Ep.02【07】「いけにえの時間♪」
冬の夕暮れがノヴァ・トーキョーにも訪れ、街を鮮やかな朱色に染める。
オレンジに染まった歩道を一人の男が、肩を落としトボトボと力無く歩いていた。
薄汚れたジャンバーをヨレヨレのスーツに引っ掛け、俯き加減で重い足取りを引きずる。
小太りでダンゴ鼻が目に付く中年・・・・・。
男の名前はアンジー・ベナンバ。
アキバ3のメイド喫茶「ぽっぷん♥きゃっつ」の正店長である。
店長・・・といっても所属するマフィア事務所「紅蛇」のボスからの命令で拒否権がなかった。
当人は萌え文化だの、メイド等には一切興味は無い。
経験も無い喫茶経営を押し付けられ、やった事も無い経理を殆ど意味も判らず処理していた。
そんなある時、大好きなギャンブル・・・地下違法格闘賭博「グラップルファイト」に前々から推していた選手が登録された。
どうしてもコイツに賭けたい!・・・・・しかし、金は手元に無い・・・・・・・。
散々迷った挙げ句、店の売上金に手を出してしまう。
最初は少額を借りただけのつもりだった。
しかし、どんどん負けが込み、今度こそは・・・次こそは・・・これが最期・・・
これで止める・・・これが最後の最後!!・・・・・・
そして気がつくと、到底返せる額では無くなっていた。
小さいとは言え、紅蛇はオメガ・シンジケートの一端。
見つかれば唯では済まない・・・・・・・・・・。
アンジーは恐れ、考え抜いた末にある事を思いついた。
他のヤツにピンハネを押し付けてしまえばいい
そう思いつき、早速バカそうな男を店長代理に据える。
これなら嫌な店長業もせず、自由に金が使える!!・・・・・・そう思っていた。
しかし、更に負けは込み、金は湯水のように消えてゆく。
これでは、近い内に組織にバレてしまうかもしれない・・・・・・・。
そう考えると身震いがし、店に帰る足取りも重くなるというものだ。
「次の・・・・明日の試合で・・・・・全額ぶっこんで・・・負けをチャラに・・・・・」
呪詛のように呟きながら、夕暮れの歩道に長い影を落としていた。
「ぽっぷん♥きゃっつ」店内は狂気にも似た盛り上がりを見せていた。
その歓声は全て小ステージに登った3名の女性の為。
声よ枯れよ、我が魂燃え尽きよと、自制をを無くしかける者、滂沱の涙を流す者など・・・・阿鼻叫喚の様を呈していた。
そんな様相を物ともせず、セリアは小指を立てつつマイクを持ってステージ脇に立つ。
「はぁ~い♥御主人様ぁあ!!落ち着けコノヤロウ!!・・・・ということでぇ・・・・・!!
本日のメインイベントぉ!「メイドさんとキスゲーム♥♥♥」の時間でぇえす!!」
店全体が怒涛の歓声で揺れる。
だが、セリアはいつもの事といった素振りで
「はい、では本日は新人のリオナちゃん・ティアちゃん・そしておなじみミカちゃんの3名の唇を御主人様全員で競ってもらいまぁす♪」
さらなる歓声が上がり、客達のボルテージは最高値に達した。
「ぉぉぉおおお!リオナちゃんの初めては俺のだぁあああああ!!!!!」
「拙者!リオナ姫の為ならば全てを捨てる所存!寄らば切るっ!!!!」
「ティアちゃん!ティアちゃん!!ティアちゃん!!!ティアちゃああああん!!」
「ママぁあああああ!!!ティアママのちゅーが欲しいよぉおおお!!!!!」
「ミカちゃあああああんん!愛してるよぉおおお・・・・・ウゴッ!?」
『ミカたぁああああああああんん!!!!ワシじゃぁあああああああ!!!』
ありとあらゆる歓声がステージを包んでいた。
ステージ上のリオは完全に顔を引きつらせ空気に飲まれている。
セスティアは何故かミカと一緒にぴょんぴょんと跳ねながら客にアピールしていた。
「はい!御主人様どもはルールをご存知ですが、新人さんの為にもう一度復習しまぁす!
まず、私とじゃんけんします!負け・あいこの御主人様は座ってくださいねーっ
ズルしても、今日は優秀なドロイド君が見逃しませんよーぉ!!!」
よく見ると、セリアの横の台の上に腕組みしたハヤテが会場を見渡していた。
「あ・・・・・・・アイツ、なにやってんの・・・・・?」
リオが唖然とした表情を見せているのを他所に、セリアは続ける。
「最期まで勝ち残った御主人様が好きなメイドさん一人とガラス越しのキスができまーす!!」
「なっ・・・・・・・・・・・・!」リオが驚くと同時に
『うぉぉおおおおおおおおおおぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!!!』
店内が大爆発を起こしたかのような歓声に包まれ、再び激しく揺れる。
「よぉおおし!気合充分ですね!御主人様ども!では!いきますよーぉ!!
せーの!!じゃんけん!!!!ぽおおおん!」
セリアが高らかにパーの手を高らかに上げた。
湧き上がる勝利の声と悲鳴。
「おらーっ!そこのメガネデブとアニメシャツを着たヤツ!!
てめぇら引き分けだったろ!大人しく座れぇ!オラァ!!!」
ハヤテもノリノリのご様子でリオは目眩さえしてきた。
そして・・・・・何度かの攻防の末、3人の勝者が壇上へと上がってきた。
「せ・・・・・拙者・・・・・感激でゴザル・・・・神の祝福をこの手に得たでゴザル・・・・」
感激でグシャグシャ顔のガリガリに痩せたメガネの「御主人様」
「んふーーーーーっ!んふーーーーーーーーーっ!!んふーーーーーーっ!!!」
もはや言葉すら出てこない肥満体格の「御主人様」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙し、何故か目深に麦わら帽を被った体格の良い作務衣姿の「御主人様」
「はい、では勝者の御主人様3名決定しましたぁ!!!御主人様ども拍手ぅ!!!」
先程までの熱気は失せ、パラパラと小さな拍手が生まれる。
何時の間にかステージには厚さ5mm程度の透明なガラス板が設置されていた。
リオはゴクリと唾を飲み込み、横に立つセスティアに小声で話しかける。
「ね・・・・ねぇ!ティア!こ・・・これってどうすれば・・・・・・」と話すが
「へ?ガラス越しでしょ?いいんじゃないかなぁって・・・?」とセスティア
「アンタって娘(こ)は!・・・・・・慎みとか恥じらいとかさぁ!!!」
怒りか照れか複雑な感情のリオがセスティアに詰め寄る。
「でも、これゲームだし、みんな楽しそうだしっ!!!!」
目眩がする・・・・この娘(こ)に恥じらいとか問うた自分がバカだったと後悔。
「じゃあ、ティアちゃん、リオナちゃん、ミカちゃんの順でいってみよー!!!」
セリアが無駄に元気よく進める。
「あぁぁあああ・・・・・・・・・・・・」
男性経験どころか、特定男性と付き合った事さえ無いリオにとって
これまでの人生の中で、最も長い時間が訪れようとしていた。
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