私と冒険 ①
時は遡り、ノゼの宿。
恋愛小説を読み漁り夢現だった心は目減りする預金額によって現実へと叩き戻され、私は仕事探しを余儀なくされていた。
幸い、図書館での情報収集は順調だ。冒険者ギルドの発行するパンフレットを片手に宿を出て、私は中層のさらにど真ん中に位置する冒険者ギルド本部へと向かう。
王都での生活を始めてそれなりの時間が過ぎ、それなりに地理も理解しつつあった私は、途中に誰かに尋ねるような必要にも迫られず、その酒場のような建物に辿り着いた。
必要なことはパンフに書いてある。私は臆することなく扉を引いた。
『ギルド』、というものがなんなのか、今一つ理解できていなかった。私の世界における認識は組合、である……が、冒険者ギルドと聞くと、どうも酒場か何かのようなイメージがある。
その認識が間違っているのかどうなのか、今現在私の目に映るその施設のつくりは役所のようだった。
血生臭いわけでもなければ、酒臭くもなく、ある程度以上清潔で、そして、受付のお姉さんがかわいい。
冒険者自体はどうしようもない人間たちの集まりであるはずだが、それを管理する側の人間たちは存外しっかりしているように思える。
パンフレットによれば、新規冒険者登録の受付は4番カウンターとのことである。そこに座る緑髪のお姉さんのところへ向かっていく。
新規の登録かと聞かれたので肯定し、渡された書類に必要事項を記入しなければならなかったのだが、字が書けないので代筆を頼んだ。会話は問題ないし読むこともできるのだが、書くことだけはなぜか不可能で、どうしても日本語として出力されてしまうのだ。
幸い字が書けないような教養レベルの人間が冒険者になろうとすることは珍しくないらしく、やり取りはスムーズに進んだ。
尋ねられたことを伝えていく。基本的な情報は滞在ビザから取得されるらしいので、私が伝えるべき事は多くない。
質問があれば随時、と言われていたので、気になったことを挙げる。
「クラス、って何ですか?」
まさか学校の組み分けのことではあるまい。
「クラス、というのは、加護の方向性のことです。完全に自由に加護を調整できるわけではなく、あらかじめ決められた……プリセットのようなものが存在して、たとえば戦士を選択すれば強靭な肉体を、弓使いを選択すれば高い視力とそれなりの膂力を得ることができます。その他特殊な能力も。ただ、人によっては希望しても選択できないものもありますが」
「希少なクラスほど強力?」
「そうとも限りませんが、需要は比較的高くなりがちですね。そういう意味では可能な範囲で極力
「なるほど。ちなみに私の場合だとどれがいいですか?」
「適性検査は後程行われます」
「わかりました」
この場ではわからないらしい。残念だ。
しかし、受付のお姉さん、本当にかわいいな……。どこのカウンターもこんな感じなので、顔で採用されている可能性が非常に高い。
「ねえ」
手続き中、後ろからそれを遮るような声がかかった。
受付嬢の顔に緊張が走る。畏まるようなその表情から伺うに、変な奴が空気を読まずにナンパしてきた、という話でもないようだ。
受付嬢がそちらに礼をする。上司か得意先か何かか?
振り向くと、そこに立っていたのは黒い服を着た緑髪の青年。30に届かない程度の年齢に見え、ギルドの重役だとは思えない。が、実力主義だというならあり得ない話でもない。
あるいは、頭が上がらない程有能な……腕利きの冒険者か?
受付嬢と話したいのかと考えて横に一歩引いたのだが、その視線は私を追従する。
どうやら目当ては私のようだが……心当たりがない。
「君、髪は染めてる? 地毛かな?」
「……染めていますよ。元々は金髪です」
どうも髪色を聞かれた時に良くない予感がしたので、適当な嘘で誤魔化しておく。
確か、黒髪黒眼は目立つとか……そういう話だったはずだ。
先に染めておけばよかった。
「嘘だね」
「なぜそう思うんです?」
「嘘が得意な人のにおいがする」
超能力者か?
