Ep.03【04】「地獄」
「ああ、ベッドに降ろす前に背中あたりにエネルギーチャージャーを広げて・・・
そう、それでいい。いぬ子っ!そっと、そのまま寝かせてくれ」
「うん!」
事務所に帰り、2階の空き部屋のベッドに少女を寝かせる。
ジャンク屋から「救出」した少女が白いシーツの上に眠る姿は、おとぎ話に出てくる眠り姫のように可憐で儚げだ。
「じゃあ、オレはこれから、この娘(こ)の修理に取り掛かる。
正直、何処まで出来るかは不明だ。
外見上では破損は全く無い・・・つまり、この娘が眠り続けているのは
内部・・・それも、メンタルパートが原因の可能性が高い」
ハヤテは何時もとは違い、真剣な口調。
「でも・・・・アンタならって信じてる」
リオは微笑を浮かべ静かに答えた。
「師匠を信じてる!きっと、この子を助けてくれるって!」
セスティアは明るく力強く答えた。
「まぁ・・・やってみるよ」
ハヤテが薄く笑い、少女を見ながら決意を固めたようだった。
「恐らくは数十時間・・・下手すると数日掛るかもしれん。
その間、オレはお前達に何も出来んから・・・・まぁ・・・・ガンバレ」
「あったりまえよ!アンタ抜きでも何とかするって!まかせて!!」
「師匠の居ない分、しっかりやるから!!心配しないで!!!」
「おいおい、なにも別れの挨拶じゃねーんだからよぉ!!!」
「そうね!!フフッ・・・!」
「そーいえばそーだよね!!アハハ!!」
三人の軽口が済むと、部屋に静寂が戻る。
「じゃあ・・・・・頼んだ」とリオが言う。
「ああ・・・」ハヤテも答える。
「師匠・・・・・・」セスティアは何故か泣きそうだ。
「じゃあ、始めるぜ・・・。あとは頼む」
そう短く言葉を残し、少女に向き合う。
ハヤテは少女のうなじ付近にあるアクセスポートにチューブアームを近づけ
アーム内から極小サイズのアクセス用センサーを数本差し込んだ。
ハヤテの眼が閉じられ、まるで瞑想に入る僧侶のようだ。
頼んだよ・・・・・・・・・・ハヤテ
リオは心の中で相棒に総てを託す。
『まずは・・・・この娘の基本情報からだな・・・・』
ハヤテの中に少女の情報が表示されてゆく。
『名前は・・・・・・・【アリス】・・・・・・・・「彷徨える少女」か・・・・
製造は・・・西暦2508年・・・7月7日・・・15年前』
『製造者は・・・・・【シモン・コバヤシ】・・・・・やはりか・・・・・・
シモン・コバヤシって言えば稀代の人形師(ドロイド・マスター)として世間では
有名だからな。
こんな狂気じみたドロイドを生み出すのも納得だな。
・・・・たしかコバヤシは2509年に「死亡」してるはず・・・・・・・・
つまり、この娘は遺作って事か。
コレクターが知れば、更に値が釣り上がる代物ってワケだ』
しかし・・・・一目見た時から予想はしていたとは言え・・・・・
そうか・・・・・これも運命ってヤツか。
・・・・・・・・・・・この娘(こ)はお前の「子」だったんだな・・・
・・・・・・・・・・シモン・・・・・・・・・・・
ハヤテは気を取り直し、更に情報の奥へと侵入する。
『所有者は・・・【周 黒炎(ジョウ・ヘイヤン)】・・・・・・だと?
くそ!・・・やっぱりか!。
周 黒炎って言えば、ノヴァ・トーキョーのマフィア界でもトップクラスの「黒龍」のボス・・・!!
あの、くそジャンク屋め!!何が「さる高貴な方」だ!!
てめえから見れば雲の上の存在じゃねぇか!!!!!
だが・・・これで、この娘が真っ当な存在じゃねぇってのが判った訳だ。
しかし・・・・周 黒炎は4年前の襲撃事件で死んだはず・・・・
どういう事だ?』
ハヤテがアリスの情報を精査していく。
『これ以上は駄目だな。
過去ログを見ねぇと、全体像が把握できねぇ・・・・。
アリス・・・・・・・・・・すまねぇな。
お前の過去、勝手に見させてもらうぜ』
そう謝罪すると、ハヤテはアリスの記憶域にアクセスを開始した。
時刻は21時を過ぎていた。
事務所内でリオとセスティアはデリバリーのピザを食している。
それは食事を楽しむ等一切無く、ただ咀嚼し、飲み物で流し込むだけの作業。
ふと、セスティアの手が止まり、ポツリとこぼした。
「師匠・・・・・大丈夫ですかねぇ・・・・・・・・」
食事が何より好きな彼女らしくもない少食。
正面に座るリオもピザを少しずつしか口に運んでいなかった。
「わかんないよ・・・でも・・・・信じるしかない」
会話は途切れ、また無言の時間が過ぎていった・・・。
見えるは凄惨・・・・・地獄・・・・・・狂気・・・・・・・
それは、目を覆いたくなる光景だった。
人間はここまで残酷になれる事を如実に表す。
聖書には人を「獣」と表す節がある。
しかし・・・・これは・・・・・「獣」以下だ。
悪魔の御業、鬼の所業・・・・どれも生ぬるく感じる。
ドロイドであるハヤテを以てしても、耐え難い光景だった。
「外道」・・・・この言葉が最も相応しい輩。
アリスは現実に「これ」を体験してきたのだ。
これが人なら間違えなく発狂する。
ハヤテは永久に感じる時間・・・・実質は数秒だろう。
アリスの過去を遡り、彼女の素性と現在に至るまでを全て把握した。
ハヤテは一旦、自らをコネクターから取り外し
薄く目を開く。
部屋灯が白く眩しく映る。息を整え、拳を握り直す。
「・・・・・・クソっ!・・・・・・・・・・・・・・・胸糞悪ぃ話だ!!」
床に落ちた拳の音が、静寂を破った。
ハヤテは拳をベッドに叩きつけた後、荒い息をつき、肩を震わせる。
額には出るはずの無い冷や汗が滲み、その目は未だ静かに眠り続ける
少女の姿に向けられている。
「・・・くそ!・・・・オレが・・・・・助けてやるしかねぇんだ・・・・っ!」
低く、独り言のように呟く。声には、怒りと同時に深い哀しみが混じる。
ベッドの上の少女は依然として眠り続け、まるで何も知らぬ清純な天使のようだ。
その無垢な姿が、かえってハヤテの胸に深く刺さる。
拳を握り直す。
「絶対に・・・・・・救ってやる・・・・っ」
部屋の静寂の中、酷く微かに何かの稼働音が響く。
それは、少女の体の奥底で再生の準備が始まっている合図のようにも感じられた。
ハヤテは深呼吸を一つし、瞳を閉じる。
「さて・・・・アリス・・・・・・・・・・・・・・・ついにご対面だぜ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・始めるか・・・・・・」
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