第11話 またわたしだけ、救われて……

 そうして。あの奴隷商のもとを発った俺が次に向かった場所は。


「――セラス商会。ここか……」


 王都の商業地区、その中でも特に一等地に居を構える巨大な商会。


 あのあと口が軽くなった奴隷商に、ダリヤが向かったとすればここだろうと、そう伝えられたのだ。


 ふん。この立派な建物も、どうせいくつも後ろ暗いことをした結果だろ。俺も同じ穴の狢とはいえ……こうも堂々と陽の目を浴びているのを見ると不快だな。


 ……よし。さっさと行くか。


 正面の入り口から中に入った瞬間、めざとく俺を見つけ寄ってくる若い店員。


「いらっしゃいませ。本日はなにをお求めで――」


「――奴隷」


「……は? ど、奴隷、ですか?」


 ふん、下っ端が知ってることじゃないみたいだな。こいつはただ、全身を外套で覆う俺の格好と、奴隷という言葉に動揺してるだけだ。


 話にならんな。


「あっ、お客様! 困ります、勝手に奥へ行かれては……!」


「自分のところの商品も知らないお前に用はない。番頭は奥だろう」


「うちは奴隷商ではないので! 奴隷なんていませんよ!」


 肩を掴んできた手を払いのけ、そのまま奥の番頭台まで進もうとしたその時だった。


「――どうした、いったいなんの騒ぎだ?」


「あ、番頭! こちらのお客様が訳のわからないことを言って、勝手に奥へ――」


 いい、そういう白々しい会話は。不要なやり取りは省略してやるよ――。


 そして、俺は口にした。


「――火精の里。少し前に、行ったそうだな?」


「……ッ!?」


 当たりだ。


 若い店員は首を傾げているが、この壮年の番頭は知ってるみたいだ。なぜそれをと、声に出さなくても思っていることが分かるぞ。


「……あいにく、心当たりはございませんな。お客様、お帰りはあちらです」


「ハッ。有無を言わさず、か? 従わなかったらどうなる。裏からゴロツキでも飛び出してくるか」


「……お客様。無事に、ここを出られたくはないので?」


「今度は脅しか。いいぞ、俺の予想がますます裏付けられた。ここまで分かったらもう、言ってしまってもいいな」


「なにを……」


 そうして、俺は。


 目深に被っていたフードを下ろし、番頭に顔を見せつけてやった。


 そして。


「俺の通り名を教えてやろうか。後ろ暗い界隈ではこう呼ばれてるんだ。――『奴隷使い』、とな」


「な……! お客様、いや、お前が! あの奴隷使いだと!?」


 ふん、俺をずっと探してたんだろう。昨日もゴロツキどもまで動員してたほどだ。


「たしかに、その容貌……。金砂の髪に褪せた色の瞳。そしてその、妙に貴族的な整った顔は――!」


 一拍置いて、番頭は叫んだ。


「おい! 出番だ用心棒ども! ターゲットだぞ!」


「えっ。番頭……?」


「お前はどいてろ! 怪我するぞ!」


 戸惑う店員を引っ張って、番頭が俺から離れていく。そして代わりに奥から出張ってきたのは二人の屈強な男だ。


「――番頭さん。この金髪が?」


「ああ。捕まえて、地下の牢にぶち込んでくれ……! 抵抗するなら殴ってもいいが、絶対に殺すなよ!」


「ああ、わかりましたよ。おい、そっち逃げないように塞いでろよ相棒!」


「……ああ、分かっている」


「じゃあ。よっ、と!」


 こいつら、番頭の話を聞いてたのか? 抵抗もなにもする間もなく、間髪入れずに殴りかかってきた。


 避けるなり迎えうつなりしてもいいが……いや。ここは、下手に警戒させるよりも。


 こっそりスキルで肉体の強化だけはしておくが……。


「らぁッ!」


「ぐ、……ッ!」


 わざと頬に拳を喰らう。そしてそのまま吹き飛ばされ、商品棚に突っ込んで気絶したフリをしてやれば。


「おいおい、お前ら。やり過ぎだ、死んじゃいないだろうな」


「……いまの、手応えは……」


「おい、どうした。まさか本当に殺したのかッ? その時はお前の首も――」


「……ああいや、なんでもない。多分気のせいですよ。ほら、見ての通り胸も上下してるし、死んじゃいませんぜ」


 おっと。そこまで近づかれちゃ、頬が一切腫れていないとバレるじゃないか。


 【生体支配】で見た目だけ加工しておこう。


「やっぱり気のせい、か……。よし、そんじゃ牢にぶち込んでおくんで!」


「ああ、任せた。……しかし、ついているぞこれは……! 閣下から直々に褒美があるんじゃないか?」


 番頭の弾んだ声を背景に、俺は目を瞑ったまま用心棒の男に担がれる。


 二人の用心棒に連れて行かれる先が、地下にある牢とやらか。


 ただの商会に、ふつう地下牢なんてあるはずない。やはりここは魔境のようだな。


 ……そうして。少し歩いて階段を下り、どこかジメジメとしたところまで運ばれたところで。


 鍵を開け、重たい扉を開ける音。


「よし。で、個別の牢の鍵はどこだったか……」


「ここだ。この壁に掛かってる。魔封じの牢でいいんだよな?」


「ああ。普通の牢でも十分だろうが、一応な。番頭さんによりゃ、大した重用人物らしいからな」


「簡単に殴り飛ばされたこいつがか。まあ、偉いさんの考えることは分からんし、念には念を入れとこう」


 ふん。魔封じまであるのか。


 だがたしかに、火精の里の者を捕えるなら必要だろうな。


 ……っつ。こいつ、乱暴に放り込みやがって。


「よしッ。これでいいだろ。じゃあ、上に戻るぞ」


「ああ。へへ、今回はボーナスも期待できそうだな」


 施錠の音が二回。俺を放り込んだ牢の鉄格子と、地下牢がこの地下室に入るための大きな扉の鍵か。


 あの男たちの足音が遠ざかっていったことを確認して……俺は、ぱちりと閉じていた目を開けた。


 ――そして、さっきから感じていた気配に向かって言ったのだ。




「――おい。迎えに来たぞ、ダリヤ」


「……っ! ごしゅ、じんさまぁ……!」



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