私と冒険 ②


「ヒトのキメラは人間と言えるのか? この研究の目的にそぐわないのでは? みたいな議論はうちの中でも絶えないわけなんだけど、まあとにかく実行するのも僕らの性分だ。今までに数多くのヒトキメラが生み出され、そしてほぼ全てが失敗していった。特殊な手法による肉体の縫合によって獣の膂力を手に入れたが理性まで獣に堕ちたもの、受精卵に手を加えたが生物としての体を為さずに生まれたもの、少しの間人間として振る舞えたがすぐに気の触れたもの。あらゆる手段でキメラが生み出されたが、どれもこれも成功とは言えない」


 今更かもしれないが、こいつの語る実験から欠片も道徳心が感じられない。その国の人間とやらはそれが欠如して生まれてくるのだろうか。

 世間で魔物と呼ばれているものの一部は、もしかするとこいつらが生み出したのかもしれない。


「失敗を重ねているうちに成果の上がった他の研究もあって、それは魂に関するものだった。ざっくり説明すると、魂っていうのは実はパズルのようなつくりをしているんだ。それが確認された上で、それを弄る技術までが出来上がった!」


 魂……そういえば最初にもそんなことについて話していたな。


「第4研究の従事者はこれに目をつけ、それまで遺伝子の操作や肉体の移植によって作られていたキメラは一転して魂の改竄によって生み出されるようになった。だけどそれも一筋縄ではいかなかった。受精卵の魂を弄っても殆どが物言わぬ人形として生まれてきてしまうし、赤子の魂も同様に壊れやすい。成人にそれを行うと尋常でない苦痛に襲われるらしく絶叫と共に絶命した。肉体はしっかり変形していたけどね。まあつまり成人では、極僅かな改竄になら魂も耐えられるけど、肉体を大きく変質させるとなるとそうもいかないらしい」


 なるほどな。完成したのは魂の弄り方だけで、どのような魂をどう弄れば何が起きるのかといった部分の知識は蓄積されていないわけだ。


「大規模な変化を起こす実験では被験者の心を壊してしまうし、極僅かな変化しか起こせないならこの技術を使う意味は薄い……そこで逆転の発想。僕らは魂を弄る前に被験者の心を壊してみることにした」


「とんでもない発想ですね」


 心と脳味噌がぶっ壊れてないと出てこない。


「うん、僕もそれを聞いた時非常に感心した」


 笑顔で相槌を打たれる。

 別に私は感心したわけではないのだが。


「で、心を壊すにはまず心が形成されてなくてはならないから赤子や受精卵を用いる意味はない。けれど成人では魂の改竄への耐性が低いことはわかっていた。となると子供を使うわけだけど、重罪を犯した成人とか、そいつらをセックスさせてできた受精卵と違って子供って結構調達が難しいんだよね。僕ら孤児院も経営してたりするんだけど、あんまりそこの子供の数を減らすのはまずい。時代の流れか、監査が厳しくなってきたからね。受精卵を子供まで育てて使ったりもしたけど、物心つく年齢まで子供をまともに、かつ外部の人間に知られずに育てるのはなかなかコストがかかる。可能なら他で調達したい……そこで重宝されたのが君みたいな、狭くて遅れた村社会から取り除かれた忌み子なわけ!」


 人の良さそうな笑顔で言ってのける。

 こいつの倫理観はどうなっているんだ?

 優しい顔して心がぶち壊れてるのはこいつだ。


「まあ色んな場所で何人か子供を調達して並行して進めてたんだけど、君の場合は……ギルネーって覚えてる? 君の村にいたと思うんだけど。君の村にあった、イースウェールの名を騙ったよくわからない教会は僕らの研究施設で、ギルネーは伝達係。そうは見えなかったかもしれないけど、彼って僕らの中では結構偉いんだよね。でまあ、忌み子の君は僕らの施設で育てられ、自我が芽生えてきたかな〜ってあたりから、領主と神父……まあ神父も研究員なんだけど、そいつらに強姦させたり暴力を振るってもらったり、適当な暴言で詰ってもらったりした。あの色ボケ領主には結構助けられたね、神父は幼女相手は無理だって言って薬でおっ勃てて無理矢理犯してたからさ、一人でやらせてたら彼の方が先に壊れてたかもしれない。人員を送ろうと思えば送れたけど、少人数で回した方が効果的かと思ってさ」


 そこでこの男はふと話を止めてこちらを見た。


「怒らないんだね。意外だ。まるで他人事みたい」


「怒ってますよ〜」


 呆れて表に出す気力もないだけだ。


「嘘っぽいなあ。まあ結果的に君の心はしっかり壊れて、自衛のためかまともな言語能力も失った。そこで満を辞して魂を改竄、それもせっかくだから過去に例のない大改造を……したんだけど」


「問題が?」


「全く変化が見られなかった」


 なるほど。

 確かに今の私でも、目に見えて他人と違うところはない。まあ服を脱げばやたら淫靡な紋章が刻まれていたり、傷を負えば謎の触手が体内からそれを修復したりするのだが……一見して普通のヒトだ。


「実験は失敗?」


「そう思っていたけど。別に用意した似たような子供数人に対して同じような改竄を施したんだよね。どうなったと思う?」


「さあ。暴走した?」


「即死した。それも全員が」


 こんなことを言いながらもこいつは……笑っている。


「こうなると君の存在は超重要になってくる。なぜか一人だけ生存した実験体。僕らが君の魂に加えた四つの因子に基づいて再び君を使った実験を始めた……だけど結果は同じ。至って普通の人間だ。知能が低いだけの」


「四つの因子とは?」


「インキュバス。クラーケン。フェニックス。そしてディモネルスル」


「待って。一つずつ説明してください」


 前三つはそれぞれ私の身に起きている現象と関連性がありそうではあるが、最後のものに関してはそもそも全く聞き覚えがない。


「いいとも。まずインキュバス。こいつは男性型の淫魔で、寝ている女性を襲って妊娠させるとされていた。しかしイースウェールの懸命な駆除活動によって絶滅したとされている。そもそもがかなりの希少種で、身に覚えのない妊娠とかそういうのは大抵が人間の犯行だ」


 厭な話だ。


「絶滅したのにどうやって私の魂に……ええと、その要素を入れたんですか?」


「イースウェールが剥製を保管していたんだ。そこから細胞をちょっと拝借した。種に通ずる魂の構造を知るには、細胞一つあれば十分だからね」


 細胞一つでどうにかなるのも驚きだが、そもそもインキュバスとは剥製にできるような生き物なのか……。


「で、次、クラーケン。これは巨大な蛸の魔物で、高い再生能力で知られている。そしてフェニックスは不死性を持つ空想上の生き物とされていたが、これもなぜかイースウェールが『フェニックスの羽』を保管していたのでそこから解析。ちなみに魂の構造を見る限り本物っぽくはあったみたいなんだけど、ジョットルの魂を丸々フェニックスのものにしてしまう実験では、ちょっと綺麗なジョットルになっただけで再生能力の獲得などといった変化は起きなかった」


 ジョットル、この世界では鶏か何かくらいの存在なのだろうか。


「そしてディモネルスルだけど、これは──神様だ。水を与え麦を育て、貧しき民に寄り添う、優しい心を持った神様。貧民を中心にそこそこ信仰を集めてたみたいだけど、現界して民に説法か何かをしていたところをうちで捕獲して冷凍した。しょぼい部類ではあるけど神は神、ってことで色んな研究で重宝されてる」


 残酷さとかモラルの欠如に打ち震えてるというより、これは……やはり、呆れだ。こいつら研究国家とやらの常軌を逸した行動の数々に、呆れて物も言えないわけだ。


「以上四つの因子を魂に組み込まれた次世代キメラが君というわけ。そして──長々話してあげてるうちに、準備も整った」


「準備?」


「君を尋問する準備さ!」


 この男がパチンと指を鳴らすと、くらり、と私の身体から力が抜けた。

 眼球や口は動くようだが、歩き出す力は残っていないように感じる。


「逃げ出すのは不可能だよ、これは聖剣の嘘斬りや奴隷の首輪による強制とは格が違う。魂そのものにより深く作用する代物だ! ……発動までが遅すぎるという欠陥を抱えているけどね。まあとにかく、こいつの力で君は否応なく真実を口にする! 僕は君のことが知りたいんだ!」


 やられた。長々と話をしていたのはこのためでもあったらしい。


 少々無警戒すぎたか?


 いや、タネを知っていたとしても、暴力で強制的に椅子に固定されれば終わりだ。

 警戒するならその前、こいつに連れられてきたのが良くなかった……いや、こいつはギルド内では結構な権力者であるはずだ、その時点で有無を言わさず連れてくることもできたかもしれない。

 ならギルドに入るべきではなかったのかというと……きっとそれも無駄だ。


 タスク、という男がいた。宿で会ったペストマスクの男だ。

 奴の所属が研究国家だとすると、言動や行動に辻褄が合う。

 であるならば、私の所在もとっくに割れていたはずで、引きこもっていたところで遅かれ早かれこのような展開にはなっただろう。


 試しに死んでみて、やり直しが効くかどうか試してもいいが……どうにもならない可能性も高い。

 そもそもとして、こいつから加えられる危害の程度が大したものでない可能性もある。


 しばらくは適当に答えつつ……様子見だ。


 というかそもそもが大掛かりすぎるだろう。正面から私に協力を仰いでもよかったのではないだろうか。

 いや……こいつは恐らくそれでよしとする性格でもないか。

 そして私もきっと、素直に喋るような人間でもない。それを鑑みれば素晴らしい選択だ。


「さあ答えてよレティツィア君。君が急に人並み、あるいはそれ以上の知性を獲得したのはなぜなのか」


「……別人の魂が入ったから」


 体に力は入らないが頭は平常運転だ。尋問に不都合がないように出来ているのだろうか。


「やっぱりか。急に知能レベルが上がるなんて事例、そう多くはない。過去にはショックによる人格の乖離がそれを引き起こしたってケースもあったけど、君の場合……どうなんだろうね? まずは名前を聞いておこうかな。君の、その知性本来の名前を」


 名前……。

 掘り起こされる。私の、私自身の記憶が。

 ここにきてから、意識的に、無意識的に沈めておいた、私の記憶。


 嫌なにおいが立ち込める。

 いや、実際にはそんな臭気は存在していない。

 私の心が、引き上げられる私の記憶に対してそう感じているだけだ。


「私の、名前は────」

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