第3話 デート服?選びは前途多難!
「――というわけで、雫! 今度の週末、買い物に行きましょう!」
金曜日の放課後、私は机を乗り出し、親友にそう宣言した。
私の頭の中では、完璧な作戦計画が構築されている。その名も、「雫の女子力アップで鈴木くんをメロメロにしちゃおう大作戦」だ。
(クールビューティーな雫が、もし可愛い服なんて着たら……! 鈴木くんだって、そのギャップにイチコロのはず!)
我ながら完璧な作戦にうっとりしていると、雫はぱちくりと目を瞬かせた。
「……買い物? 茜と?」
「そう! 二人で!」
「……うん、行く」
即答だった。あまりにもあっさりとした快諾に、私が一瞬拍子抜けする。てっきり「面倒」「興味ない」とか言われると思っていたのに。
(そ、そっか……! やっぱり雫も、好きな人のためにはオシャレしたいんだ! 健気! 可愛い! 親友、尊い!)
私の脳内では、すでに雫へのリスペクトが天元突破していた。
そして迎えた日曜日。
待ち合わせ場所に現れた雫は、シンプルな白いシャツに黒いスキニーパンツという、いつも通りのクールな出で立ちだった。
うん、これはこれで最高に麗しい。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこ。……それで、今日はどこに行くの」
「ふっふっふ。それはもちろん、私たちの戦場……ショッピングモールよ!」
私がビシッと指さした先には、駅前にそびえ立つ巨大なショッピングモール。
今日の私は、ただの陽ノ森茜じゃない。親友の恋を勝利に導く、敏腕軍師なのだ。
意気揚々とモールに乗り込んだはいいものの、早速、軍師アカネは壁にぶち当たることになった。
「ね、ねぇ雫! ほら、あそこのお店とかどうかな!? スポーティーな雑貨がたくさんあるよ!」
私が指さしたのは、有名スポーツブランドのショップだった。
「鈴木くん、サッカーやってたし、こういうオシャレなタオルとかプレゼントしたら、喜ぶんじゃないかなって!」
「……なぜ、私が鈴木に贈物を?」
雫が、心底不思議そうな顔で首を傾げた。その瞳は「あなた、本気で言ってる?」と雄弁に物語っている。
(しまった! 先走りすぎた!)
「い、いやいや! これはリサーチ! そう、リサーチだよ! 世の男子がどういうものを好むのか、市場調査をするの! 今後のためのね!」
「……ふぅん」
納得したのかしていないのか、曖昧な返事をする雫。
その後も、私が「鈴木くんが好きそうな」メンズも扱うユニセックスな服屋や、スタイリッシュな文房具屋を提案するたびに、雫は静かに首を横に振るのだった。
「……茜は、ああいう店が好きなの?」
「へ? ううん、私は別に……。やっぱり、雫の服を見に行こう!」
半ばヤケクソで、私は一番近くにあった、いかにも女の子らしい、ふんわりとした雰囲気のレディースファッションの店に雫を引っ張り込んだ。
店内にはパステルカラーのワンピースや、レースのついたブラウスが並んでいる。
正直、雫のイメージとは正反対だ。
(まあ、でもギャップ萌えって言うし……!)
「あ、このワンピースとかどうかな? 水色で、爽やかで……」
私がハンガーにかかっていたワンピースを手に取って、雫の体にそっとあてがう。それは、ウエストがリボンで絞られ、裾がふわりと広がる、典型的な「お嬢様系」のデザインだった。
すると、今まで服に全く興味を示さなかった雫が、じっとそのワンピースを見つめた。
そして、ほんの少しだけ、本当に微かに、その表情が和らいだように見えた。
「……試着、してみる?」
「うん」
こくりと頷いた雫は、ワンピースを手に試着室へと消えていく。
私はドキドキしながら、カーテンの前で待った。数分後、がさがさと布の擦れる音のあと、「……終わった」という小さな声が聞こえた。
「じゃ、じゃあ開けるよ?」
ゆっくりとカーテンを開いた瞬間、私は息を呑んだ。そこに立っていたのは、いつものクールな月詠雫ではなかった。
ふわりとした水色のワンピースは、彼女の白い肌と黒髪をより一層引き立て、まるで物語のお姫様か、どこかの天使のように見えた。
いつもは隠されている華奢な手足が、なんだか見てはいけないもののような気さえしてくる。
「……ど、どうかな」
「す、すごい……。し、雫……モデルさんみたい……」
私の口からこぼれたのは、何の捻りもない、あまりにも素直な感想だった。
すると、雫は少しだけはにかんだように俯き、ワンピースの裾をきゅっと握った。
「……じゃあ、これにする」
「え、いいの!? 結構、雰囲気違うけど……」
「茜が、似合うと言ったから」
その言葉に、私の胸がきゅんと鳴った。
(か、可愛い……! 親友、マジで可愛い……!)
そして、すぐに本来の目的を思い出す。
「そ、そっか! そうだよね! これなら鈴木くんも絶対見惚れるよ! 一発KO間違いなしだ!」
私が親指をぐっと立てると、雫はむっと少しだけ眉を寄せた。
「………………」
雫が何かを小さく呟いた気がしたけど、レジへ向かう彼女の嬉しそうな背中を見ていると、私の耳には届かなかった。
買い物の帰り道、私たちは二人でクレープを食べていた。
「いやー、今日はいい買い物ができたね! これで雫の女子力も大幅アップだし、鈴木くんへのアプローチもバッチリだ!」
私がホイップクリームを口の周りにつけながら満足げに言うと、雫は何も言わずに、自分のクレープについていたナプキンで私の口を拭ってくれた。
「……んぐっ」
「……茜は、そそっかしい」
「う、うるさいな!」
顔が熱い。これはきっと、夕日のせいだ。そうに違いない。
雫は、買ったばかりの店の紙袋を宝物のように大切そうに膝の上で抱きしめていた。その姿を見て、私はまた胸が温かくなる。
(よかった。雫が喜んでくれて)
そんなことを考えていると、雫がぽつりと言った。
「……この服、今度、茜と出かける時に着る」
「へ? デートの時に着るんじゃないの!?」
私の驚きの声に、雫はきょとんとした顔でこちらを見る。
そして、ふわりと、本当に花が綻ぶように優しく微笑んだ。
「茜と出かけるのが、デートだから」
「…………へ?」
時が止まった。
え、今、なんて? デート? 誰と? 私と? いやいやいや、そんなわけない!
「ま、まあ! そうよね! 本番の前に、練習で着ておくってことよね! なるほど、用意周到! オッケー、任せて!」
きっとそうだ! 私を鈴木くんの代役に見立てて、デートの予行演習をしたいんだ。
なんて健気で、なんて努力家なんだ、私の親友は。
「うん、お願い」
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