クズな彼女に振られた俺が、美少女なクラスメイトと付き合えたわけ

譲羽唯月

【短編】失った思い出と決別した日

 春風が学園の桜並木をそよそよと揺らし、新学期の活気が校庭を彩っていた。

 学園の校門をくぐった斉藤葉月さいとう/はづき、十七歳、高校二年生。


 葉月は制服のポケットからバイブ音が聞こえ、その場に立ち止まる。取り出したスマホを片手に持ち、画面を見つめた。

 そこには、かつて心を許した相手――彩音あやねからの無情なメッセージが表示されていた。


【ごめんね、葉月。全部、遊びだったの。だから、昨日で関係は終わりね。というかさ、私があんたみたいな陰キャと本気で付き合うわけないでしょ? まあ、そういう事だから。新学期からは廊下で出会っても話しかけてこないでね】


 その言葉は、鋭い矢のように葉月の心を貫いた。


 去年の文化祭の準備期間中に、笑顔で話しかけてきた彩音と出会い。

 それからの半年間、葉月にとって初めての恋であり、青春だった。


 夜遅くまで電話で語り合った出来事や、彼女が見せてくれた楽し気な笑顔。それらすべてが偽りだったという現実を知り、葉月の心は冷たい闇に包まれた。


「ねえ、今年のクラスは誰と一緒かな? 楽しみすぎるんだけど!」

「それな! ほら、彩音、名簿があそこに貼ってあるよ!」

「え、ほんとだ!」


 校舎の昇降口から弾けるような声が響く。

 葉月がスマホ画面から顔を離すように上げると、そこには彩音の姿があった。彼女の隣には、見知らぬ男子が寄り添い、楽しげに笑い合っている。

 雰囲気的に、新しい恋人かもしれない。その光景は、葉月の胸に重い石を落としたのだ。

 自分が、彼女にとってただの使い捨ての駒だったと突きつけられたかのように。


 後で耳にした噂では、彩音は友達との罰ゲームで葉月と付き合っていただけらしい。

 葉月は二股をかけられ、最初から本命ではなかったのだ。

 知れば知るほど、悔しさと虚しさが胸を締め付けた。


 新しい教室に足を踏み入れても、葉月の心は曇ったままだった。幸い、彩音とは別のクラスだったが、教室の賑わいに溶け込む気力はなかった。

 葉月はただ席に座り、周りからは楽し気な会話が響く中、窓の外に広がる桜の景色をぼんやりと眺める事しか出来なかったのだ。




 その夜、葉月は自室のベッドに横たわり、スマホを手に過去のメッセージを読み返していた。

 彩音の言葉の一つ一つが、冷笑を帯びているかのように感じられた。

 あの優しい言葉も、親切そうな態度も、すべて葉月を弄ぶための演技だったと思うと絶望でしかない。


「くそッ、なんで俺だけこんな目に……」


 ベッドで仰向けになっていた葉月はイライラしながら上体を起こすと、拳を握り、決意を固めたのだ。

 手にしているスマホの画面をタップし、彩音とのメッセージをすべて消去する。


 画面から彼女の痕跡が消えると同時に、心の奥に小さな解放感が芽生えた。

 過去の傷は消えないかもしれない。けど、それを抱えたまま立ち止まる必要はないと、葉月はそう自分に言い聞かせ、跡形もなく消え去った彩音とのメッセージボックスを見て、清々するのだった。




 翌日の昼休み。葉月は学校の購買部で購入したパンを食べ終えると、学園の図書室へ向かった。

 騒がしい教室から離れ、静かな空間に身を置きたかったからだ。


 葉月は本棚の間を歩き、ふと目に留まった一冊に手を伸ばした瞬間、隣にいた誰かの指と触れ合った。


「うわ、っと、ごめん!」

「こっちこそごめんね!」


 慌てて謝る葉月の視線の先には、星野悠乃ほしの/ゆのがいた。

 学園で知らぬ者はいない美少女。長い黒髪がさらりと揺れ、透き通った瞳が柔らかく微笑んでいる。彼女の穏やかな雰囲気に、葉月は一瞬言葉を失った。


「この本って、葉月くんが先に取ったよね? はい、譲るよ」

「え、いいの?」

「うん。葉月くんが読みたい本なんでしょ?」

「あ、ありがとう……」

「でも、私も読みたいから、後で貸してね」

「わ、分かった」


 悠乃の無垢な笑顔に、葉月の心臓がドキリと跳ねた。彼女の柔らかな声は、どこか心を解きほぐす力を持っていたのだ。


「葉月くん、なんか寂しそうな目をしてるよね」

「え、そう、かな……?」

「うん。昨日も葉月くんの事を見たときもそんな感じだったよ。去年も一緒のクラスだったでしょ。だから、何となくわかっちゃうの」


 悠乃の観察力に、葉月は息を呑んだ。彼女はそんな細かい変化に気づいていたのだ。

 去年から同じクラスだったとはいえ、こんな風に気にかけられていたなんて驚きでしかなかった。


「実は……昨日、付き合ってた子にフラれてさ」


 声を絞り出すように言うと、悠乃は少しだけ眉を寄せた。


「そっか……それは辛かったね。でも、いつまでもそんな顔してたら、もっと心が重くなっちゃうよ」

「……うん、そうかもね。俺もそう思っていたところなんだ」


 悠乃の優しい言葉は、凍りついていた葉月の心をそっと溶かした。彼女の声には、春の陽光のような温かさがあった。


「ねえ、今日、放課後って空いてる?」

「え、うん、一応ね……」

「じゃあ、一緒に帰らない? 葉月くんと本の趣味が似てるみたいだし、一緒に会話してみたいなって。だからね、友達から始めようよ!」


 悠乃の提案は、桜の花びらが舞うように軽やかで温かかった。

 葉月の胸に、過去の傷を乗り越える小さな勇気が芽生えた。

 彩音との別れや思い出は確かに辛いものだったが、それを抱えたまま未来を閉ざす必要はないと、悠乃の表情を見て、改めてそう思ったのだ。


「……じゃあ、今日は一緒に帰ろうかな」


 少しだけ不安を滲ませながらも、葉月は悠乃に笑顔を向けた。それは、過去を振り切るための第一歩だった。




 放課後。葉月は悠乃と一緒に学校の校門を潜り抜け、通学路の桜並木の下を歩く。

 夕陽が桜の花びらをオレンジ色に染め、春風がそっと髪を揺らした。

 悠乃は楽しそうに本の話を語り、葉月は少しずつその明るさに引き込まれていくのを感じた。


 二人は街中の本屋に立ち寄ると、新刊の漫画が置かれている本棚のところまで向かい、一緒に共通の話題で盛り上がる。


「ねえ、葉月くん。この漫画って面白いよね」

「だよな。俺も昔から読んでて」

「私もこの漫画好きなの。なんか、葉月くんとは少し趣味が似てるのかもね」

「そうかもね」


 悠乃の笑顔に、葉月の心は軽やかに弾んだ。


 葉月の心には、過去を乗り越え、未来を描くための小さな希望が灯り始めていた。それは、春の桜のように儚くも力強く咲き始めていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クズな彼女に振られた俺が、美少女なクラスメイトと付き合えたわけ 譲羽唯月 @UitukiSiranui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