私と冒険 ③

「私の名前は────更科紗姫サラシナサキ


 掘り起こされた名前。

 向こうの常識を知る私には、これは……まるで、女の子の名前みたいに聞こえる。


「聞き慣れない響きだ。ファーストネームはどっち? それともそれ全てでファーストネームかな?」


「紗姫」


「性別は?」


「男」


 すこし、焼けるような音とにおいがした気がした。


「なるほど。インキュバスの因子を組み込んだ虚ろな女の魂に、後から男の魂が入ってきたわけだ。それだけでかなり面白いことになってる。っていうかよくパンクしてないよね、普通は二人分の魂を一つの肉体に入れたら許容量を超えて破裂するんだけど、欠けた部分が上手く噛み合ったのかな? というか男の魂が入っていて、それらしい変化も見られないのが面白い……ちょっと服を脱いでくれるかな。椅子から離れすぎないように」


 言われるがままに服を脱ぐ。

 先程までまるで力が入らなかったのに、命令された途端面白いように滑らかに四肢が動き、私は自分の服を全て剥いでその辺りに雑に置いた。


「うん、確認できる限り体は……女性のものだ。その紋章については知ってる?」


 そう言ったこいつが指す先は、私の下腹部だ。


「知らない」


「なるほど。いつからある?」


「私がこの身体に入った時には既に」


「具体的にそれはいつ?」


「多分、一週間くらい前」


「一週間で多分ってこともないんじゃない?」


「私の時間感覚は狂いかけている」


「なぜ?」


「同じ時間を何度も経験させられるから」


「おいおい……」


 男は、今までで一番の笑顔を作った。


「何が作用してそんなことになるんだ? もっと詳しく」


「私が死ぬと時間が巻き戻る。それだけ」


「それだけ、か。言うじゃないか。どのくらいの時間が巻き戻るんだ?」


「よくわからない」


「わかる範囲で」


「恐らく、長さで決まっているわけではない。私が死んだ時に決まったポイントに戻るように出来ている。今までは全て、初めて私がこの世界で目覚めた時点まで巻き戻っていた。今後このポイントが更新されるかどうかもわからない」


「なるほど。今死んでみてもそこに戻ると思う?」


「今は恐らく死ねない」


「なぜ?」


「肉体が再生するから」


「……ッ! なるほど」


 話すほど、この男の息が荒くなり、顔が紅潮していく。

 私が裸で立たされていることとはきっと関係がなく、恐らくは、私の話す内容のために。


「クラーケンの因子が機能しているというわけか? 肉体については恐らくそうだ。だけど、死によるタイムリープ……これがどこからきたのかわからない。フェニックスの不死性はそういうものじゃないはずだし、あのしょっぱい神様にもそんな能力は無かったはずだ……。別のところから引っ張ってきた?」


「わからない」


「ああ、ごめん、今のは君に聞いてるわけじゃなかったんだ……服もとりあえず着ていいよ。今すぐにはちゃんとした検査もできないし」


 命令に従い服を着る……が、少し苦戦した。未だにこの女性用の服の複雑さには慣れない。


「……ぎこちない、ふりをしている?」


「いや」


「……ふうん。まあそうか。いや、ちょっと思っただけ。で、君はどういう魂? 突然生まれたのか、どこか別の……場所や時代で育ってきたのか。そうだな。君の生まれた国は?」


「日本」


「ふうん。聞いたことがない。…………いや、ある。あるぞ! 素晴らしい記憶力だ、僕ッ! 確か300年以上前、前回の勇者召喚コールブレイバーで呼び出された勇者が出身をそう告げたと記録されていたはずだ! じゃあ君の正体は勇者!? いや違う、そこまで単純な話でもないはずだ。勇者は肉体ごとこの世界に呼び寄せられる。君の肉体はあくまで263号のもの……なら魂だけがこっちに? それもおかしい、確か勇者召喚には成功したって発表があった。それが嘘? うーん……君何か知らない?」


「勇者召喚は失敗して、蠢く肉塊が出てきたらしい」


「なるほどっ、それならやっぱり君の魂のほう……一々そう呼ぶのも面倒だから紗姫ちゃんって呼ぶけど、紗姫ちゃんが勇者である公算が高い。ループも脅威視の延長かも……それで、なんでそんなこと知ってるのかな?」


「ルフェル──聖騎士に聞いた」


「ああー、そういえば急に君の村にやってきて君と一緒に出てったとか言ってたね。その彼とはどういう関係?」


「特別な関係ではないが、フォロの関係者として、少々金銭面などの世話をしてもらった」


「フォロっていうのは誰かな?」


「レティツィアの幼馴染……らしい。村の領主の息子。確か14歳くらいで、レティツィアのことが好き」


「最高に面白い。僕も紗姫ちゃんに倣って、紗姫ちゃんが入る以前の知性とその体のことをレティツィアと呼ぶ事にするけど……あれを人として愛せるとはね。幼馴染というなら内面もよく知ってることだったろうし、幼さ故か、あるいは外見至上主義とでもいったところかな?」


