Ep.00【09】「切符」




「はぁ・・・・」

 

何度目だろう、この溜息は。

現場から本署に戻り、レポートを提出し、ロッカーや机の私物を片付けて

バッグに放り込んで・・・・気づけば時間は午前2時を回っていた。

リオは街を見下ろせる高台の公園の外柵に身を預け、

ただぼんやりと街の灯を眺めていた。

辺りには公園灯と、誰も座っていないベンチ、防犯用のドロイドすらいない。

眼下には眠りを知らない街の息吹が広がっている。

ラフな上着に、少し短めの白のフレアスカート。

脇には、私物を詰め込んだ小さなバッグ。

赤い長めのボブカットの髪は風に遊ばれるまま揺れていた。

「はぁ・・・・・」

また一つ、長い溜息。

目を伏せ、自問自答する。


「早まっちゃったかな・・・・」

「いや、このまま警察にいても良いことなんてきっと無い」

「でも、3年も頑張ったのに・・・・・・」

「この3年はきっと役に立つ」

「でも何に?」

「さぁ?」


吐息が夜に溶けていく。

現場で見上げた蒼い月は、今は雲に隠れて見えない。

10月にしては、まだ暑い夜だった。

すぐに警察寮も出ていかねばならないだろう。

「バイトでもしようかなぁ・・・・・」


ふと思い出す。

警察学校を出て初パトロールに出た日、初めて犯人を逮捕した日、初めて銃を撃った日、駐車禁止に食って掛かってきたおばさん、018のプロトコル連呼。

どんどん色褪せていく日常。

そして今日。


突如終わった警察生活に未練が無いといえば嘘になる。

だが、刺激も驚きも無いルーチンを熟すだけの日々に、退屈していたのも事実だった。

もし・・・・もし、このまま何も起こらなかったらどうだっただろう。

if を考えても意味が無いと解ってはいる。

それでも、もし・・・・・・。

頭の中で思考がぐるぐると回る。

「はぁ・・・・・・・・・・・・・・」

また溜息。街の灯にかかるように吐き漏らした、その時だった。



「よぉ、なんか景気悪い顔してんなぁ? え? お嬢さんよぉ」



公園灯の届かない暗闇から声がした。

「・・・・誰よ? 今、メッチャ気分落ち込んでるんだから声かけないで」

明らかに不機嫌な声で応じる。

暗闇からカチャカチャと地面を鳴らす音が聞こえる。

公園灯に照らされたのは一体の小さなドロイドだった。

黒い四角いボディに、カニのような4本足。

そして、真ん丸の単眼複合センサーが、リオをじっと見つめていた。

その表情は、まるで半開きの三白眼のようだ。

「???」

リオの顔に訝しげな表情が浮かぶ。

「あんた、確か警察学校とかにいた古いサポートドロイドだったよね?」

「古いは余計だが、まぁそうだな」

ドロイドの黒い正方形状の箱から生えているように見えるチューブ・アームを

器用に腰(?)にあて、ふんぞり返るような仕草をした。

「で? なんで、こんな所にいるのよ?」

「居ちゃ悪いか?」

「悪いわね」

ふーん・・・・と息を吐くような仕草をするドロイド。

なんなのコイツ? 前に見た時はもっと機械的な感じだったはずだけど・・・

なんだろ、そんなにレベルの高いドロイドだったの? こいつ?

リオは不思議そうに眉をひそめた。

「そうだな、まぁ確かに変といえばヘンかな。こんな夜中にドロイドから声かけられるなんてよ」

「そうじゃない! 警察の! 装備品だったはずのアンタが何でここに居るのかって聞いてんの!」

「あ、そうかそうか、あん・・・そうだな・・・オレも警察辞めてきたんだよ、今日な」

「はぁ?」

思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

ドロイドが? 勝手に? 職務放棄????

