第4章:視点
私たちはしばらく見つめ合った。赤髪の少女はますます好奇心を示し、一歩前に踏み出した。
ようやく我に返った私は、慌てて体をひねり、森の中へと走り出した。
「フラプス!! ガゼ、ガゼ!」
彼女は腕を伸ばして私を呼んだが、何を言っているのかまったく分からない。どうすればいいのか分からず…前に言葉が通じなかったせいで誘拐されて殴られたことを思い出す。
今はそんな状況ではないと思うけど、この姿のまま人と関わればまた危険な目に遭うかもしれない。しかも、相手の言葉もまったく理解できない。
完全に迷っていた。今は接触を避けるのが一番かもしれない。情報も知識もまだ全然足りないから。
そんなことを考えているうちに走る速度が落ち、まるで彼女の話を聞こうとしているように見えたらしく、少女の顔に無邪気な笑顔が浮かんだ。だがすぐに私はまた走り出す。彼女は叫びながら後を追ってきて、小さな小川を渡り、美しいドレスを濡らした。
彼女は持っていた籠を放り投げて、必死に追いかけてくる。どうしてそんなに必死なの!? 怖い!
いや…私は今、竜の血を引く身。普通の人間よりもずっと強い。こんな少女を恐れる必要はない。少しぐらい話を聞いても大丈夫だろう。
速度を落とすと、彼女はすぐに追いつき、息を切らしながら私の肩に手を置いた。体を折って荒く息を吐いている。そんなに走ってないのに、どうしてこんなに息が上がっているの?
顔を上げた彼女は、息を弾ませながらも大きくて可愛らしい笑顔を見せた。顔はほんのり赤く、息苦しさで頬が染まっていて…余計に可愛い。
これは危険だ…この人、すごく危ない! 気を抜いたら一瞬で恋に落ちてしまいそう。近くで見ると、思っていたよりずっと美しい。
私もそれなりに整った顔立ちになったけど、彼女の前ではまるで濡れた子犬みたい。
「ビズ・カッサン・パガ」
彼女は古びたドレスを持ち上げ、私に差し出した。……もしかして、裸でいる私を心配してくれたの?
あっ。
そのことを思い出した瞬間、私は慌ててしゃがみ込み、体と真っ赤な顔を腕で隠した。そして数秒後、彼女からドレスを受け取って木の後ろへ駆け込んだ。
恥ずかしい!! すっかり忘れてた……。
でも服をくれたってことは悪い人ではないはず。彼女もちゃんと私が着替えるのを待ってくれている。正直、彼女が何を考えているのかは分からない。私の姿を見ても気にしていない様子で、それが逆に気まずい。
とりあえず様子を見よう。危なくなったら全力で逃げればいい。
急いでドレスを着た。腕の部分で少し手間取ったけど、なんとか入った。ひと言で表すなら「田舎娘」って感じ。昔の庶民が着ていたような服。よく見ると、赤髪の彼女も似たような格好をしている。
おそらく彼女のお下がりだろう。少しざらついていて、ところどころ破れている。
でも、なんだか気に入った。今の私はまさに「田舎の娘」って雰囲気!
……しまった、考え込みすぎて待たせてるの忘れてた。
木の後ろから出て、彼女の前に立つ。もしかしてまだ鱗に気づいていないかもと不安になり、腕を背中に隠した。
彼女は私を上から下まで見て、子どものような好奇心いっぱいの笑みを浮かべた。恥ずかしくて目をそらす。
初めてこんな服を着たのに、その反応?
彼女は近づいてきて、私が隠していた手を取って、また笑った。
「バスル・カズ・ナカ、“リリー”。パルサラン・ゲド?」
……自己紹介してる? ということは、この子の名前はリリー。
でも一番驚いたのは、彼女が黒い鱗のついた私の手を何のためらいもなく握ってくれたことだった。
「えっと、ごめんね。あなたの言葉、分からないの。私の名前は星野八重花(ほしの・やえか)です。」
できるだけゆっくり、はっきりと話す。でもリリーは首をかしげ、きょとんとしたまま。
「ええと……ヤ〜エ〜カ、です。」
自分を指さしながら、別の言い方を試すと、彼女は興味深そうな顔でこちらを見つめた。
「ヤーカ?」
言いにくそうに何度か繰り返す彼女の姿が子どもみたいで、思わず吹き出してしまった。
手で口を隠しながら笑う。
「ふふっ、ごめん、ごめん。」
顔を赤らめた彼女はぷいっと横を向いて、可愛らしく頬をふくらませた。……本当に可愛い。見た感じ、私と同じくらいの年齢で、しかも優しい。……この子と結婚できないかな?
