第7話 現実 初めてのバズ



 昼休みの教室はざわざわとして喧噪にあふれていた。抑圧された授業から解放されたクラスメイト達の賑やかな声が響いている。

 誰かが机を寄せてスマホを並べ、動画を見て笑っている。

 パンの袋を破る音、ストローを吸い込む音、全部ごちゃ混ぜになって、昼の教室特有の雑音を作り出していた。


 そんな中で、直哉はひとり机に突っ伏して、にやけ顔を隠せずにいた。


「……42ポイント。まじかよ、また13ポイント増えてやがる」


 スマホの画面に表示された数字を、もう何度も見返している。

 最初の41ポイントは初回ボーナスか何かだと思っていたが、今日もまた増えていたのだ。


(高級フルーツセット、今日の夕方には届くんだよな……。父さんも喜ぶだろうなー)

 

 アプリの通知が光っていた。昨日書いた「高級ケーキのレビュー」に“nice”がついている。

 数字が少しずつ増えていくのを眺めているだけで、胸が少し軽くなる気がした。

 たかがレビュー、だけど誰かに見てもらえているのは、やっぱりうれしい。


(へぇ、見てくれる人いるんだな……。写真もうまく撮れたからかも)


 口元がにやけそうになり、あわてて手で隠したとき、背後から声がした。


「直哉くん、なに見てるの?」

 直哉は振り返ると、黒髪のポニーテールを揺らす佐伯ユキが立っていた。


「そのレビュー、新発売の空気バターモンブランじゃない?

 いいなあ。あのケーキ食べられたんだ? 結構高いよね」


「ああ、まあ……ラッキーだった」


 直哉が答えると、横から天音が顔を出した。


「はぁ?ずるい! 私の好きなスレイムのインフルエンサーも紹介してたやつじゃん!めっちゃおいしいって!」


 髪は白に近い金髪ボブで、制服のシャツの上から淡い白と青の生地に光沢のある緑のラインの入ったジャケットを羽織っている。

 彼女はいつも元気いっぱいで、口癖は「ユキは存在が天使」。教室でも目立つ子だった。


「てかどうせならSNSに投稿すればよかったのに。これレビューアプリだよね?

 最新ガジェットとか新作のお菓子とか、すぐバズるんだよ」


 天音は大げさに肩をすくめるけれど、目は興味でいっぱいだった。

 

「まあ確かにね。

 モニターで食べたから、義務感でレビューだけ投稿してたけどそっか、スレイムに投稿してもいいのか」


 レビューアプリは仮登録のためほぼ匿名状態だ。

 直哉はスマホを操作し、本登録と、動画・写真・短文投稿SNSのThreadgraim、通称スレイムに連携させた。


 数回タップするだけで設定完了。


 ついでに昨日のレビューをスレイムに再投稿する。


「ほら、それでいいの。あ、今度なんか当たったら一緒に撮ろうよ。あたし、フォロワー一万人くらいいるから」


「えっ、そんなに?」


「そうそう。サイ天の服ってマイナージャンルで母数少ないからさ、逆に注目されやすいんだよ」


「サイ天?」


 直哉が首をかしげると、天音は胸を張ってジャケットを指さした。


「サイバー系エンジェル服! 白とか青とか淡くてかわいい天使モチーフで、光る布とか羽っぽいアクセとか。

 それに光沢ある緑とかラインがびしびし入ってるサイバー系の合いの子!わかる?」


「ああ、地雷系足すサイバーファッションね」


 直哉の目には、白と青の地雷系ファンションに、ただ光沢のあるラインが入っているようにしか見えなかった。


「ぶん殴るぞ!全然違うわ! 地雷系とはハトコくらいの関係だし!」


「それなら親戚みたいなもんじゃねえか!」


「はぁ?違うし! 遠い親戚って言ってんでしょ!」


 二人のやりとりに、ユキは小さく笑った。


「天音は写真もショート動画もいっぱい投稿してるの。私のもたまに撮られてて……」

「ユキは存在が天使だから! どんな角度でもかわいいんだって!ね?ほら!」


 天音はスマホを見せてきた。そこにはユキとのツーショット。白い肌に黒髪ポニテが映えていて、直哉は思わず「おお……」と声を出してしまった。


「ほら! 直哉もそう思うでしょ?」

「う、うん……まあ」

「もー!2人してやめてよ!」


「ほらねー! 恥ずかしがってるとこも天使!」


 教室のざわめきの中で、三人の声がやけに目立つ。周りの男子がちらちら見てきて、直哉はちょっと落ち着かなくなった。

 でも二人が楽しそうに笑っているのを見ると、不思議と悪い気はしなかった。


 直哉は携帯端末をにぎり直して、またアプリを開いた。


(次は実用的なのを狙うか……レンジも古くなってるし)