リオは思考が追いつかなくなっていくのを肌で感じた。

「アンタ何言って・・・」

「古くなっただけでお払い箱になって、スクラップにしちまう決定をする職場なんざ

コッチから願い下げだ。ドロイドにだって生きる権利も仕事変わる権利もあらぁな」


──半分ホント、半分ウソ。


「え? でもアンタのAIレベルそんな高かったの? てっきりLv.5位かと思ってた」


当たり! ・・・ドロイドは心の中でそう呟く。


「おぉ、見る目あるじゃねぇか」

「Lv.1から5って、ただのロボでしょ?単純な掃除とか荷物運び専門の。

で、Lv.6から8がドロイドって呼ばれて、警備や警察で働くレベル・・・018がそうだもん!

Lv.9以上はほとんど人間と同じで、髪とか肌まで本物そっくりの・・・」

リオは思わず早口になる。

「Lv.10なんて、ほぼ人間だな。恋愛相談まで乗れるぜ?」

小型ドロイドは何故か自慢げだ。

「・・・でもさ、警察学校の備品にそんな高レベル配備するわけないじゃん」

「ふふん。ま、オレは特別ってことにしとけよ」

しかし——警察学校が使うようなサポートドロイドに、そんな自我を思わせる

コミュニケーション能力を与えるだろうか?

