第8話
月の静止軌道上に浮かんでいるのが月探査財団の本拠地・月プラットフォーム・ゲートウェイ。
その全長は約五十キロメートル。
火星と木星にあるゲートウェイに比べても、ずば抜けて大きい。周囲には独立した大型の工廠ユニットが三基、更に小型の研究ステーションに至っては無数に、付かず離れず、連れ添うように浮かんでいる。
人類の造った建造物としては太陽系最大の大きさだが、それでも月の自転や公転には、微かな影響しか与えていないサイズでもある。
近似の平面積としてはフランス・パリ市の半分ほどだが、階層構造も考えれば、つまりは大都市に近い広さの土地を要しているということでも有る。
全体は、中央のユニットから外周側になるほど大型化している。ドーナツ状の中心部からはさらに、別軸に回転する円筒形のユニットが四方に伸びていた。
主要宇宙ステーション・コロニーを、プラットフォーム・ゲートウェイという呼び名に統一したのは、二〇三〇年代に建造された旧月軌道プラットフォーム・ゲートウェイ計画を踏襲したものらしい。
そちらの計画で使われた宇宙ステーションは、月探査財団が計画を引き継いだ際に解体され、初期の資材とされ、一部が保管され、現在は地球の博物館で見ることが出来る。
プラットフォーム・ゲートウェイは元からこの大きさなのではなく、半世紀の間に数百倍の規模にまで拡張されてきたものだ。
財団本拠地として完成してからは火星プラットフォーム・ゲートウェイの建造を経て、デイヴィッド・ファーミントン博士、ユージン・エンシスハイム博士、カーライン・カハルルィーク博士の三名による木星計画で齎されたケイ素古細菌界DISE古細菌門の発見により、月探査財団は比較的近傍にある火星よりも、木星計画へと傾倒していった。
電磁パルスと量子通信を用いて天然のナノマシンとして機能するケイ素古細菌は、核融合ベント、金属酵素を組み合わせて完成したマテリアル・プリンターが地球の資源問題の解決に有用性を見出され、月プラットフォーム・ゲートウェイは核融合炉とプリンターによる電力と資源の、一大工廠として機能を変化させていった。
その結果、基礎ユニットであった居住区画と研究区画を囲うように、工廠部分が増設された歪な形をしている。
シャトルの発着場に至っては、月プラットフォーム・ゲートウェイの巨体から生えた、可動フレームの先に接続されていた。
「おお愛しの月プラットフォーム・ゲートウェイよ。本当に変な形をしている。耳のやたらデカいピザとか、そういう感じの」
レイフ教授が芝居掛かって情緒を謳い始めたかと思うと、シームレスに平淡で身も蓋もない寸評を述べた。
「せめて一文の中でぐらい、情緒を揃えてください教授」
「いや月に帰ったことを喜んでみたら、やっぱり、この無法なデザインが目についてね。建築の権威が見たら血を吐くんじゃないかな」
「その建築の権威が、何人も設計に参加しているはずなんですけどね」
教授が言うように五十年間、改築に改築を繰り返した構造上、百年以上前、香港に存在したという九龍城塞と比較するミームも存在する。
実際のところ、本当に無計画な増築であれば月軌道上に静止していられるわけもなく、綿密な計画の元、重量や重心の変遷を、重力ジャイロと推進器で打ち消しつつ、バランスが取れる構造をしているらしい。
トラクタービーム・マット式のオービター・ポートが多軸フレームを用いた可動式なのは、そういう増改築の都合上なのだろう。減速したシャトルがゆっくりと近づいていく。
「このオービター・ポートなんて、遠くから見たら日本の食品サンプルみたいじゃないか」
「……フォークで、パスタやヌードルを持ち上げている感じのやつですか?」
「そうそれ」
「例が分かりにくいにも程がありますね」
可動式のポート・トレイ・ユニットは着陸面を微調整するように角度を変え、相対速度を合わせたシャトルを、トラクタービームで引き寄せて着陸させた。
「そういえば科学雑誌で先月、復元性セラミックや、無重力合金鋼の剛性アピールの宣材に使われていましたよ、このシャトル・ポートの構造」
「地上の既存冶金素材では直ぐに劣化してしまって、こういうアクロバティックな構造は不可能だろうね。メンテナンス作業員の気が狂ってしまう」
「天然ナノマシン様様と言った所ですか。アレが無ければ、月プラットフォーム・ゲートウェイがここまで大きくなる事もなかったでしょうし」
地上と違い、常に宇宙空間の過酷な環境に晒される月プラットフォーム・ゲートウェイは、本来であれば膨大な費用と手間と資材を消費する。
それを解決したのが、ある程度の損傷、劣化であれば自己修復が可能な復元性セラミックと流動合金のフロウメタルを複合したメタルコート・セラミック。
そしてそれを制御することのできる天然のナノマシン、ケイ素古細菌。
初の地球外生命体は余すことなく技術転用され、人類史に名を刻むとともに、月探査財団の地位と財力を普遍のものとしていた。
「自己復元能力と考えれば、生物まであと一歩、と言ったところ……かな?」
「月プラットフォーム・ゲートウェイが、ですか?」
「極端に合理的だけど、すべてがその場の間に合わせ。実に生物進化的だと思わないかいクーリー君」
「そんなトンチキな見立てをするのは、教授だけなんじゃないですかね」
雑談をしながら、到着したマスドライバー・シャトルに接続されたチューブ状の搭乗橋を通り、月プラットフォーム・ゲートウェイのターミナル・ユニットへと歩き出した。
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