第2話 恋のキューピッド、調査開始(ただし方向音痴)

 親友・月詠雫の衝撃的な恋の告白から一夜。


 私の頭の中は、どうやって彼女の恋をサポートするか、その計画でいっぱいだった。


​(まずは情報収集だ! 敵……じゃなくて、お相手のことを知らずして、戦はできぬ!)


 ​登校するなり、私は隣の席の雫に向かって前のめりに尋ねた。


「ねぇ雫! その、好きな人のこと、もうちょっと詳しく教えてくれないかな? 私、力になりたいからさ!」


 ​私の爛々とした瞳に、雫は少しだけ気圧されたように瞬きをした。


「……詳しく、と言われても」


「ほら、見た目とか! 背は高いの? 髪型は? 爽やか系? ワイルド系?」


 ​私の勢いに、雫は少し考える素振りを見せる。その沈黙の時間すら、私にはもどかしい。


 早く、早くヒントを。名探偵アカネは、どんな些細な情報も見逃さないぞ。


 ​やがて雫は、ゆっくりと口を開いた。


「見た目……。最近、印象が変わった。髪型も、よく変えている気がする」


​(な、なるほど! 最近イメチェンしたお洒落さんってことね! 高校デビューを機にかっこよくなったタイプか!)


 ​私の脳内データベースが高速で回転する。入学してから、やたらとワックスで髪を立てたり下ろしたりしている男子がいたような……。


​「ク、クラスは!? 同じクラスの人だったりする!?」


「……うん。同じクラス」


​(ビンゴォォォ!!)


 ​私は心の中でガッツポーズをした。範囲がぐっと狭まった。同じクラスで、最近イメチェンした男子……。

 数人の顔が脳裏に浮かぶ。


​「も、もしかして部活とかは!?」


「それは……まだ、決めていないみたい。色々なところから誘われて、迷っている」


​(キタ! 決定的証拠だ!)


 ​私の脳内で、全てのピースがカチリとハマった。同じクラス。最近イメチェン。そして、運動部からも文化部からも引く手数多の人気者。 

 そんな人物、この1年3組には、一人しかいない。


​―――鈴木大和すずきやまとくん!


 ​彼は中学時代から有名だったらしい。

 サッカー部のエースで、顔も良くて、性格も明るい、絵に描いたような陽キャ中の陽キャ。 高校でも当然サッカー部に入るかと思いきや、「色々なことに挑戦してみたい」とか言って、まだ部活を決めかねているらしい。

 まさに「太陽みたいな人」という雫の表現にぴったりだ。


​(間違いない……! 雫の好きな人は、鈴木くんだ!)


 ​犯人を特定した名探偵のように、私は一人うんうんと頷いた。

 当の雫は、私の百面相を「?」という顔で見ていたが、そんなことは気にしない。


​「そっかそっかー! なるほどね、そういうことね! 了解した!」


「……何が」


「いーや何でも! 任せといて、雫!」


​ かくして、私の「雫と鈴木くんをくっつけよう大作戦」が、ここに始動したのである。


 ​最初のミッションは、お昼休み。

 いつも通り、私と雫は二人で机をくっつけてお弁当を広げていた。


​「雫のお弁当、今日も美味しそうだねー。卵焼き、綺麗」


「……茜のも。タコさんウインナー、可愛い」


 ​そんな和やかな会話をしている私の目は、獲物を狙う鷹のように教室の一角を捉えていた。

 ターゲット、鈴木くんはその仲間たちと楽しそうに談笑しながら、購買のパンを食べている。


​(よし、今だ!)


​「ね、ねぇ雫! あっち、席が広いみたいだし、みんなで食べない? ほら、高校生になったことだし、交友関係は広く! ね?」


「……? 私は、茜と二人がいい」


「そ、そんなこと言わずに! ほら、鈴木くんたちもこっち見てるよ! たぶん!」


 ​私が必死に合図を送るが、鈴木くんは全くこちらを見ていない。当たり前だ。

 雫は私の腕を掴むと、心なしか不機嫌そうな声で言った。


「……行かない。茜も、ここにいて」


「う、うん……」


 ​む、むむ……。

 雫は好きな人を前にすると、緊張して動けなくなっちゃうタイプなのかもしれない。なんて奥手で可愛いやつなんだ。


(大丈夫だよ雫……! 私がキューピッドになって、君の背中を押してあげるからね!)


 ​作戦その1は、あえなく失敗。


 だが、私、陽ノ森茜は諦めない。

 ​続く、5時間目の移動教室。次は理科室だ。

クラスのみんながぞろぞろと廊下を歩き出す。絶好のチャンス到来である。


​「雫、行こう!」


「うん」


 ​私は雫の手を引き、わざと少しゆっくり歩きながら、鈴木くんのグループが通り過ぎるのを待った。そして、鈴木くんの真後ろというベストポジションにつくことに成功したのだ。


​(完璧な布陣……! ここから私が少し雫の背中を押せば、偶然を装って鈴木くんとぶつかることができる! そこから『あ、ごめん!』『いや、俺こそ』みたいな、少女漫画的展開が生まれるはずだ!)


 ​私はタイミングを伺う。今だ。


「雫、ごめん!」


 ​そう言って、雫の背中をそっと……いや、結構な勢いで押した。


 しかし……。


​「――危ない」


 ​雫が鈴木くんにぶつかる寸前、雫は私の腕を引いた。鈴木くんとぶつかるどころか、私の攻撃――いや、この押した状態で、バランスを崩してるにも関わらず、私の手を引く余裕すら見せるなんて……。


 あんな反射神経あり?

 え、てか、どういうこと?


 雫は私をぐいっと自分の前に引き寄せると、そのまま何事もなかったかのように歩き出した。私の体は、雫と鈴木くんの間に完全にブロックされてしまった。


​「え、えっと、雫さん?」


「……廊下は、危ないから」


 ​そう言って、私の手をぎゅっと握りしめる雫。その横顔は、やっぱりクールで何を考えているのか読めない。


(もしかして……今はまだ、心の準備ができてなかったとか!? ご、ごめん雫! 私、ちょっと焦りすぎたかも!)


 ​空回り続ける私のアシスト。

 教室に戻る頃には、私はすっかり意気消沈していた。


​「はぁ……。恋のキューピッドって、難しいんだね……」


「……きゅーぴっど?」


 ​私の独り言に雫が不思議そうに首を傾げた。


「ううん、こっちの話! なかなか手強いね、鈴木くん攻略! でも大丈夫、明日はもっとすごい作戦を考えるから!」


 ​私が拳を握ってそう宣言すると、雫はますます眉間に皺を寄せた。


​「……すずきくん、って誰」


​「え?」


​ 一瞬、思考が停止する。


 え、今、なんて?


​「いやいや、鈴木くんは鈴木くんだよ! ほら、サッカー部の!」


「……ああ。鈴木大和」


「そうそう! って、え、もしかして雫、好きな人の名前、忘れたりとかしてないよね!?」


「……してない」


 ​むー、と少しだけ頬を膨らませる雫。


(あ、やばい。今の、ちょっと可愛かった)


 ​じゃない!

 なんだろう、この噛み合わない感じは。

 でもまあ、好きな人の名前を他人に聞かれて、とぼけちゃうのはよくあることだよね。

 照れてるんだな、きっと。


​「だよね! よーし、明日こそ頑張るぞー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る