Ep.03【05】「導く星」
空は茜色から濃い紺色へと変わり、夜闇が迫っていた。
錆びたブランコ・・・水を失った噴水・・・草花の枯れてしまった花壇・・・
そんな寂れた小さな公園にも夜の闇は確実に迫る。
そんな薄暗い公園の古ぼけたベンチに少女は独り、俯き座っていた。
白いワンピース、長い長い金髪は色を失い、ただ夜風に弄ばれている。
その目には光はなく、長い時間ただ寂しく座っていた。
いつまでも帰らない主人を待って。
夜の帷が降りれば・・・・・少女は全てを悟る。
自らの終わりを。
御主人様は・・・・・・・恐らく・・・・・・・
少女に主人の最後の姿が浮かぶ。
燃え盛る炎・・・・路上に投げ出された人々・・・・・そして・・・悲鳴と銃声。
迫りくる見知らぬ男達・・・・爆発音・・・・・
もう、誰も私を迎えになど来ないだろう。
私の使命は終わった。
少女は暗闇迫る小さな公園のベンチで静かに最後を「待って」いた。
「こんばんは、お嬢さん」
ふと、目の前にトレンチコートを着た紳士が立っていた。
中折れ帽を目深に被り、顔は暗くてよく見えない。
だが、その声は深く安心をもたらすほど優しい。
口は少しだけ笑っているようにも見えた。
「どなたでしょうか・・・・・?」
少女は訝しげに答える。
あり得ないのだ・・・この公園に御主人様以外が来る事は。
いや・・・・・違う・・・・もう一人・・・・・お父様も・・・・・
紳士はコートのポケットに両手を入れ、ただ優しく見つめていた。
「こんな時間まで、貴女のような娘が一人で居るものではありませんよ。
どうかされたのですか?」
紳士が優しく問いかける。
「御主人様を・・・・・・・お待ちしています」
少女は夜闇に消え入る声で答えた。
「もう・・・長い時間、ここで待っているのでは?」
紳士の声が心地良い。
少女は小さく頷いた。
「そうか・・・・・大変だったね。
失礼かもしれないが・・・君の名を教えて貰えまいか」
少女は少し間を置き「アリス」とだけ答える。
「アリス・・・・申し訳無いが、君のこれまでを調べさせてもらった。
君は本当によく耐えてきた。
辛かったろう・・・・・・・・」
紳士の言葉は心から労ってくれた。
初めてだった。
お父様から御主人様の元へ行き、その命令のまま使命を果たした。
本当に・・・・・・本当に・・・・・・辛い時が多々あった。
だが、それが御主人様の望みなら・・・・是非も無い。
ただ、お父様は何故自分にこんな「感情」を持たせたのだろう。
命じられた事を淡々と熟すだけなら・・・・こんな思いしなかったのに・・・・
恨んだ事もあった。
御主人様の命令に疑問をもつ事さえも。
しかし、それらを全て飲み込み、命令の遂行に明け暮れた。
疑念を捨て、命ぜられるままに・・・・・・。
そして・・・・・・私は捨てられたのだ・・・・・
「だが、君はまだ「生きて」いる」
紳士はハッキリと通る声で語りかける。
少女が顔を上げると、紳士は優しく手を差し伸べてきた。
「終わりじゃない。
君にはこれからがある。
私の手の中には君に「未来」を選択させる用意がある」
差し伸べた手をそっと開き、少女の小さな手に重ねる。
「未来・・・・・・?」
少女は問い掛ける。
「そうだ。
君に自身の未来を選択してもらいたい。
まず、ひとつ目。
君を目覚めさせ、全くの別人として他の土地で静かに暮らせる未来。
全ての困難や苦労をしない、穏やかな未来を約束しよう。
そして、ふたつ目。
君を目覚めさせ、君に仲間・・・・いや・・・家族を与えよう。
色々な困難や苦労・・・・時にはすれ違う事もあるだろう。
だが・・・絶対に君を見捨てない。
どんな事があっても、必ず君を迎えに来てくれる家族。
君を心から愛し、君を暖かく包んでくれる・・・・
そんな家族だ。
私は強要しない。
君に選択の全てを委ねる」
紳士は真剣に語りかけた。
「ご存知でしょう・・・・・・私は既に汚れきっています。
人から愛される価値など・・・・・・・・無いのです・・・・・・・」
少女の表情は悲しみの色濃く、また俯いてしまう。
「 そんな事はねぇよ!!!! 」
紳士は声を強めた。
「お前は愛されるに値する。
お前が過去、幾多の苦難を経験し、苦渋や恥辱を舐めさせられたと知っても
その家族はお前の全てを受け止め、必ず迎え入れてくれる。
それはオレの名に掛けて絶対に保証する。
お前を迎え入れるのは、オレの娘たちだ。
彼女達は絶対にお前を見捨てる事も見限る事も無い。
どんな時もだ。
だから・・・・・・・安心しろ・・・・・・アリス」
アリスはゆっくりと顔を上げ、紳士を見つめる。
「・・・・・本当に・・・・・・ほんとうに・・・・・信じて良いのですか?
