堕天使


「ギャー、誰かこいつを止めてくれ!」

 突然ひときわ大きな悲鳴がとどろいた。



 それは体育館中央。そこに大きな人だかりができていた。

 その多くの生徒が見つめる視線の先では、異様な光景が広がっていた。


 そこには多くの生徒たちが、傷だらけで倒れ込んでいる。


 そしてその中央部で、幼く見える小柄な生徒が、誰かに馬乗りになって拳を打ち続けている。


 真新しい制服の割には黒髪はぼさぼさだ。その間からのぞく視線はギラギラ輝いている。

 口元に笑みを浮かべ、返り血で真っ赤に染まっていた。


 なにより強烈なのは、その生徒が放つ醜悪な異臭。おぞましいような、獣じみた臭い。



 殴られるのは、髪をソフトモヒカンにした、ガタイのいい筋肉質の生徒。

 すでに意識はない。顔面はぼこぼこ。血で真っ赤に染まっている。



「誰か、そいつを止めてくれ!」

 それを止めさせようと、ひとりの生徒が叫ぶ。察するにソフトモヒカンの仲間のようだ。

 血まみれで床に仰向けに倒れ込み、必死に腕を伸ばしている。



「だーってろ」

 しかしその身体が、誰かに足蹴にされて封じられた。


「そもそも最初にケンカ売ってきたのは、てめーらなんだぜ。おとなしくしてくれなきゃ、俺だって容赦しねーからな」

 足蹴にしたのは、右手に木刀を構えた金髪の少年だ。

 その木刀は、血で真っ赤に染め抜かれている。



「そうやって己の無様さ、噛み締めとけよ。いくら数で圧倒しようと、俺ら2人には勝てない事実、実感しろよ」



 ソフトモヒカンたちを壊滅に追いやったのは、この金髪と黒髪だった。


「……くっ」

 足蹴にされる生徒は、返す言葉さえない状況だった。



「ぐぎゃぎゃぎゃ!」

 耳障りに響き渡る、黒髪の笑い声。


 多くの者たちは、その笑い声に聞き覚えがあった。


 この少年の名は東雲斗馬しののめ とうま。岩城統合中学の覇者にして、ヤクザさえ手玉に取る悪たれで有名な少年。



 現に最近も、近隣のヤクザをノイローゼに追い込んでいる。


 ヤクザの娼婦を寝取り、組事務所から狙いを付けられていたのだ。

 だが東雲は逆に地下に潜り、その組の組長を四六時中監視することを選んだ。


 それでその組長はノイローゼになり、東雲を仕方なしに手打ちにしている。


 それがついさっきの出来事。おそらく東雲は、その足で入学式に臨んだのであろう。


 数週間闇に潜んでいたから着の身着のまま、風呂にも入っていないから臭い。強烈な悪臭が辺りに漂っていた。



 東雲の勢いは衰えることはない。ただ笑いながらソフトモヒカンを殴り続けるだけ。ヘタしたら殺しかねない恐れさえあった。


「キミ、もうやめないか!」

 それには黙って見ていた教師も危機感を覚える。

 すかさず駆け出し、東雲の肩に腕を回した。



「俺に触るんじゃねー!」

 咄嗟に振り返り、拳を繰り出す東雲。


 それで教師の顔面が弾ける。反動で床にしりもちを付いた。



 辺りを愕然とした空気が包み込む。

 誰もが困惑した視線を向けていた。



 それらをしり目に、東雲が立ち上がった。

 血でまみれた顔を右腕でふき取り、ゆっくりと辺りを見回す。



「このガッコー、面白いよな。こんだけの悪党が顔を揃える光景は、滅多にないだろうしな」


 一瞬、場が沈黙に包まれる。


 恐ろしいほど静かで、堪らぬ緊張が張り詰める。




「問答無用、全てをぶち壊して最強を決めようぜ!」



 その抑揚ない台詞で、多くの生徒たちはトランス状態に陥る。


 昂揚したように、目の前の男を殴り始める。

 怒りに震え、返り討ちを浴びせる。



 その誰もが、運命に駆り立てられるように目の前の敵を打ちのめす。



 既にそこに、学園としての威厳も体裁も見えなかった。


 誰もが痛感していた。この学園は修羅の住む場所なんだと。修羅が集い、争い、焦土と化した、草木も生えぬ荒野なのだと。



 まさに戦国乱世。平和など望んではいけないと……





 そしてその他にも、幾多の荒くれの姿がそこにはあった。



「へへっ、やっぱおもしれーよな、このガッコー。ワクワクしてくるもんよ」

 その戦場を興味深そうに眺める、短い銀髪の男。


 口に煙草をくわえ、幾多の男を足元にひれ伏せている。


 この男、後に暴走族集団、本牧レジェンド特攻隊長を務める男、“大瀬良拓未おおせら たくみ”。




「馬鹿なジャップなど、ミーの拳で一撃だぜ」

 体育館中央で嘲るように、男達を次々と薙ぎ倒していく、金髪に青い瞳の逞しい欧米系の男。


 アメリカ海兵と日本人女性のハーフで、白咲中学の覇者、新開しんかいアンディ。




「馬鹿じゃねーの? これは始まりにすぎねーだろ。最初から本気出していく馬鹿なんか無視するに限るぜ」

 壁際にもたれ掛かり、覚めたように見つめる金髪をハリネズミのように逆立てた男。


 ヤクザ顔負けの手段を選ばぬ男、“鳳仙了ほうせんりょう”。



「ほらどうしたよ? そんなんで中学でトップの存在だったの。笑っちゃうね」

 床にうずくまる男を、執拗に蹴り続ける小柄なボーズ頭の男。


 自分の台詞に酔っているのかその行為はとどまることを知らない。


 古戸中学出身の武闘派。“朝倉勇次あさくらゆうじ”。


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