第24話
夕刻の講義棟。普段なら人影もまばらになる時間に、異様な熱気が漂っていた。
「医師に責任はあるのか?」——その一言を掲げ、颯真が呼びかけた自主討論会。
半ば噂のように広まった呼びかけに、学生二十数名、さらに数人の教授までもが足を運んでいた。
円卓形式に並べられた椅子。緊張した面持ちで座る学生たちの中に混じって、白衣姿の教授が腕を組んでいる。
——異例の光景だった。
司会役を買って出た若い教授が静かに言った。
「それでは始めましょう。テーマはただ一つ——“医師に責任はあるのか”。議論は自由に。ただし敬意を持って」
最初に口を開いたのは、真面目な印象の男子学生だった。
「法律的には、医師は責任を負います。医療過誤があれば訴訟になり、裁かれる。だから“ある”に決まっています」
すぐに隣の女子学生が反論する。
「でも、すべてを医師個人に押しつけるのは酷ですよ。今はチーム医療です。外科医だけじゃなく、麻酔科医も看護師も関わっている。責任はシェアされるべきです」
別の声が飛ぶ。
「それでも患者や家族は“主治医に責任を取れ”って言うんです。現実に裁かれるのは個人なんですよ」
議論は加速していく。
「患者の同意書って、責任を患者に戻す仕組みじゃないですか?」
「いや、同意したって、やっぱり医師は逃げられないでしょ」
「でも責任を怖れて守りに入ったら、新しい治療なんて誰もできない」
熱を帯びた声が交錯し、教室の空気はどんどん重くなっていった。
一人の教授が静かに口を開いた。
「君たちの言うことは正しい。責任はある。だが、それを一人で背負うのは不可能でもある」
学生の一人が苛立ったように言い返す。
「じゃあ結局、誰が責任を負うんですか? 病院ですか? 制度ですか?」
教室の空気がざわめき、誰も明快に答えられなかった。
責任の所在は、制度、組織、個人の間で揺らぎ続け、収束の糸口が見えない。
その間、颯真は一言も発さず、ただ黙って聞いていた。腕を組み、時に目を閉じながら。
議論は一通り尽くされた。誰もが疲弊したように息をつき、教室に一瞬の静寂が訪れる。
そのとき、颯真がゆっくりと立ち上がった。
声を荒げず、むしろ低く、抑制された声音で言葉を落とす。
「……もし医師が“責任を持たない存在”であろうとするなら」
学生たちの目が一斉に彼に向けられた。
「そのとき、医師はAIの“下位互換”にしかならない」
ざわめきが一気に広がる。
「どういう意味だ?」
「AIと比べるなんて……」
「責任とAIを結びつけるなんて、強引すぎる」
声が錯綜する中で、颯真は微かに首を振った。
「……詳しくは後に話しましょう。ただ一つだけ言えるのは——責任を恐れて逃げる医師は、近い将来必ずAIに取って代わられる、ということです」
その一言を残して、颯真は黙った。
議論は再び渦を巻き始めた。賛成、反発、戸惑い、怒り。
だが誰も彼の言葉を無視できなかった。
——この討論は、まだ始まったばかりだった。
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