第10話 あのひとに一番必要なのは私だよ

ルナ視点。


―――


 主人が去った、もの寂しい家の中。


 さっきまで同じ空間にいたはずのヴィクターさんは、薄い残り香だけを置いて、私たちじゃない子のために出て行っちゃった。


 私は隣に立つシアにこぼす。


「――ね、言ったでしょ。お金のためとか色々言い訳するけど……。結局ヴィクターさんは、私たち奴隷のためにあんな顔出来ちゃう人なんだから」


 私の言葉を聞いても、シアは床を見つめるだけで何も言わない。


 でも、頭の中ではきっと、いろんな思いがグルグルと巡ってるんだろうね。……シアがヴィクターさんに複雑な感情を抱いてること、知ってるから。


「ねえ、元気出そうシア。落ち込んでたって……ヴィクターさんは帰ってこないよ」


「……」


 うーん。返事がないなあ。


 たぶん、私たちをあっさり置いて行っちゃったのがショックなんだと思うけど。


 だって、「お前らはとっとと自分の家に帰れ」だもん。せっかく苦労してまた会えたのに、突き放すみたいに……。


 もちろんシアもヴィクターさんに感謝はしてるだろうし、昔あれだけ慕ってた気持ちが消え去ってるなんてこと、絶対ない。


 でも。なにか、引っかかってるんでしょ。だからこそ、あんな刺々しい態度も取っちゃう。


 その理由までは、私にも分からないけど……。


 でも、だからって。シアがヴィクターさんを忘れて生きることができないこと、私はよく分かってる。


 嫌いなんてこと絶対ない。じゃあその胸にあるのは期待? 好意と裏返しのモヤモヤ? 


 ね、シア。私がいくら言ったってすっきりしないっていうのは分かるよ。でも、だからこそ。


「ほら。行こう、シア。ヴィクターさんを追いかけなきゃ……!」


「……」


「ここで行かなきゃ、シアは絶対後悔するよ? 私知ってるんだからね。――シアがずっと、大事に抱えてる思い出。ヴィクターさんの教えを。だから、ほら……!」


 そこまで言って。


 やっと、シアは決意を固めたみたい。


 ぎゅっと拳を握って、心の奥底からこぼれたように言葉を紡ぐ。


「…………はい。そう、ですよね。そうですよ……。あの人はいつもそう……。今日だって、思ってることをちっとも表に出さずに、客人である私たちを置いて出て行ったんです。――一言くらい何か言ってやらないと、気が済みそうにありません……!」


 そう言ったシアはいつのまにか顔を上げていた。そして、両の目にはしっかり光が灯っている。


 うん……それでいい。シアはやっぱり、そのくらいの勢いがないと!


 元気を出してくれたみたいでよかった。


 ……それに、ね。


 やっぱり私も、ヴィクターさんのことを簡単に諦めたりできないから。


 いつだって露悪的で、実際は自分の身を削ってでも私たちのこと考えてて。そうして最後には、きっと私たちの知らないところで破滅しちゃいそうな危うさがあって。


 きっとヴィクターさんには、近くで無茶しないように見守って、甘やかしてあげられる人が必要なんだよ。


 ふふ。シアは自分のことでいっぱいいっぱいで、そんなことまでできないだろうから。


 だったら。誰かがやらなきゃいけないその役目、私がやったっていいよね?


 ね、ヴィクターさん。


 きっと待ってて。


 いま私が――そばに、行くから。


 ……ね。




―――

ヒロインズの補足回でした。

次話からまた主人公視点に。

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