彼女の手を離し、私は小川のほうへ向かった。よく分からないまま、彼女もついてくる。
私はさっき彼女が投げた籠を拾って返した。
「さっき逃げてごめんね、リリーさん。ちょっと怖くて。」
彼女は首をかしげて、私の言葉を不思議そうに聞いていた。どうせ通じてないけど、悪いことをしたなら謝るのが礼儀だ。
リリーはにっこり笑い、私の横を通って再び小川を渡る。今度はドレスの裾を持ち上げて濡らさないようにしていた。向こう岸に腰を下ろすと、板を半分水に沈め、籠の中から布を取り出して石鹸でこすり始めた。
なるほど、洗濯をしに来ていたのね。そこへ裸で果物をむさぼる女を見つけて、心配して服をくれた…というわけか。
私も真似して川を渡ったが、身長が少し低いせいで裾が少し濡れてしまった。
「カスル・パラク・ガ・フォスフォ・リダ・グスリル。」
彼女は私に声をかけたが、こちらを見ない。多分「ちょっと待ってね」みたいなことを言ってるのだろう。終わるまで待って、それからついて行こう。
彼女は危険を冒すようなタイプには見えない。きっと近くに村があるはず。
私は少し離れて座り、彼女の作業を見守った。手伝おうかと思ったけど、やめた。
この手じゃ服を破いちゃうし、手洗いなんてやったことない。邪魔になるだけだ。
彼女は歌うように鼻歌を歌いながら洗っていた。柔らかくて優しい旋律で、思わず聞き入ってしまう。
三枚目を洗い終えるころ、また何か話しかけてきた。もちろん意味は分からないけど、嬉しそうに話していた。
「ウズタフ・カリス・パドゥ・ハマテラテ・ガドゥル・フォルコス。」
三十分ほど経つと、彼女は洗った服とブーツを籠に入れて立ち上がった。私も立ち上がると、彼女は来た方向を指さした。
「カシン・リト・マルクス」
「ついてこい、ってこと?」
彼女は首をかしげて、またあの可愛い顔をした。……可愛すぎる。
彼女が森の方へ歩き出すので、私はその後をついていく。数分歩くと、踏みならされた細い道に出た。歩きやすい。
この道、慣れてるみたい。もしかして森で遊ぶのが好きな子?
歩きながら、彼女はまたいろいろ話しかけてくる。何を言ってるか分からないけど、すごく楽しそうに喋ってる。……何かあったのかな。でも楽しそうなら、それでいいか。
そんなことを考えていると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。……パンの匂い?
それに混じって、いろんな料理の香りもする。耳を澄ますと、人の声も聞こえる。もうすぐ着くみたい。
茂みを抜けると、高い枝に吊るされた奇妙な装飾品が目に入った。
ネックレスやお守りのような民芸品で、不思議な模様が刻まれている。きれいだけど、なぜか近づくと嫌な感覚がする。
……魔除け? 私は今、半分モンスターみたいなものだから、そりゃ反応するかも。
私が知ってるファンタジーの話では、モンスター除けといえば壁とか魔法陣とかだけど、実際はこういう小物でも十分なのかもね。
茂みを抜けると、広場のような開けた場所に出た。家がいくつも建っていて、人々が行き交い、子どもたちが走り回っている。
まさしく「村」って感じ。大きくはないけど、活気があってにぎやか。
見える範囲だけでもかなりの数の家がある。きっと八百人くらいは住んでるんじゃないかな。
ただ、森に囲まれていて、まるで檻の中みたい。
見慣れない光景に見とれていると、リリーは近くの家に入っていった。扉が閉まり、私は取り残される。
……え? 置いてかれた?
中から彼女の声が聞こえる。年配の人と話してるみたい。ここがリリーの家なのかな?
しばらくすると、彼女は外に出てきて、太陽のような笑顔で言った。
「グズル・マト。」
そう言いながら村の奥を指差し、歩き出す。……またついてこいってことね。
私はまるで母アヒルに続くヒナのように、彼女の後ろを歩いた。中世的な雰囲気のある村で、とても面白いけど……
人が多すぎる! 普段は明るい性格なのに、今は人の多さにびっくりしてしまう。
しかも、みんなが私を変な目で見てくる。
本当にここにいて大丈夫なの? 追い出されたりしないよね……?
リリーに挨拶する人もいて、そのたびに私の方をちらっと見て何か話していた。意味は分からないけど、あんまりいい印象ではなさそう。
言葉の問題、早くどうにかしないと。
でも真剣に学んでも一年半はかかるかも……。
しばらく歩くと、二階建ての大きな屋敷の前に着いた。村の中では明らかに浮いている豪邸だ。
この家の持ち主、絶対に金持ちだ。
でも正直な感想を言うなら――私はこの家が嫌いだ。
理由は簡単。
庭いっぱいに花や草木が咲き乱れていて、匂いが強すぎる。良い香りなのに種類が多すぎて、鼻が痛くなり、頭がくらくらする。
つまり、すごく気分が悪い。
「ブアスル、ハティル!」
リリーが優しく扉を叩き、誰かを呼んだ。待っている間、私は視界の端で石垣の陰から覗いている子どもたちに気づく。
私に興味津々のようで、目が合った瞬間、慌てて逃げていった。
……まあ、無理もないか。今の私、目が少し怖いもんね。
ちょっと寂しいけど。
扉が開き、リリーをにこやかに迎える老人が現れた。彼はリリーより少し背が低く、白髪で、頬が赤くて丸い。……サンタクロースみたい。
二人は少し話した後、老人は中へ招いた。リリーはうなずき、私の手を取って中へ引っ張った。
……入っていいの? 知らない人の家に入るの、人生初なんだけど。母さんに怒られそう。
中は古いけど上品な装飾で、まるでヴィクトリア調の部屋みたい。
落ち着いた雰囲気で、少し安心する。
案内された部屋には、花とお茶の香りが満ちていた。……このおじいさん、花が好きなのかな?
そして――その部屋の中央に、私の目を釘付けにする存在がいた。
……尖った耳。
重そうな服を着て、椅子に座るその人物。長く伸びた耳が印象的で――
エルフだ!!
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