悪鬼


「おらぁ、俺を誰だと思ってる!」


「ザケンな、俺はジークの伊澤だぞ。ケンカ上等、いつでも買ったるわ!」


「夜叉烏ナメんなー!」


「グハッ、腕が!」


「ゲーなんちゅう強さだ!」


 体育館内は、全てが戦場と化していた。



 多くの者が声を荒げ、そして無残に踏み潰されていく。バトルロワイヤルの様装を呈しつつあった。



「ほらほら、ここは通行止めだ。警察なんかの介入はゴメンだからな。無論教師、一般生徒の通行も禁止させて貰う」


 そこでの通行は、幾多の荒くれに規制されていた。


 つまりそこは檻の中、逃げ出すことも許されない状況だった。



「嫌だよ、どこか安全な場所はないの?」

 その戦場を、少年は必死に逃げ惑っていた。



「そ、そこに壁際に」

 恐る恐ると壁際に身を潜める。


「来るんじゃねーぞ、このハンチク小僧。ここは俺らの貸切だ」

 だが近くの男の蹴りで、後ろに吹き飛ばされた。



 壁際は戦場から回避する、争いとは無縁の一般生徒で目いっぱいひしめいていた。


 誰も彼もが、自分の保身で精一杯。他人に手を差し伸べる余裕などなかった。





「“シュウ”、お前はどこにいるんだ? 俺はここに入学したぞ。お前の後を追って、このオークのステージに」


 その戦場のただ中、黒髪をオールバックに撫で付けて、耳に幾つものピアスを付けた小柄な男が、なにかを探すように辺りを見回していた。


 穏やかな澄んだ眼光と、全てを包むような覇気を纏った男だ。



 男の名は“大野朝陽おおの あさひ”。帝王中学出身の猛者で、幾多の武勇伝を創り“魔王の右腕”と揶揄された男だ。



「てめー、大野だな? てめーの首さえ獲れば、俺らは一躍有名人。その首譲り受ける」


「俺たちゃ平木中の者。おめーの首程、価値のあるもんはねーからな」

 不意にその前方に数人の男が現れた。別の中学出身の派閥らしい。

 強く握り締める拳、身から放つ覇気。大野の首を獲ろうと躍起になる面々のようだ。



 しかし大野は興味をそそられない。やはりキョロキョロと辺りを見回すだけ。


 その目の前に、ひとりの生徒が立ちはだかった。


「野郎、シカトとはナメられたもんじゃのう!」

 それは巨漢のスキンヘッドの男。

 右拳を振りかざし、大野目がけて繰り出した。


 大野の視線が光を帯びる。


「邪魔だ、見えねーだろうが!」

 すかさず右拳を握り締めて、巨漢顎にアッパーパンチを打ち放つ。


 巨漢の身体が宙に舞う。やがて地響きと共に崩れ落ちた。



 それは鮮やかな展開だった。大野と巨漢の体格差は誰の目にも明らか。優に倍近くの体格差はあった。

 それがこうも簡単に打ち倒されるとは思いもしないこと。


 戦いを仕掛けた平木中学の面々も、少しばかりたじろぐ様子。


「くそっ、流石は大野。一筋縄じゃいかねーか」


「だが、ここで引く訳にはいかん!」

 それでも我が身に気合を籠めて、大野と対峙する。



「なんじゃてめーら。朝陽の首を獲るだぁ? 上等こいてんじゃねーぞ!」


「アッキはウチらの頭なんじゃ、指一本触れさせんぞ!」

 その間に立ち塞がるように、別の男たちが現れた。


 それは大野の仲間たちだ。

 大野は伝説の荒くれ。従える兵隊の数では、他の猛者に引けを取らない。



「問答無用、ケンカじゃ!」


「上等だよこのガキが。返り討ちにしてやるぞ!」


 こうして帝王中学派閥と平木中学派閥の抗争が開始される。


「チッ。仕方ねーな」

 ボソリと呟く大野。こうなれば相手が納得するまで戦うしか術はないだろう。


「そんなに倒して欲しいなら、相手してやるよ!」

 拳を握り締めて、争いの渦中におもむく。


 それでもその視線は、どこか寂しげ。

 覚めたように、目の前の敵に襲い掛かっていった。


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