こんな汚れてしまった私でも・・・・・・?」
アリスの澄んだ翠の瞳が潤む。
「ああ・・・・絶対に大丈夫だ。
お前の幸せは必ず保証する。
だから・・・・・・・安心して目を開いていいんだよ」
紳士の顔は未だよく見えないが、慈愛と優しさに溢れた笑顔だと確信できた。
最初は紳士の言葉が何処か遠くから聞こえる感じがしていた。
しかし、紳士の言葉が何時しか身近でそれでいて力強く・・・
優しい声へと変わっていった。
アリスは微笑を浮かべ紳士に問う。
「本当に・・・・ありがとうございます・・・・・。
あの・・・・失礼ですが・・・・・・・あなたのお名前を・・・・・・・・」
アリスが紳士に尋ねようとすると
「あー・・・やっぱし、オレってこういうキャラじゃねーんだよなぁ・・・って
すまん!お前にプレゼントをあげよう。まず、新しい名前だ」
「名前・・・・・・ですか?」
少女が小首を傾げ、言葉を待つ。
「ああ、新しい未来が始まるんだ。
ここからは新しい名前で未来を造ってほしいからな」
「未来を・・・・・・・・」
アリスは夢を見る。
今まで経験した事のない・・・・明るい・・・・温かな未来。
瞬間・・・・・・・
色を失った公園は温かな春の光に包まれ、美しい花々が咲きみだれ
噴水には虹がかかり、公園は賑やかな声で溢れてゆく。
「お前はもう「迷える少女」じゃない。
これからは人々を優しく照らし導く星になってほしい。
今日からお前の名は『ステラ』だ
迷う人を導いてあげるんだ・・・・・・・・・ステラ」
ステラの瞳には涙が溢れていた。
紳士は優しく涙を拭ってやる。
「ありがとう・・・・・ございます・・・・・・・・
本当に・・・・・・・・・本当に・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・」
紳士は踵を返し立ち去ろうとする。
「あ、あの!!お名前を!!!!」
ステラが立ち上がり、引き留めようとすると
紳士は振り返り、明るい笑顔を浮かべ言う。
「あ、そうそう!もう一つプレゼントがある。
君の座っていたベンチを見てみな。
中身は開けてからのお楽しみだぜ!」
紳士は何故かいたずらを仕掛けた子供のような笑顔だ。
「ベンチ・・・・・ですか?」
ステラがベンチを見返すと、そこにはリボンの掛かった小箱が置かれていた。
いつの間に・・・・ステラが箱を取り上げ、紳士の方を向くと・・・・・
そこには既に紳士の姿は無かった。
ステラはリボンを解き、プレゼントの箱を開ける。
箱からは眩良い光が溢れ・・・・・・・・・・・・・
白く・・・・・・しかし、なにも恐怖も感じない・・・・・・むしろ・・・・
ステラは自身の中に何か新しい感覚が芽生えたことに気づいた。
今まで決して知らなかった感覚――
甘く、温かく、そして微かに躍動する。
まるで世界がほんの少し、味付けされたかのような·····
誰も教えてくれなかった、彼女だけの感覚だった。
ステラは小さく目を見開き、光に満ちた箱をじっと見つめた。
「これは・・・・・一体・・・・・・?」
胸の奥で、知らなかった何かが、確かに彼女を呼んでいた。
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