「それは知らないが、強い偏執さえ感じた」


「なるほどなるほど。まあそれはそれとしてだ、聖騎士とフォロくんとはどういう繋がり?」


「勇者代理としてイースウェールがフォロに目をつけたらしい」


「そういう流れか。まあ代理を用意しなくちゃならないのは当然か、勇者召喚コールブレイバーに失敗したからといって魔神ほっときまーすとはいかないもんな。付け込めそうな部分ではあるけど……今はいいか。それより、レティツィアの意識ってどうなってる?」


「ない」


「なるほどねえ。オッケー、大体わかった。それじゃあ椅子にしっかり座ってもらって」


 指示された通り、椅子に深く腰をかける。


 男が私の顔を覗き込む。


「いいかい、君はここであったことを一時的に全て忘れるが、一週間後の同じ時間にここに来たくなって、この椅子に座ると記憶を取り戻す。はい」


 ぱちん、と、男が指を鳴らす。


「はい、ご協力どうもありがとう。おや、ふらふらしてるけど大丈夫? 一応説明しておくと、君にはここでちょっとしたアンケートに答えてもらっていたんだ。上に行って登録手続きに戻ってくれたまえ。粗品も貰えるはずだよ」



「おい」


「……ん?」


 言いながら、私は斧を取り出した。


「記憶、消せてないぞ」


「そっ、そんなバカな!」


 慌てる男の懐に詰め寄り、喉元に斧をあてがった。


「どっから出したんだそれ、魔導具? 検査ではそんなもの扱える魔力は確認できなかったはずだ、じゃあジャンクか!? なるほど合理的だ、クラーケンの再生力とフェニックスの不死性を手にした君には命を燃料にする武器が一番合ってる!」


「う、うるさ……状況わかってるのか、お前」


「ああもちろん、大変面倒なことになった、今後は君が勝手に報告に来てくれる予定だったのに、最後の催眠だけ効いてないらしい」


「殺されるとか考えないのか? あれだけ好き勝手やって……私の事を脱がせまでして」


「今までの会話から君の人物像も大体わかってるよ、人殺しとかしないだろ?」


「もう何人か殺したよ」


「うっそー……」


 男は中々面白い表情を作っている。

 私の殺人は、直接ではないが豚領主と……やや遠因だが、メイドとヤニス。

 悪魔はノーカウントとしておくか。


「人を表面だけで判断しない方がいい」


「まあ、殺しをやったことがあるにしてもだ、君はここで僕を殺さない程度には賢いはずだ! ここはギルドの地下で、僕を殺していったら無事には帰れないだろう」


「そうかな?」


「…………」


 私の能力についての話を聞いている以上、それが不可能でないことはわかるはずだ。

 大抵の場合、結果的に私は無事だろう。


「わかった。君の要求を呑もう。言ってみて」


「まず金」


「ごめん、あんまり持ってない。君の協力を取り付けられるなら、研究費の一部をその対価として渡せるけど……」


 こんな謎の組織の幹部みたいな雰囲気を出しておいて金がないなんてことがあるのか。

 収入の問題が解決できるかと思ったのだが……。


「わかった。その方向でいこう。とりあえず今日の分を渡せ」


「すぐには無理だ。色々と手続きが要る」


 よくわからないマッドな組織のくせして変なところきっちりしやがって。


「それより、なんで催眠が効かなかったんだ? チャームが効かないとは聞いていたけど、それとは毛色が違うはずなんだけどな。チャームについてはインキュバス由来の能力だと考えていたし、それなら別方向でのアプローチなら問題ないと思ってたんだけど」


「知らない。で、次の要求だが……私の質問に答えてもらう。不死性と再生能力とやらをなくすにはどうすればいい?」


「わからない。そもそもどうやって獲得したんだ? レティツィアはそんな能力持ってなかった」


「役に立たないな……まあいい、次。私のループを勇者の脅威視の延長とか言っていたが、どういう意味だ?」


「あー、勇者は脅威視っていう、危険予知の能力を必ず持ってるんだ。本来見えるのは数秒後の危険だけど、レティツィアの魂は特別だ。フェニックスとか神様の因子とかが組み込まれてる。相互作用ですごいことになってる可能性がある。だからもしかしたら、君がループしているように感じているだけで、実際には予測の世界の中を生きていて、危険がないとわかった時に現実世界で同じ行動をとっているんじゃないか……っていう推測」


 なるほど。

 私もループに直面した当初に似たような推測をしたが、今回の場合レティツィアの魂の改造と勇者の脅威視という裏打ちがある。


「勇者の能力がなくなることはあるか?」


勇者召喚コールブレイバーにはある程度、召喚に使ったエネルギーを回収する仕組みがある。勇者に与えた能力を再び術式の中に取り込んで、次の召喚に備えるんだ。勇者の能力が失われるのはその使命を全うした時……つまり今回の場合、魔神グヴィロネジアを討伐した時だ」


「なるほど」


 実に……実にわかりやすい話になってきた。


 私がすべきはやはり、魔神グヴィロネジアの討伐あるいはその補助。


 全てそのために動いていくべきだ。


「要求だ。私を最強の冒険者にしろ」


「マジで言ってんの?」

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