね。ほぼ毎回損傷がある、その損傷にポイントを使う。
ポイント運がよくて、軽傷で大物のとどめを刺せて、たくさんポイントが貯まった場合、AIの誘導で武器更新が行われる。
その端数がアプリに振り込まれる。俺の理解はあってる?」
【肯定します】
「ならポイントも、前回の俺みたいまとまった額が貯まることはない……か。
損傷しないように意識を持って立ち回る。計画的にポイントが使える。これが俺の強みか」
苦笑しながら直哉は入り口から少し離れ、見通しのいい場所へ移動する。
入り口から距離にして三十メートル。
地面には人の肩ほどの高さの岩がゴロゴロと転がり、遮蔽物にはなるが死角も生む。
入り口から見える位置で、周りにはまばらに目の死んだプレイヤー達が戦ったり、立ち尽くしていたりしている。
見える範囲に蝙蝠型が数匹、テナガザルが二匹がプレイヤーと戦っていた。
カオイヌや大猿の姿はない。どうやら強敵はそうそう出ないらしい。
「昨日に比べて随分モンスターの数が少ないな……。大猿も、カオイヌもいない」
【前回は、数日に一回起こるモンスター大量襲来日でした。
あなたの呼称する、大猿、カオイヌはこの空間では個体数が少なく、襲来日以外ではゲート入り口付近で見ることはまずありません。
通常は蝙蝠タイプと、猿タイプの2種。モンスターの密度も本日は平均の範囲内です】
「なるほどね。ゲームでいうラッシュ日みたいなものか。ハードモードな日に初参加したってことね。
戦ってポイントは稼ぎたいけど、モンスターが少なすぎてあんまり戦えそうにないな……。
かといって、他のプレイヤーがいないくらい離れて、複数のモンスターに囲まれたら全く勝てる気もしない」
直哉は近くの小石を拾い、上空に旋回している、誰とも戦っていない蝙蝠型に向けて投げつけた。
石がカツンと当たる音に反応し、蝙蝠がヒュンとこちらへ旋回してくる。
目を凝らすと、蝙蝠の輪郭に赤い光が浮かんだ。心臓が跳ねる。
「……来る!」
光が一瞬強くなり、その瞬間蝙蝠が滑空してきた。直哉の時間感覚がぐにゃりと伸びる。世界がスローになる。盾を振り下ろし、地面に叩きつけるように蝙蝠を迎撃。そのまま直剣を振り下ろし、串刺しにして動きを止めた。
「よしよし、うまくいったぞ。お、タイミングよくもう一匹」
タイミングよく表れた二匹目の蝙蝠型も、投石から同じ要領で倒す。だがその直後、頭にズキリと痛みが走った。
「……くっ。スローモーションも使い放題ってわけじゃないか」
こめかみを押さえて息を整える。連続使用は負担が大きいようだ。
休もうか、と入り口方向に一歩下がった瞬間、岩陰から現れたテナガザルの一匹と目が合った。
ギャアアア
甲高い鳴き声を上げて走り寄ってくる。
「今は発動できるか……? 一体なら……!」
直哉は直剣を構え、迫る猿の爪を受け止める。
金属音が弾けた。
視線を集中すると、猿の軌道とは別に、右前方に赤い光がちらりと見える。嫌な予感。次の瞬間、もう一匹の猿が岩陰から姿を現した。
「……やばい、二匹か!」
目の前の猿を強引に弾き飛ばし、入り口へと駆け戻る。
直哉を追うテナガザルに、近くにいたプレイヤーが槍を突き出した。無表情のまま。それでも十分だった。追ってきたテナガザルの注意がそちらへ逸れる。
「助かった!」
直哉は振り返りざま、突撃してきた二匹目のテナガザルに直剣を構える。
目に力を込めると、再び赤い光とスローの世界が広がった。だが痛みもすぐに襲う。頭蓋の内側を掻き回されるような感覚だ。
「……ッ! 無理だ、フル発動は保たない!」
必死に意識を絞り、「軌道だけ見たい」と願った。
すると、スローは発動せず、赤い残像も消え、振り下ろされたテナガザルの右手にブレが生じる。
数瞬未来の攻撃軌道だ。そこに直剣の刃先を置くと、刃が滑らかに猿の腕を受け流し、切り裂いた。
ギャアア!