「オレみたいなポンコツドロイドがベラベラ喋ってるのが不思議って思ってる顔だな」

「うっ……!」

言葉に詰まるリオ。

「ま、気にすんなよ。個性だよ個性」

「個性で済むか!」

「なんだ? お前は個性を認めない古代人か? 今は個性が認められる時代なんだぜ?」

「そういう問題じゃない! どう見たってLv.8以上は無いと無理な感じじゃないアンタ!」

「んじゃあ聞くが、仮にオレが『雷に打たれて自我が芽生えましたぁ!』とか言ったら信じるのか? ナンセンスだぜ! この古代人シスター!!」

「んだとぉお!! このポンコツAIがぁ!!」

「やんのかコラーっ!!!!」

深夜の公園で不毛な言い合いを続ける元警察官シスターと元警察備品ドロイド。

静まったのは、時計が午前3時を指した頃だった。


「・・・はぁはぁ・・・わかったわよ。

アンタが高密度ネットワーク上で情報処理を任されて高度な対応が出来る実験ドロイドでその実験過程でこんな風になった・・・で良いのね?」

「まぁそんな感じで良いや」


──半分ホント、半分ウソ。


「ねぇ、そういやあんた、固有名称とかあるの? 名前とか愛称とか」

「ん? 言ってなかったか? オレはハヤテって言うんだ。お前の名前は?」

「アタシはリオ。シスター・リオよ。シスターは——」

「あー・・・知ってっからいい」

リオは何となく不貞腐れる。

「で、話は最初に戻るけど、なんの用なの?」

「お前さん、独断専行やらかして上司と言い合いしてクビになったんだろ?」

「何でそんな事知ってんのよ……!」

「オレも元警察所属だぜ? その程度の情報、簡単に引き出せらぁ」


──完全にウソ。


「あの糞デブ豚のハセガワの下に就いたのが運の尽きだな。

ま、今日じゃなくても、いずれはこうなってたんじゃねぇか?」

「たぶんね。ストレス凄かったもん・・・・・マジで」

「同情はするよ。一生懸命にやってんのに規則だのしがらみだので否定されて

挙げ句がコレじゃぁな。辞めて正解だったんじゃねぇか?」


「・・・・・・・正解・・・・・・だったのかな・・・・・・?」


「ん?」

ハヤテが見上げると、リオはまた街の灯をぼんやり見つめていた。


10月の風が頬の撫でる。


「お前は頑張ったよ。オレが認めてやる」

「ありがと。でも、アンタに言われても嬉しくないかな」

遠くを見つめながら、自嘲気味に微笑むリオ。

「へっ、言ってろ」


ハヤテも黙って街を見つめる。

眠らない街。

上空には旅客機の航空灯が、音もなく流れていく。

遠くで検問所のサーチライトが揺れ、ドローンが唸りを上げて飛び去っていく。

また風が吹き、リオの髪が舞う。


「・・・これからどうすんだ。何か別の道を探すか?」

「わかんないよ・・・。何も考えてなかったし・・・・・」

「・・・・・・・・」

「警察って仕事、嫌いじゃなかった。社会に貢献できてるって気もしてたし

仲間も居た。

正義とかよくわかんないけど、市民を・・・街を守ってるって・・・思ってた」

「・・・・・・そうか」


「結局、空回りだったのかなぁ・・・・・アタシ。

ホント・・・・バカみたい・・・・」


「そうか? オレはカッコいいと思うぜ」

「ありがと……お世辞でも嬉しいかな」

「お世辞なんかじゃねーよ。オレはお前をずっと見てたからな」

「?」


──これはホント。


「比喩的な意味だ」

「わかってるわよ!」

もう数時間もすれば、夜が明ける。

夜が明ければ———・・・・・・・リオの瞳が滲む。

無力感。徒労感。

何時しか大粒の涙が街の灯に降り注いだ。



「なぁ、オレとバウンティー・ハンターやってみないか?」



ハッとハヤテを見る。

ハヤテは真剣な眼差しで見返していた。

「な……何言ってんのよ! そんなの出来る訳ないじゃない!……もぉ!」

「オレがお前をサポートしてやる。出会ったばかりのオレを完全に信じれないのは解る。だが、今は信じて欲しい。どうだ……?」


──これはホント。


リオは黙り込む。

目の前に差し出された手。

福音か悪魔との契約かはわからない。

正直、怖い。

 

「お前が断るなら、それも自由だ。オレは静かに暗闇に消えるよ。

だが、お前とオレなら出来ると確信している」

 

「・・・・・・」



「大冒険のキップをくれてやる。さぁ、手を取れリオ!」



「……信じていいのね?」

「信じなきゃやっていけねーだろ

「うっさい!このポンコツドロイド!」

「うるせぇ!このポンコツシスター!」

クスッとリオの口元に微笑みがこぼれる。


「いいわっ! アンタを信じる!! キップは貰ったから存分に楽しませなさい!」


「ばっちコイ! このやろう!!!」

リオの右手とハヤテのマニピュレーターが良い音を鳴らして、10月の夜空に響いた。

夜明けは近い。

夜はやってくるが、朝も必ずやってくる。

リオは新しい何かが始まる予感に包まれていた。



——



「でさ」

「あ?」

「何でコレがココにあんのよ」

「そりゃお前、オレがここまで乗ってきたからに決まってんだろ」

「ちがーう! なんで試作バイクのファントムが公園駐車場にあんのかって聞いてんの!」

「ん? コレか? オレの退職金代わりだよ。お前にくれてやるから有り難くもらっとけ」

「はぁ? 退職金???」

「オレは30年以上も警察のご奉仕してきたんだ。コレくらいあって当然だろ」

「いやいや、ドロイドに退職金とかねーから!」

「あ!? オレくらいになると出るんだよぉ! 退職金ぐれぇなぁ!!!」

「いや、出ないって!! これ幾らすると思ってんの? 10万とか20万そこらじゃないんだよ!!!」

「ふーむ、オレって値段の付けれない存在だからなぁ……さもありなん」

「さもありなんって・・・」


ふたりの言い合いが一段落した頃、ハヤテがふと口を開いた。

「それよりよ。朝メシ、どうすんだ?」

「はぁ?今その話!?」

「腹が減っちゃっ戦も出来ねぇからな」

「アンタねぇ・・・」


リオは呆れながらも、思わず笑みを漏らした。

「合成サラミじゃなきゃ、何でもいいわ」

「おっけー任せろ!今日からは毎日、朝メシも大冒険だ!」


朝日に輝く青いボディのバイクの前で、リオとハヤテは言い合っていた。

甲高い独特な常温超伝導モーターの音が公園を去っていくのは、実に1時間後のことだった。



公園から街に続く道は、朝の陽光に照らされ、まっすぐに輝いていた。

  


Ep.00 【前日譚】




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