 画面をスクロールすると「多機能自動調理器モニター」が出てきた。ポイントは高めだけど、便利そうだ。さらに「冷凍定食セット」の割引オプションもある。セットなら冷食は四割引き。


「……これにしよう」


 タップして決定。次世代急速冷凍“プルトン冷凍”。

独自の急速冷凍システムで、解凍後の食感も損ねず、水分の抜けもない、鮮度丸ごと閉じ込めた二十食セット。

自動調理器に放り込めば主食おかず全部セットになって、まるで調理したてのような出来上がりで出てくるという、話題の新商品だ。

類似商品に比べて、出来上がりに雲泥の差があると評価が高いらしい。


(よし、これでご飯も安心。でも……ポイントが減る……)


 残高が減っていくのを見て、直哉は心の中で泣いた。

 電気マッサージ器も捨てがたかったが、全ポイントを使っても流石に手が届かなかった。


 でもレンジは壊れかけで急を要する。致し方ない。


「なにそれ、懸賞品?」


 ユキがのぞき込む。


「え、ああ……モニター応募。ポイ活みたいなので、応募すっ飛ばして権利だけもらえるんだよね」


「へぇ、そんなポイ活とかあるんだ。いいなあ」


「もしまた新作スイーツ当たったら、次は食レポ動画一緒に動画撮ろ!」


 ユキも小さくうなずいた。


「私も……ご相伴に預かれるなら、一緒に食べたいな」


 直哉は苦笑いしつつも、悪くないと思った。

 SNSは怖い部分もあるけど、使い方次第でチャンスになる。

 ポイントと発信力。その二つを組み合わせたら、自分の未来が少し変わるかもしれない。


 [ 残り獲得ポイント:3pt ]



