第23話
年度末は容赦なく忙しかった。連日の試験、追い込みの課題、教授陣の容赦ない質問。どの学生も睡眠を削り、図書館の灯りは夜更けまで消えることがなかった。
颯真もまた、その流れの中にいた。ただし彼の姿勢は周囲と少し違っていた。焦燥に駆られることはなく、静かに机に向かい、知識を無駄なく整理し、必要な部分を最短で頭に刻みつけていく。まるで積み木を組み立てるように。そんな姿がかえって目立ち、「教授」とあだ名されるのも当然だった。
試験期間が終わると、数日の静かな空白が訪れた。そして、ある朝。
学内ポータルサイトに「進級可否結果」が公開される。通知を知らせるメールがスマートフォンに届き、学生たちは一斉にアクセスしていた。
颯真も部屋でPCを開き、画面を確認する。
そこには短い文言が並んでいた。
——進級可:4年次へ。
ただそれだけの文字列。
紙に名前が並ぶ時代ではない。だがその無機質な文字列が、これまでの努力の積み重ねを静かに肯定していた。
胸の奥に小さな熱が広がる。
安堵。確かに一歩進んだという実感。
そして春が来た。
桜の花びらが風に舞い、新入生の笑い声が校舎に響く。キャンパス全体がどこか浮き立ち、学生も教授も、わずかに肩の力を抜いていた。臨床実習を前にした4年生たちでさえ、試験の緊張から解放されて気が緩んでいた。
颯真自身も、わずかにその空気に身を委ねていた。ここまで来られたという安堵。冷静な表情を崩すことはないが、心の奥底には「ひとつ山を越えた」という達成感があった。
——だが、その油断を現実は無慈悲に切り裂いた。
彼がふと目にした表示。
そこには、無機質に「余命2年」と刻まれていた。
ほんの少し前まで「3年」とあったはずの数字が、一段階減っていた。
一瞬、思考が止まる。胸の奥に冷たい水を流し込まれたような衝撃。呼吸が浅くなり、視界の端が揺らぐ。
(……確実に進んでいる)
希望的に「進行は止まっている」と思い込みたかった自分。その甘さを、冷酷な現実が打ち砕いた。数字は嘘をつかない。緩やかに見えても、確実に進んでいる。
颯真は机に手をつき、しばらく深く息を整えた。周囲のざわめきは遠のき、時間だけが重たく流れる。
やがて静かな結論が胸に沈んだ。
——悠長に構えてはいけない。
——思考を先延ばしにしてはいけない。
今ある日常は、砂時計の砂のように淡々と失われていく。気づけば、残された猶予は目に見えて縮んでいる。
その認識は鋭い棘のように彼の内側に突き刺さった。逃げ場も慰めもない。ただ現実を見据えるしかなかった。
颯真はゆっくりと息を吐き、背筋を伸ばした。表情に大きな変化はない。だが心の奥底で、これまで以上に強い覚悟が芽生えていた。
もう間に合わないかもしれない。だからこそ、立ち止まることは許されない。
その決意は、やがて討論の場で言葉となり、浮き足立った新年度の空気に冷たい刃を突き立てることになる。
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