テナガザルが悲鳴を上げて腕をかばう。
直哉は左へ回り込み、直剣でチクチクと牽制。猿の動きが鈍ったところを盾で叩き、転んだ頭に剣先を突き立てた。
荒い息を吐きながら直剣を引き抜く。脳がじんじんと焼けるように疲れている。全身が鉛みたいに重い。
「……連続戦闘はまだキツいな。これ、二徹三徹したあとみたいな頭の疲労感だ……。
一度、1個1個しっかり能力の確認をしたほうがいいな」
剣を下ろし、ひとまず深呼吸。
だが直哉の胸の奥では、不思議な高揚感が渦を巻いていた。スキルは確かに使える。しかも応用できる。自分だけの戦い方が、確実に形になりつつあった。
モンスターは入り口付近にいる人数に対して数が少なく、1戦闘ごとにインターバルが結構ある。
あまり入り口から離れる気に慣れず、しばらく入り口付近でモンスターを探し回り、1匹でうろつくテナガザルを発見した。
直哉は盾を前に構えて近づく。
「……よし、能力を節約するぞ。練習だ」
心の中で、自分の能力を改めて並べる。
①仮称:敵視光。敵意の光が見える。
②仮称:軌跡。数瞬だけ未来の攻撃の軌跡が見える。
③仮称:意識加速。極短時間だけ意識をクロックアップして、スローモーションのように意識加速をする。
体感だが、気力の消費はこの順で軽い。フルで使えば確実に対処できる。
だが、それでは練習にならない。今はあえて、ひとつずつ分けて試すことにした。
テナガザルが低い唸り声を上げながら飛びかかってくる。
爪を振り下ろす軌道が目に見えて――ブレたようになって浮かぶ。
②の攻撃の軌跡を見る能力だけを発動したのだ。
直哉は盾をわずかに傾け、爪の軌跡をかすめるようにして弾く。乾いた金属音がドームに反響する。
「ふぅ……次は3だ」
再びテナガザルが地を蹴った瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
周囲の時間が極端に遅くなり、魔物の動きが粘性のある水の中を泳ぐように重くなる。
直哉は一瞬呼吸を整え、盾を構え直した。
だが、効果は一瞬で終わり、次の瞬間には牙が目前に迫っていた。
「うおっ」
咄嗟に身体を捻り、盾を体の前にねじ込む。
突っ張った腕に装着された盾をテナガザルが掴み振り回すと、体が大きく揺さぶられた。
(危ねっ……やっぱり発動時間が短いな)
盾を離させようと腕を振り、胴に直剣を浅く刺すも全く離れない。
「くっ、なんて握力だ」
オラウータンの握力は300㎏とも言われている。
このモンスターの握力はわからないが、少なくともオラウータンよりは強そうだ。
体を掴まれたら、金属の体と言えど確実に損傷する。
汗の出ない背中にヒヤリとした感覚を感じながら、盾より内側に爪が来ないように牽制しながら隙を伺う。
テナガザルの瞳がぎらりと光った瞬間、薄くまとっていた赤色がその体積を急激に増し、次の攻撃の気配を告げる。
(敵意ッ!攻撃来る!)
盾を掴んでいた手を片方急に離し、毛むくじゃらの右手が盾を装着した直哉の左手を、その凶悪な爪で掴もうとしてくる。
直哉はそのタイミングを狙い、直剣でその右手を払う。
ギャッという猿の声。
「はっ……はあ!」
岩肌に足を取られ、よろけながらも盾を振り回し、体勢を立て直す。
だが、怖さは不思議と感じなかった。むしろ、心が妙に冷静で、目は相手の一挙手一投足をおっている。
再度、テナガザルが襲いかかる。今度は②と①を組み合わせて試す。爪の軌跡と、敵意の光の膨張。その二つを重ね合わせると、攻撃の来る瞬間がはっきりと見える。
直哉は盾を斜めに構え、受け流すように弾いた。
金属音と同時にテナガザルの体がバランスを崩す。そこへ反撃の一撃を叩き込む。胴体に浅く入った。
「よし……でも、まだぎこちないな」
繰り返す。敵意の光を読む。攻撃の軌跡を追う。
体勢が崩れたときのみ、極力短く意識した《意識加速》のスローの世界の中で呼吸を合わせる。
動きは徐々に滑らかになっていく。
テナガザルは甲高い悲鳴を上げながら跳ね回り、何度も突っ込んでくる。
そのたびに直哉は盾で受け、かわし、弾き返す。
残像のように揺れる軌道と、敵意光の赤い光の膨張が重なり合い、戦いは一瞬ごとの判断の連続となる。
腕は重くなる。盾を構える角度が少しずれるだけで、衝撃が全身に走る。
フルで能力を発動すれば楽に倒せる、少なくとも手傷は追わせられる。
だが、それでも繰り返した。
敵意の光が大きくなった瞬間に力を合わせる。軌跡を正確に追う。成功と失敗を積み重ねながら、動きが磨かれていく。
やがて、テナガザルが疲れたのか、荒く呼吸しながら距離を取って、警戒するように唸った。
直哉は荒く息を吐き、盾を下ろす。
なんで機械なのに呼吸する機能があるんだよ、と思いながら。
「……もう脳みそがきつくなってきたな。練習はここまでにしよう」
大きく踏み込む。テナガザルは爪を振りかざし殴りかかってくる。
能力をフル発動する。
赤い光が最大光度になった瞬間スローモーションをかける。振り下ろされた右腕の残像に直角にはじき返し、体当たりするように胴体に直剣をねじ込む。
今までの傷と合わさって、テナガザルは力尽きた。
「はぁっ、はぁ……。大分能力の発動に慣れてきたな」
全身が重く、肩で息をしている。怪我をする前に引き上げるのが正解だ。
入り口ゲートに踵を返した。
武器庫中央に設置された納入ボックスまで歩み寄る。
直哉は腰のポーチから結晶を取り出す。戦闘で得た、小さく光が脈動する青白い欠片だ。それを1個ずつに投入口へ落とす。
蝙蝠の結晶、2pt、2pt。
テナガザルの結晶、4pt、5pt。
【合計:13ポイント [獲得] [保留]】
「13ポイント、獲得と……。
昨日あんなに稼げたのは、あの大猿とか顔のでかい犬がポイントが高かったんだろうな。
危ないけど、ラッシュの日はモンスターも多いし、乱戦してるから稼ぎ時なんだな」
満足とも不満ともつかない呟きを漏らし、獲得をタップする。
足取りは重く、それでも妙な高揚感が胸の奥に残っていた。カプセルへ戻り、休む時間だ。
[ 獲得ポイント[29+13=42pt] ]
――――――
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