 ◆


 玄関を開けると、リビングに段ボールが鎮座していた。

 大きめの箱に「冷蔵・生もの注意」のシール。横には水色のロゴで「Fresh Hydro Premium Fruits」。


「おお……ほんとに届いた」


 直哉は思わず声に出す。高級水耕栽培フルーツセット。

 靴を脱ぎながらリビングに入ると、テーブルに座って顔を突っ伏している人影があった。


「あれ、父さん?」

「おう。おかえり」


 父親がおもむろに顔を上げる。

 普段なら夜の九時すぎにならないと帰ってこないのに、珍しい。


「今日は早いね」


「……ま、色々あってな。早めに切り上げた」


 なんとなく疲れた顔をしていた。


「で、それはなんだ?」


「これ? 高級フルーツのモニター。ポイントで引き換えたんだ」


「モニター? タダってことか?」


「そう。再開発区のあのビル、一棟まるまる水耕栽培やってるやつあるじゃん。あそこのやつ」


「……へぇ、あそこなぁ。天然フルーツなんて、セレブ御用達ってやつだろ」


 父親の声には少し羨ましさが混じってた。無理もない。

 再開発区のガラス張りの高層ビルは、まるで近未来映画のセットみたいに輝いていて、普通のサラリーマンからしたら別世界の施設だ。


 直哉は箱を開けて中身を取り出す。

 プラスチックの透明ケースに入った桃の香りがふわりと香る。淡いピンクの肌がつやつや光っている。


「やば……なんかもう、桃の見本市みたい」


 横のケースにはマスカット。粒はビー玉より大きくて、皮の表面にほのかな白い粉。

 スーパーに売っているのと違って、粒がひとつひとつ光って見える。


 さらにいちご。サイズがバラバラじゃなく、全員そろって丸っこい。びっくりするほど大粒だ。

 しかも香りが濃い。特殊な照明と温度管理で糖度を極限まで上げてるらしい。


「うまそうだな!これが、タダ!」


 父さんがのぞきこんで、思わず喉を鳴らす。


「父さんも食べていいよ。モニターだから、味の感想をレビューアプリに投稿しろってやつだし」


「そんなモニターあるのか!?タダで!?」


「タダだよ! ほんとはこういうのって抽選だけど、ポイントアプリで引き換えできたんだ」


「ありがたや、ありがたや……その調子で金目の物でも当選させて、楽させてくれ」


 両手を合わせて拝んでいる。


「そんな都合よくいくかよ」


 直哉は思わず笑ってしまう。


 食卓でフルーツを切り分けていると、父親がふいに話し出す。


「今日な、職場でまた人が減ってさ」


「え、また?」


「長距離トラックの自動化、どんどん進んでるだろ。あれで、うちの運送部門の人員がごっそりいらなくなってる」


「……」


「俺は営業出身で、今は人事に回されてるから辛うじて残ってるけどよ。人手が足りない雑用とか、荷下ろしの力仕事までやらされるんだ。デスクワークって話だったのになぁ」


 父親は苦笑いをしながらカットした桃にかぶりつく。途端にあまりの美味しさに顔をぷるぷると震わせている。


「う、うまい……!

 いつも悪いな……俺がもっとちゃんとしてたらな。母ちゃんが生きてた頃は、もうちょっと家もうまくいってたのにな」


「……父さん」


 なんとなく返事が詰まる。

 父さんは情けないところも多いしそこそこクズよりだし、なによりお調子者だ。だけど別に悪人じゃない。


「そういえば」


 重くなった空気を変えるように、父親が思い出したように言う。


「お前のバイト先のコンビニ、この前チンピラが来たって話、ほんとか?」


「うん。なんか酔っ払いの……万引きじゃないよなあれは。強盗もどき。俺、追い返した」


「バカ、危ないだろ! 最近はマジで物騒なんだから」


「大丈夫だって。殴ったりとかしてないし。投げつけられた缶を空中でスーパーキャッチ」


直哉はジェスチャーで空中キャッチし、おどけてみせた。


「あ、そういえば忘れてた。追い返したご褒美に店長からビール貰ったんだった。父さん飲んでいいよ」


「ビール!?おビール様か!」


 父親の顔から疲れた表情が吹き飛んで、目をかっぴらいている。


「うん、しかも生ビール。第5のビールじゃなくてお高い奴」


「うおおお嬉しいぞ息子よ!!」


 冷蔵庫を勢いよく開け、ビールを缶から直であおっている。


「……っかぁぁぁぁ!久々の生ビール、うまあああああい!!」


「そりゃようございました」


 直哉もいちごをかじりながら、ふと思い出したように顔を上げた。


「あ、そうだ。うちのレンジ調子悪かったじゃん。明日新しい自動調理器届くから」


「ん?なんだそれ」


「次世代の多機能自動調理器と、セットで最新の冷凍宅食20食付き。

 プルトン冷凍だっけ?料理を超急速で冷凍して、解凍するときに旨味が逃げないってやつ」


「おいおい、どこからそんなもんを」


「モニター抽選、ポイ活の成果ですよ」


「最高だ!直哉!我が息子よ!」


 両手を上げて喜んでいる。



 その夜、自室に戻った直哉はフルーツのレビューをレビューアプリに投稿し、合わせて写真を撮ってSNSにアップした。


 昨日投稿した空気バターモンブランのレビューが、思った以上に伸びている。発売初日のレビューだったからか、niceが5000超え。


――――――

 『空気バターを使ったクリームは驚くほど軽く、それでいて後味はしっかり濃厚。

 口に含むと、栗の香りがふわっと広がり、自然な甘さで最後まで飽きない。

 空気バターは水素と二酸化炭素から合成される未来的な食材だと聞きますが、チルド商品なのに天然バターを使ったかのようなコクがあります。

 値段はお安くありませんが、天然バターを使った商品はこの倍はすると考えるとお買い得かも。

 スイーツ好きだけでなく、普段甘いものを避ける人にもおすすめできる完成度です』

―――――――

 comment▼

 う、うまそうすぎる。今日近隣のコンビニスーパー回ったけど1個もなかった

 たっけー。コンビニスイーツに1個何千円も出せないって

 錬金術?空気からバター作れる時代やばすぎ

 触れている人少ないけど、おいしさが伝わるいいレビューですよ。

――――――――


「5000nice……やば」

 プチバズってやつだ。画面を見ながら、にやけが止まらない。


「……俺のレビュー、案外ウケてるじゃん」


 果物の写真を加工して、「未来ビル産の果物、やばすぎ」ってポップなコメントを添えて投稿。

 こちらもなかなか一般で出回るものではないため、数分でいいねが百単位でついた。


[ 獲得ポイント[42-30-9=3pt] ]




――――――――――――

サイバー系エンジェル服:地雷系ファッションの、青とか白の淡い系の色の服装を想像してください。それに光る素材のラインやら、小さい電飾のついたサイバー仕様になっているものです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る