それにしても、妙齢の女の子に対して、言うに事欠いてにおいとは。
「セクハラですよ」
「セクハラ?」
不思議そうな顔をされる。
一瞬こいつがヤバいのかと思ったが、この世界にはセクハラなんて高等な概念存在しないのかもしれない。性的な嫌がらせ、と言うにしてもニュアンスが少々ズレるので、翻訳が上手く機能しなかったか……そもそもどういうメカニズムで言葉が通じているのかもはっきりしていないわけだが。
「ちょっとこの子借りてくよ。手続きも後はこっちでやっとくから」
そう言うとこの男は用紙をふんだくり、私の手を引いて施設の奥、職員たちの作業する場を通り抜けてさらに奥へと歩いていく。
私は為されるがままだ。
大声を出しでもしようかと考えたが、こいつに仮に職員からの信頼があるなら効果的でない。
私は脱出を諦めた。素性でも尋ねることにする。
「あの、まず、誰ですか? あなた」
間違いなく私の知り合いではない。数えるほどしかいないからな。
「冒険者ギルドの偉い人。表向きね」
「実際には?」
「これから話すよ。理解には順序が大切だ」
隠し階段のような場所から施設内を下方向に進んでいき、扉を開くとそこは世界観にそぐわない無機質な灰色の部屋だった。実験器具のように見える人工物がいくつか設置してあるほか、紙の資料が散らばり、研究室とでも形容するのが適切に思える。
あえてこの世界の要素から例えるなら、『上層っぽい』。
椅子に座るよう促されたのでそれに従う。
変わった椅子だ。変な装飾がゴテゴテ付いている割に、剥き出しの金属部分が下品すぎる。こいつの趣味であるなら人間性が疑われるレベルである。
「さて……やっと見つけたよ、263号」
263……素数だが、そういうことは関係ないだろう。263号と言うなら、それは263番目の何かである可能性が高い。
「実験体?」
「知ってるの?」
「推測です」
「そう。……僕は今、非常に驚いている」
「なぜ?」
「君はまさしく263号そのものと言っていい容姿をしているのに、知能レベルが隔絶している。まるで……魂が入れ替わったみたいだ」
まさしくその通りではあるのだが、曖昧な言葉でもある。
「魂、ってなんですか?」
「難しい質問だね。君を構成するもののうち肉体でないもの、としておこう」
「はあ。それで、あなたは誰なんです?」
「順番だ。まず共有すべくは……君の、君自身への理解度だ。どこまでわかってる?」
この男の意図がはっきりと読めない以上、余計な情報は出すべきでないか?
「村の……忌み子」
「そう。その通り。それは君の生まれで、境遇だ。その後のことは?」
「その後……? ああ……『慰み者にされていた』」
これが私の聞いた、レティツィアの人生ほぼ全て。
悲惨も悲惨だが、改めて考えてみると……薄い。薄すぎる。何かをする知能もなかったのかもしれない。たった二言で半生の記録を語り尽くせてしまう。
「それで全部?」
「全部です」
「ふうん。結構何もわかってないね」
知っていることはあれで全てだ。私の知らない何かが、レティツィアにはいくつもあるというのか。
いや、こいつが言っていたことからして、ある程度の検討はつくが。
「君は実験体263号だ」
「……何の実験ですか?」
「人類無敵化計画」
「はあ?」
わかりやすくはあるが、随分とふざけたネーミングだ。華麗なプレゼンを披露したとして会議を通りそうにもない。
「と、いうのは僕が勝手に呼んでいるだけで、実際には第4研究という。大昔に国のお偉いさんが始めたらしくて、今も継続中のものの中では最も番号が若い。この前始まったのが第……1003研究だったかな? わかりにくいからちゃんと名前つければいいのにね」
「国……この国ですか?」
「鋭いね。君の思う通り、この国ってわけじゃない」
別に深く考えてはいなかったが、あえて指摘することもない。
「僕たちは国だが、領地を持たない……定義上は組織と言ったほうがいい。大昔には実際に領地や市民を伴って存在していたけど、実験の過程でなくなった」
国を消し飛ばすような危険がある実験をするな。
「あ、何か勘違いしてそうだけど、別に物理的に消し飛ばしたわけじゃないよ。まあとにかく色々あってさ、僕たちの祖先はあらゆる国に滑り込んだ。そして冒険者ギルドのような規模の組織をいくつも運営して資金とかを手繰りつつ、研究を続けているってわけ。僕らは自分達を──『研究国家アルスブルーム』の国民だと認識している」
「研究国家……」
研究国家ってなんだ。
めちゃくちゃだ。国民性としてなんらかの研究が好きなのか、国を挙げて研究に力を入れているのか……なんにせよ、存在しない言葉。ニュアンスが伝わってくるように今組まれたように思う。
「連絡とかって取ってるんですか?」
「もちろん」
「どうやって?」
「国の中でも特に偉い人はこういうものを持っている」
そう言うと、この男は懐から薄く黒い石の板のようなものを取り出した。
「……スマホ?」
「なにそれ?」
「いえ、知らないならいいんです」
「なんだよ、気になるな。まあとにかく、こいつで音を伝えて連絡を取り合ってるんだ。君のビザの超発展型」
「なるほど……」
ビザもビザでかなりのスペックだが、こいつの板に比べれば劣る代物らしい。
「で、僕らはそういう組織なわけだけど、そこで行われる人類無敵化計画におけるモルモット263号が君なわけ。ここまで理解できた?」
「まあ。ただ……人類無敵化計画について、まだ何も聞いてません」
「うん。この計画は、やってることがかなり多岐にわたるんだよね。まず目的が人類の寿命の延長に始まり、強力な再生能力の獲得とか、膂力の強化とか精神の安定とか諸々でさ。第4研究で一纏めにするなよって感じだ。となると手段の方も色々検討されるわけなんだけど、その中の一つに────キメラ化というものがある」
ああ、段々想像がついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます