Ep.02【08】「キスの定義」






背中に冷たい汗が流れる。

なのに、顔と胸は妙な熱を感じていた。

リオを指名した酷く痩せたメガネの「御主人様」は既にガラスの前で準備完了。

セスティアを指名した肥満体格の「御主人様」は、ガラスに近づきすぎて

表面に鼻息が盛大にかかり、大きく白く濁らせている。

妙なのは一番左端の麦わら帽を目深に被った「御主人様」。

目元は暗くてよく見えない・・・・他の二名とは対照的に、ただ腕を組み、静かに座っていた。

そんな様子を物ともせず、セリアが妙に元気よく開始を告げる。

「はい!ではティアちゃんから!!!どうぞー!!!!」

「はーーーい♪」

セスティアが八重歯を見せて笑い、ステージに置かれたガラスの前へと向かった。

肥満御主人様は興奮で更に鼻息が荒くなる。

「では、ティアちゃんとキスたぁああああぃむ!!!」セリアが高らかに宣言した。


ぶじゅるるるるぅぅぅぅうううううううううううううううう・・・・・・・!!!!


音が聞こえるのではないかと思える程、肥満御主人様がガラスに己の唇を押し付ける。

リオの目には巨大な軟体生物がガラスに押し付けられたかのようにしか見えない。

では、当のセスティアはといえば・・・・

そんな”軟体動物”にも臆せず、軽く瞳をを閉じてガラス越しにキスをする。

「はい!1ぃ・2ぃ・3ぁん・4ぃ・5っ!!!そこまでぇええええ!!!!」

「ぷはぁー♥」セスティアは息を止めていたのか、満面の笑顔で新鮮な空気を吸う。

肥満御主人様は未だガラスに唇を押し付けて、熱すぎる吐息でガラスを曇らせていた。

その姿を見て、リオは改めて怖気と恐怖を感じる。

実際に唇が触れる訳ではない、吐息もかからない・・・・そんな事は重々承知だ。

だが、生理的嫌悪はそういう事ではない。

さらなる怖気が全身を駆け巡った。

「では、次!リオナちゃん!!!Goぉおおお!!!」

セリアの明るい声に若干怒りを感じつつ、一歩ずつ前へと進み出る。

ガラス越しに「御主人様」を見ると、何故か目を閉じ涙を流していた。

「????????????????」

リオの顔と頭の上に無数のはてなマークが浮かぶ。

「父上・・・母上・・・ついに・・・・ついに・・・拙者は・・・拙者は・・・

姫を娶る事が出来ました・・・感謝・・・・」

ガリガリ「御主人様」は何か呟いていたが、リオはあえて聞こえない事にした。

「ではいきますよーぉ!用意はいいですかー!!」セリアの声が響く。

「御主人様」がガラスに唇を押し付け、その時を待っていた。

唇の位置を確認し、ガラスが本当にあるのか再度確認して顔を近づける。

何処の誰かも知らない男のドアップが目の前に広がる・・・・気を失いそうだ。


えええええええぃ!!!!こうなったらヤケだぁああ!!!!

  

リオは固く目を閉じ、ガラスにちょっとだけ唇を付けた。

「はい、では、1・2・3・・・・・・・・」

カウントが永遠に感じる。まだか・・・まだか・・・・・・・・ !!?

「4・5!はいそこまでー!!!!!リオナちゃんお疲れさまー!!!♥」

ガラスから離れ、ふと見返すとガリガリ「御主人様」は魂が抜けたような恍惚とした表情でその場に崩れ落ちてしまった。

後ろに下がり、横に並ぶセスティアが小声で話しかけてきた。

「姐ぇさん、ホントにガラスに(唇を)つけた?こっちからだと全然見えなかったからさぁ」

あまりに呑気な声で聞いてくるセスティアには、本当にホントに悪気など一切無い

事は・・・・・・普段の生活からよーく知ってる。

だが・・・・・・・・・・・

 

「つけたわよ!・・・・ノーカンだから!!!こんなのノーカンだから!!!!」

  

涙目でリオはそれだけしか言えなかった。

「さて、最期!ミカちゃん!!!いってみよーーー!!」セリアがコールし、ミカが進み出る。

だが・・・・・何か変だ。

麦わら帽を目深に被った「御主人様」は何故か肩を震わせていた。

ガラス前まで進み出たミカが心配そうに「御主人様」を覗き見ると


「げっ!!!!!!!!!!!!」


というメイドに或るまじき声で驚きたじろいだ。

その瞬間、麦わら帽を脱ぎ捨て、作務衣姿の男が勢いよく立ち上がる。


「ミカァたぁああああああああんんん!!!パパだよぉおおおおおおお!!!!!

迎えにきたよぉおおおお!!もう、だいじょうぶ!!!怖くないからねーーーー!!

一緒にお家にかえろろぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

巌のような顔をしたゴツイ男が号泣しながら、物凄い声量で吠える。

 


  

    『 「 「 「 は ぁ あ あ ! ! ? ? ? 」 」 」 』

    



リオ・セスティア・ハヤテはもちろん、会場に居たほぼ全員が完全にハモった。

「え?・・・・・あれって・・・・依頼主よね・・・?」とリオ

「うん・・・・・・・・ミカちゃんのパパって言ってたし・・・・・」とセスティア

「おいおいおい・・・・クライアントがオレ達無視して直接乗り込んできただと?

しかも対抗組織の店に?」

ハヤテは目を丸くしながら、呆れ半分・驚き半分といった表情をしている。

「あ・・・・・・えーーーーっと、どうもミカちゃんのパパのようですねー・・・

あはははははは・・・・・・・・・・・」

この道のプロであるセリアでさえドン引きである。

「パパ!!なんでこんな所にまで来たのよ!!ミカもう大人って言ったじゃん!!!

ミカは好きなお仕事するって言ったじゃんか!!帰ってよ!!!もぉおおぉぉ!!!」

ミカが怒りを露わにし、ステージ上で実父に向かって吠えた。

「ミカたん!!ワガママ言わないの!!好きな服なら幾らでも買ってあげるから!

そういうメイド?みたいな服が欲しいなら何百着でも買ってあげるから、帰ってきなさい!!!」

作務衣のゴツイ男・・・・イトウ組組長 タカシ イトウが涙ながらに娘に訴える。

「そういう問題じゃない!それに・・・・ミカ・・・・・ミカ・・・もう心に決めた人・・・いるし・・・」

激昂から照れ顔へのジェットコースターのような変化に誰もが置いてけぼり。

だが一人・・・懇願顔から怒り心頭の般若面に変貌する漢がいた。

 

「心に・・・・・・・決めた人・・・・・・・・・・じゃと?」

 

店内温度が一気に氷点下へと下がる。

それは命の危険を知らせるサイン、本能が知らせる「逃げろ!隠れろ!」のサイン。

だが、そんな事も露知らず、ミカは続ける。

「そう、ミカの究極愛した人・・・・・それは・・・・・・」

「それは?」組長がド低い声で続ける。

「それは、この人!マイハニー!ゴロウ・タカギくんですっ!!!」

と、ミカが高らかに宣言し、舞台袖に立っていたサル店長を紹介した。

 

「!!!!!!??????」

 

ざわっ!! 店内の全員の視線がサル店長に向けられる。

「えっ?えっっ???えっ??????」

サル店長は無様にうろたえ、大量の冷や汗をかき、狼狽えていた。

 

 

「おんどれかぁ・・・・・ワシの・・・・・ワシの・・・ワシの娘を・・・

・・・・・・・ミカたんを誑かしたボンクラはぁ・・・・・・」


 

悪鬼羅刹、見敵必殺の気を纏って、ミカ父はサル店長に詰め寄る。

「へ・・・・・は・・・?あの???おとうさ・・・・・ま・・・・で?」

震える声で何とか絞り出した言葉は、ミカ父の逆鱗に触れた。

 

「誰がぁああ、お父さまじゃああああああ!!!!こんボケがぁあああああああ!!!!」

 

その声に呼応して、店内奥の席を陣取っていたイトウ組組員5名も立ち上がる。

一触即発の空気が支配する。

ステージ上のリオ・セスティア・ハヤテも身構えていた。

そんな時・・・・・

入口から呑気なカウベルの音が響き渡った。


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